第38話「止まったランウェイ」
特設ステージの方から、音楽と歓声が聞こえてくる。
桜子は和菓子を袋に入れながら、少しだけステージの方を見た。
「しーちゃんのファッションショー、見たかったなぁ……」
「仕方ないだろ。こっちも忙しいんだから」
勇人が抹茶ラテを作りながら言う。
「うん」
桜子は少し残念そうにしながらも、すぐに笑顔に戻った。
「いらっしゃいませ!」
「夜桜セット、持ち帰りで二つください」
「かしこまりました。少々お待ちください」
桜子は番号札を渡し、セットを作り始める。
その時、客の話し声が聞こえてきた。
「ねえ、今回のファッションショーって世界に向けて配信されるんだって」
「大学のSNSに書いてあった。なんか本格的だよね」
「すごいよね。どんなショーになるんだろう」
「これ食べながら見に行こう」
売り場の外からも声が聞こえてきた。
「なんか、すごいイケメンが出るらしいよ」
「でも今のところ、女の子しかいないよね?」
「いつ出るんだろう。楽しみだね」
色鮮やかな浴衣を着た女子学生たちが、次々とランウェイを歩いていく。
そして――。
ひときわ大きな歓声が上がった。
女性用の浴衣を身にまとった真司が、ステージに現れた。
長い金色の髪。
華やかな浴衣。
堂々とした立ち姿。
観客から次々と声が上がる。
「すごい綺麗な子!」
「金髪で背も高いし、モデルみたい!」
「あれ、勝木くんか」
「じゃあ、男性モデルは誰がやるんだろうね?」
「さあな。別にいるのかもしれないし、勝木が両方やるのかもな」
真司は集まった視線を気にする様子もなく、堂々とランウェイを歩いていく。
ショーを見終えた客たちが、和菓子班のテントにもやって来た。
「なんか、すごく目立つ綺麗な子いたよね」
「いたいた、あの子、芸能人かな?」
その会話を聞いた桜子が、思わず笑う。
(絶対、しーちゃんだ。)
「何ニヤニヤしてんだよ」
勇人が言う。
「だって、しーちゃんのことだと思って」
「まだ分かんないだろ」
「最後のペアのランウェイ、まだかな?」
「ちょっと遅くない?」
客席が少しずつざわめき始め、
ステージにアナウンスが流れた。
『最後のペアランウェイは、準備のため少々お時間をいただきます』
桜子はステージの方を見た。
「……しーちゃん」
何かあったのかな。
隣にいた勇人も、ステージの裏へ続く通路に目を向ける。
「しーちゃんに何かあったのかな?」
「様子見に行きたい」
「気になるけど、和菓子はどうすんだよ?」
まだテントの前には客が並んでいる。
二人で抜けるわけにはいかない。
「二人とも、様子を見てきなよ」
「ここは俺がやるよ」
聞き慣れた声に振り返ると、夜空が立っていた。
「蓮さん!」
「ファッションショー、何かあったんだろ?」
夜空はエプロンを手に取る。
「こっちは俺が見てるから、行ってこい」
「でも……」
「大丈夫だって。俺だってBARやってるし、食べ物や飲み物出すのは慣れてるから」
「ありがとうございます!」
桜子と勇人は急いでステージ裏へ向かった。
「しーちゃん!」
舞台裏へ入ると、スタッフたちが慌ただしく動き回っていた。
その中心に、真司がいた。
「無理したらダメだよ」
「でも、勝木くんの大事なショーだよね?」
真司と最後のペアランウェイを歩く予定だった女子学生が、ふらりと身体を揺らした。
「大丈夫だから、休んで」
スタッフに支えられ、浴衣姿の女子学生が椅子に腰を下ろす。
別のスタッフが、すぐに水を手渡した。
「桜子……勇人……」
「どうしたの?」
桜子が尋ねると、真司は困ったように視線を落とした。
「軽い熱中症みたい。これから救護室に連れていくところ」
「大丈夫なの?」
「うん。意識もしっかりしてるし、大事には至らないと思う。でも……ショーには出られない」
真司はステージの方を見る。
客席のざわめきが、舞台裏まで聞こえてくる。
「最後の浴衣は、二人で並んで歩くことを前提にデザインしたんだ」
真司の手が、ぎゅっと握られる。
「父さんも……見てると思う」
いつも穏やかな真司の声が、わずかに震えていた。
「このショーを見て、俺のデザインを評価してくれる人がいるかもしれない」
「もしかしたら……俺の未来がかかってるかもしれないのに」
「しーちゃん……」
こんなに悔しそうな顔をした真司を、桜子は初めて見た。
今にも泣き出しそうなその表情に、桜子の胸が締めつけられた。




