第4話「恋より先に、化学反応?」
恋愛心理学の講義が終わる。
教室を出ようとした、その時だった。
「おっと」
勇人が前を歩く学生を避けようとして、桜子の肩にぶつかりそうになる。
「ご、ごめん!」
「大丈夫」
桜子は一歩下がる。
(また距離が近い……)
真司は小さくため息をついた。
「距離感って言葉の意味、知ってる?」
「いや、知ってるしわざとじゃないって!」
そんな三人の前を、一人の男性が通り過ぎる。
白衣姿の講師――黒田先生だった。
「おや?」
穏やかな笑みを浮かべ、三人を見渡す。
黒田先生は勇人を見て、小さく笑った。
「何か騒がしかったようだけど」
真司は半目で勇人を見た。
「この人、距離感がおかしいんです」
「世界基準で見ても近すぎます」
「壮大すぎるって。」
「アクシデントだって!」
黒田先生は少し笑った。
「ほう。なるほど」
「神谷先生は恋愛を心理学で説明するけれど、私は違う考えだ」
勇人が首を傾げる。
「違う考え?」
「恋も結局は化学反応だからね」
「脳内では様々な物質が働き、人を好きになったり、安心したりする」
「もちろん、それだけでは説明できないことも多いけど」
真司は少し笑う。
「また始まった」
「先生、それ神谷先生にも毎回言ってますよね」
黒田先生はため息をつく。
「私は事実を言っているだけだよ」
「化学は、実験で検証できる。そこがいいんじゃないか」
「神谷先生は心を語る。私は脳やホルモンを語る。見ている角度が違うだけさ」
「それに心は不確かだからね」
桜子は少し考え込む。
(恋って……そんなふうに考えるものなの?)
勇人は真剣な顔で頷いた。
「なるほど!」
「じゃあ俺が女心分からないのも化学反応のせいですね!」
「えへへ」
真司は即座にツッコむ。
「えへへ、じゃないわよ」
「それは経験不足」
「あと会話力。」
勇人は酷くがっかりした。
「そっかぁ……」
黒田先生は思わず笑う。
「それも否定はできないね」
「それでは」
「私の講義にも遅れないようにね」
「はい」
三人が頷く。
三人は廊下を歩き出す。
桜子は少しだけ勇人を見る。
さっきまで「ない」と思っていた。
でも。
(この人……)
(本当に悪気はないのね)
そう思った瞬間だった。
勇人が落ちていた空き缶を拾い、近くのゴミ箱へ捨てる。
「これ踏んだら危ないし」
そのまま何事もなかったように歩いていく。
桜子は勇人を見る。
(……本当に変な人。)
(でも、少しだけ見方が変わったかもしれない。)




