第40話「夢が届いた日」
ステージの照明が、一斉に二人を照らした。
真司が一歩前へ出て、観客に向かって口を開いた。
「大変お待たせいたしました。予定より開始が遅れてしまい、申し訳ありません」
真司は客席を見渡し、笑顔を浮かべた。
「最後は、この町に咲く桜をイメージした浴衣です。どうぞ最後まで、楽しんでいってください」
真司と桜子は客席に向かって一礼すると、並んでランウェイを歩き出した。
「あっ、やっと始まった」
「ほら、見て。あの浴衣」
「あっ、本当だ」
「どっちも素敵だね」
MCの男性がマイクを手に話し始めた。
「先ほど勝木さんからもお話がありましたが、皆さま、大変お待たせいたしました」
「それでは、最後のペアランウェイです。まずは、男性用の浴衣からご紹介しましょう。こちらは、勝木真司さんがデザインしたものです」
『大柄になりすぎない模様と、合わせやすい落ち着いた色合いで、幅広い方に似合うデザインになっています。
生地には麻と伸縮性のある異素材を組み合わせ、通気性と動きやすさにもこだわっているそうです』
『そして女性用は、ORIHANAのデザイナーが手がけた一着です。
こちらも同じく麻と異素材を使用し、涼しさと動きやすさを重視しています。
さらに、繰り返し着ることを考え、色落ちしにくく、耐久性の高い生地が使われているんですね』
真司と桜子は、ゆっくりとランウェイを進んでいく。
二人の姿が客席に近づくにつれ、あちこちからざわめきが起こり始めた。
「えっ、あれ勝木くんなの?」
「嘘、超カッコいい!」
「いつもと全然違う!」
その声が聞こえたのか、真司は客席へ視線を向けた。
そして――
笑顔を見せると、パチン、とウインクした。
「きゃあああ!」
一際大きな歓声が上がった。
近くにいた男子学生が、思わず胸元を押さえる。
「うわっ……俺、男にウインクされて初めてドキッとしちまったよ」
「……わかる。あれは仕方ないよな」
「あれで俺たちと同じ人間なんだぜ……」
男子学生たちは、なんとも言えない表情で顔を見合わせた。
真司はそんな客席の反応を楽しむように、堂々とランウェイを歩いていく。
その隣を歩く桜子は、緊張しながらも懸命に前を向いていた。
(大丈夫)
さっき、勇人が言ってくれた言葉を思い出す。
『桜子、可愛いよ』
その言葉を思い出した瞬間、桜子の表情が少しだけ柔らかくなった。
「隣の子、可愛いなぁ」
「あれ、白河さんじゃない?」
「マジ? 白河さん、あんなに可愛かったんだ」
客席で見ていた勇人の眉が、ぴくりと動いた。
声のした方を、ジロリと見る。
「……な、なんだよ」
隣にいた学生が不思議そうに勇人を見る。
「別に」
勇人は再びステージへ視線を戻した。
やがて二人はランウェイの先端へ辿り着く。
真司が桜子の腰に、そっと手を回した。
「えっ」
桜子の身体が、一瞬だけ強張る。
一瞬驚いた桜子に、真司が小さな声で囁く。
「桜子、笑って」
「う、うん」
桜子は真司と並び、客席へ向かって笑顔を見せた。
その瞬間、無数のシャッター音が響く。
「二人とも絵になるな!」
「白河さん、可愛いなぁ」
「…………ちっ」
勇人の口から、小さな舌打ちが漏れた。
(こういう演出だってわかってるけど……やっぱイラつくな)
「ん?どうかしたか?」
「なんでもない」
ステージの上では、そんな勇人の様子など知らない桜子が、真司と一緒に笑っていた。
ファッションショーが終わる頃には、SNSは大変なことになっていた。
『最後の二人は誰!?』
『男性モデル、めちゃくちゃカッコいい!』
『ウインクされた人、生きてる?』
『女の子も可愛すぎる』
『二人が着てた浴衣、どこの?』
『今年の花火大会で着たい』
ショーを終え、服を着替えて戻ると、勇人が待っていた。
「お疲れ様」
「勇人、私、ちゃんと代役できてたかな?」
「ああ。可愛かったよ」
勇人は少し照れたように笑った。
「あんな可愛い桜子、俺だけが見てたかったけどな」
「ふふっ」
桜子は嬉しそうに笑った。
「いちゃつくなら、二人きりの時にしなさい」
真司が呆れたように言った。
「でも、本当にありがとう」
真司は桜子を見つめ、優しく笑った。
「桜子には、いつも助けてもらってばかりだわ」
「そんなことないよ。私もしーちゃんから、たくさんもらってるから」
「そうだ。真司、スマホ見てみろよ。配信の反応、来てるかもしれないぞ」
勇人に言われ、真司がスマホを取り出す。
ショーの写真や動画が次々と投稿され、瞬く間に拡散されていた。
「しーちゃん、すごいよ!」
「男性モデルの人素敵だって沢山コメント書かれてる」
桜子が嬉しそうに声を上げた。
スマートフォンを見ながら、桜子が目を輝かせる。
「当然でしょ?」
真司はスマホを見ながら髪をかき上げ、得意げに笑った。
「私は男の格好をしても美しいのよ」
「自分で言うか、普通」
勇人が呆れたように言う。
「事実だもの」
「でも本当にすごいよ。浴衣についても、たくさんコメント来てるよ」
桜子の言葉に、真司はスマートフォンの画面を見る。
そこには、真司がデザインした浴衣を褒める言葉がいくつも並んでいた。
真司はしばらく画面を見つめたあと、小さく笑った。
「……そうね」
その笑顔は、いつもの自信に満ちたものとは少し違っていた。
桜子はそんな真司を見つめ、嬉しそうに笑った。
「私、しーちゃんの夢のために少しは力になれたかな?」
真司は一瞬目を丸くしたあと、優しく笑った。
「ええ。ありがとう、桜子」
そして、もう一度スマートフォンの画面に目を落とした。
「父さんが、どうしてあんなに夢中でデザイナーを続けてるのか……きっと、今の私と同じような気持ちなのかもしれないわね」
「私も、しーちゃんがデザインした浴衣、やっと見られて嬉しかった」
桜子は笑顔でそう言った。
「あとね、今日、少しだけ同じ気持ちになったよ。自分が考えたものを誰かが喜んでくれるって、すごく嬉しいんだね」
そう言ったあと、桜子はふと時計を見た。
「あっ! 和菓子ブースに戻らなきゃ!」
「そうだった!」
勇人も慌てて立ち上がる。
「じゃあ、しーちゃん。私たち、和菓子ブースに戻るね!」
「ええ。二人とも、お疲れさま」
桜子と勇人は、急いで和菓子班のテントへと戻っていった。
ステージの熱気は、まだ冷めない。
そしてこの日を境に、真司の夢は大きく動き始めることになる。




