第47話「心は、思うより難しい」
花火が次々と夜空を彩る。
周囲では歓声が上がり、恋人たちや家族連れが笑い合っていた。
その中で、勇人だけが立ち尽くしていた。
両手には、焼きそばと唐揚げ、りんご飴、チョコバナナ。 二人で食べるはずだったものは、まだ温かい。
「……なんなんだよ」
桜子の泣きそうな顔が頭から離れない。
『私以外の女の人にも、自分から声をかけたりするの?』
『勇人は、私にも声をかけたじゃない』
「……」
あの時は、何を言われているのか分からなかった。 だけど、桜子は本気で苦しそうだった。
『俺のこと、信じてくれてなかったの?』
自分が言ったその言葉も、今になって胸に引っかかる。
「……どうすればよかったんだ」
観客の声がやけにうるさかった。
その頃、夜空の車の中では――。
花火の大きな音が響いた。車の窓の向こうでは、夜空に咲いた花火が次々と散っていく。
その儚い光を眺めながら、夜空は苦笑した。
「やっぱり道が混んでるなぁ」
「お祭りですからね」
「でも、いつ見ても花火は綺麗だな」
「そうだね。花火って、打ち上がって、あっという間に咲いて散るよね?」
「とても美しいけど、それを打ち上げる花火師さんたちは命がけなんだよね」
「それでも、見てくれる人がいて、楽しんでくれる人がいる」
「人が嬉しそうにしてると、こっちも嬉しくなるもんね」
「はい」
桜子は小さく頷いた。
(勇人も……私の知らないところで、何か考えていたのかな)
桜子の表情が曇った。
「そういえば」
「桜子さんも勇人と同じ心理学専攻だったよね」
「学んでいて、何か面白い発見はあった?」
「えっと……」
「人を理解することや、心の仕組みを知ることが心理学ですよね」
「でも私は……」
「どうしてあんなことを言ってしまったのか」
「どうしてあんな行動をしてしまったのか」
「自分でも、わからなくて……」
「うん、難しいね」
「心理学は人の心を理解するための学問だけど」
「すべてを説明できるわけじゃないのかもしれないね」
「……はい」
「心って、思っていたよりずっと難しいんですね」
「そうだね。でも、難しいからこそ、理解しようとすることに意味があるんじゃないかな」
「……そうですね」
ちょうどその時、車がマンションの前でゆっくりと止まった。
「着いたよ」
「はい。ありがとうございました」
「大丈夫、気にしないで」
「またいつでも飲みにおいで」
「はい。本当に助かりました」
桜子が頭を下げると、夜空は軽く手を振った。 車は静かに走り去っていった。




