第43話「夢のその先へ」
大学の昼休み。
桜子と勇人が中庭のベンチで話していると、少し離れたところから真司が歩いてきた。
「桜子、勇人」
「あっ、しーちゃん」
「真司。どうした?」
いつもと変わらない声。
けれど、真司の表情はどこか落ち着かないように見えた。
「二人に話があるの」
「話?」
「ええ」
真司は二人の前に立つと、一度小さく息を吸った。
「私、アメリカに行くことになったわ」
「……え?」
桜子が目を丸くする。
勇人も驚いたように真司を見た。
「アメリカって……旅行じゃないよな?」
「当たり前でしょ」
真司はそう言ってから、少しだけ笑った。
「半年間、向こうで服作りについて学ぶことになったの」
「半年……」
桜子が小さく呟く。
「大学フェスのファッションショー、海外にも配信されてたでしょ?」
「うん」
「大学フェスで私が着た浴衣、すごく売れたでしょ?」
それで、前に父から言われてたの。
結果を出せたら、デザイナーとして必要なことを一から教えてやるって」
「すげぇじゃん! やったな、真司!」
勇人が声を上げた。
「真司がずっとやりたかったことだろ?」
「……ええ」
真司は嬉しそうに笑った。
けれど、その笑顔はすぐに少しだけ曇る。
「まだ大学もあるし、簡単に決められることじゃないわ。向こうに行っている間のことも考えなきゃいけないし」
「でも、行きたいんでしょ?」
桜子の言葉に、真司は黙った。
「しーちゃん、行きたいんだよね?」
もう一度聞かれ、真司は少しだけ視線を落とす。
そして、小さく頷いた。
「……行きたいわ」
その声は、迷っているようで。
それでも、はっきりしていた。
「服のことを、もっと知りたい」
真司は自分の手を見つめる。
「デザインを考えるだけじゃなくて、生地のことも、作る工程も、もっと勉強したい」
そして顔を上げた。
「いつか、自分がデザインした服を、もっとたくさんの人に着てもらいたいの」
桜子は真司を見つめた。
幼い頃から、ずっと一緒だった。
離れていた時期もあった。
それでも、再会してからはまた当たり前のように隣にいた。
そのしーちゃんが、もう一度遠くへ行く。
そう思うと、胸の奥が少しだけ寂しくなる。
「……半年かぁ」
桜子が呟く。
「なによ」
「寂しくなるなって思って」
「桜子……」
「でも」
桜子は笑った。
「行ってきて、しーちゃん」
真司が目を見開く。
「私、しーちゃんの夢を応援したい」
「……いいの?」
「うん」
桜子は大きく頷いた。
「だって、しーちゃんがずっと夢見てたことでしょ?」
大学フェスの日。
ステージの上で輝いていた真司を思い出す。
自分が作った浴衣を着たモデルたちを見つめていた、あの嬉しそうな顔。
「私ね、あの日しーちゃんの浴衣を着て、ステージを歩けてよかった」
「桜子……」
「行ってきて、しーちゃん」
「しーちゃんの夢、叶えてきて!」
真司は何も言わなかった。
ただ、少しだけ顔を伏せる。
「……まったく」
「え?」
「そんなこと言われたら、行かないなんて言えないじゃない」
真司は顔を上げた。
その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「しーちゃん、泣いてる?」
「泣いてないわよ!」
「はいはい」
勇人が笑う。
「半年なんて、あっという間だろ」
勇人は真司の肩を軽く叩いた。
「行ってこいよ。俺たちは真司の帰り待ってるから」
「……そうね」
真司は目元を拭うと、いつものように胸を張った。
「半年後、驚かせてあげるわ」
「何を?」
「決まってるでしょ」
真司は笑った。
「今よりもっと、いいデザイナーになって帰ってくるのよ」
「しーちゃんなら、きっとなれるよ!」
「当たり前よ」
「そこは謙遜しないんだな」
「する必要ある?」
「ないな」
三人の笑い声が、中庭に響いた。
ずっと一緒にいた三人。
それぞれの道は少しずつ動き始めている。
そして今、真司はずっと追い続けてきた夢へ向かって、新たな一歩を踏み出そうとしている。
三人で過ごした時間が終わるわけではない。
(夢に向かって歩き出すしーちゃんに、自分にも何かできることはないだろうか)
(しーちゃんに、綺麗な花束を作ってプレゼントしたい)
(私たちはここで待ってるから。安心して、夢を叶えてきてほしい)
桜子は、真司の横顔を見つめた。




