第42話「夢の扉が開くとき」
大学フェスが終わってから、数日が経った。
いつものように桜子と勇人が大学へ向かっていると、校舎の前に人だかりができていた。
「なんだ、あれ?」
「何かあったのかな?」
二人が近付いていくと、人だかりの中心に見覚えのある姿があった。
「勝木くん♥ あの……!」
「いつもの姿も素敵だけど、あの時の勝木くんも本当にカッコよかった」
「写真、一緒に撮ってくれない?」
「私も一緒に写真撮ってもらっていいですか?」
「あっ、私も!」
「この前の浴衣、本当に素敵でした!」
「私、早速注文したよ!」
「ちょ、ちょっと待って! 一人ずつ話して!」
女子学生や社会人たちに囲まれた真司が、困ったように声を上げている。
桜子は少し離れたところから、その様子を眺めた。
「しーちゃん、大変そう……」
「……助けなくていいのか?」
「でも、ちょっと嬉しそうだよ?」
「聞こえてるわよ!」
人だかりの向こうから、真司の声が飛んでくる。
「桜子! 勇人! 見てないで助けなさい!」
「ほら、やっぱり助けてほしいみたいだぞ」
「うん!」
二人が真司のもとへ向かおうとすると、女子学生の一人が興奮したように声を上げた。
「ねえ、勝木くんのファンクラブ作らない?」
「いい! 私、入る!」
「ちょっと! 勝手に作らないでちょうだい!」
真司の声が響く。
桜子と勇人は顔を見合わせた。
「……ファンクラブだって」
「真司、すげぇな」
「だから感心してないで助けなさい!」
しばらくして、ようやく人だかりから解放された真司は、大きく息をついた。
「まったく……フェスが終わってから、ずっとこんな調子なのよ」
「しーちゃん、すごい大人気だね」
「私はデザイナーになりたいのであって、人気者になりたいわけじゃないのよ」
そう言いながらも、真司の表情はどこか嬉しそうだった。
「でもさ、それだけ真司の浴衣が注目されたってことだろ?」
勇人に言われ、真司は少しだけ目を細めた。
「……まあ、そういうことね」
真司はスマートフォンを取り出した。
「これを見て」
「なに?」
桜子が画面を覗き込む。
そこには、大学フェスで行われた浴衣ファッションショーの写真や動画が並んでいた。
真司がデザインした浴衣。
そして、その浴衣を着てステージを歩く桜子の姿。
投稿には、今も次々と反応が寄せられている。
『この浴衣、すごく素敵!』
『どこで買えるんだろう?』
『男性用の浴衣もかっこいい』
『デザイナーさん、学生なの?』
桜子は目を輝かせながら画面を見つめた。
「しーちゃん、すごいよ! まだコメント増えてる!」
「それだけじゃないわ」
真司が自分のアカウントを開く。
表示された数字を見て、桜子は目を丸くした。
「……五万人!?」
「フェスの前は、こんなにいなかったよね?」
「当たり前でしょ」
「一気に五万人って……真司、本当にすごいことになってるな」
勇人も驚いたように画面を覗き込む。
真司もまだ実感が湧かないのか、画面に表示された数字を見つめながら、小さく息を吐いた。
「私も驚いてるわよ。こんなことになるなんて思ってなかったもの」
大学フェスの、たった一度のファッションショー。
けれど、そこで披露された真司の浴衣は、本人の知らないところまで広がっていた。
「そうだ、桜子」
「なに?」
「あなたに渡したいものがあるの」
「私に?」
真司に連れられ、桜子と勇人は大学の中へ向かった。
そして真司が桜子に差し出したのは、一つの箱だった。
「開けてみなさい」
桜子が箱を開ける。
中に入っていたものを見た瞬間、その目が大きく見開かれた。
「これ……」
大学フェスの日、急遽モデルの代役を務めた桜子が、ステージで着ていた浴衣一式だった。
「しーちゃん、これ……もらっていいの?」
「もちろんよ」
真司は微笑んだ。
「モデルを引き受けてくれたお礼」
「でも……」
「桜子があの日、あの浴衣を着てステージを歩いてくれたから、たくさんの人に私のデザインを見てもらえたの」
真司は、箱の中の浴衣にそっと目を落とした。
「だから、これは桜子に着てほしいわ」
「しーちゃん……」
桜子は箱の中の浴衣を、愛おしそうに見つめた。
「ありがとう。大切にするね」
「ええ」
「今度、この浴衣を着てどこかに行きたいな」
「いいじゃない。そのときは、ちゃんと綺麗に着なさいよ?」
「うん!」
桜子は嬉しそうに笑った。
そんな二人を、勇人も笑いながら見つめていた。
大学フェスが終わっても、あの日に生まれたものは終わらなかった。
桜子と勇人が作った夜桜羊羹は、これからも町の和菓子店に並ぶ。
そして真司がデザインした浴衣もまた、多くの人の目に触れ、少しずつ遠くへと広がり始めていた。
けれど、真司自身はまだ知らない。
ずっと夢見ていた未来へと続く扉が、もう目の前で開こうとしていることに。




