第37話「きらめく星屑より、静かな夜」
今日はいよいよ、大学フェス当日。
桜ヶ丘大学と商店街が協力して行う、町おこしイベント。
地元のメディアにも取り上げられ、会場には朝から多くの人が訪れていた。
大学の正門前には大きな看板が設置され、キャンパス内には色とりどりのテントが並んでいる。
学生たちの声。
楽しそうに歩く家族連れ。
商店街から参加した店の人たち。
いつもの大学とはまるで違う光景が広がっていた。
「すごい人……」
桜子は和菓子班のテントから会場を見渡した。
「思ってたより多いな」
隣にいた勇人も驚いたように辺りを見る。
テーブルの上には、今日のために準備してきた和菓子が並んでいた。
あんみつ。
くず切り。
大福。
そして――夜桜羊羹。
透明な寒天の中に、淡い桜色の花が咲いている。
その隣には、ほうじ茶、緑茶、玄米茶、和紅茶。
冷たく冷やしたアイスと、ティーバッグにお湯を注いで提供するホットが用意されている。
抹茶ラテも、注文が入ればすぐに作れるよう、パウダーが準備されていた。
そして、なんといっても――
今日の目玉商品は、『夜桜セット』だった。
「いらっしゃいませ!」
フェスが始まると、和菓子班のテントにも次々と客が訪れた。
「この羊羹、綺麗!」
「本当に桜が咲いてるみたい」
「写真撮ってもいいですか?」
夜桜羊羹を見た客たちが、スマートフォンを向ける。
桜子は嬉しそうに笑った。
「もちろんいいですよ!」
何度も失敗して。
何度も作り直して。
ようやく完成した夜桜羊羹。
たくさんの人が足を止めてくれることが、桜子は嬉しかった。
「夜桜セット、二つください」
「はい!」
「夜桜セット、二つですね。ありがとうございます」
「こちらでお召し上がりですか?それとも、お持ち帰りですか?」
「ここで食べます」
「かしこまりました。二つで千四百円頂戴いたします」
「ありがとうございます」
お会計を済ませると、桜子は番号札を手渡した。
「こちらを持って、お好きな席で少々お待ちください」
ついに夜桜セットにも注文が入った。
桜子は嬉しそうに抹茶ラテを用意する。
「じゃあ、最後に金粉を――」
桜子は材料が置かれた箱を探した。
「あれ?どこだろ?」
もう一度探す。
別の箱も開ける。
「……ない」
「どうした?」
勇人が桜子を見る。
「金粉がない!」
「え?」
班のみんなが一斉に振り返った。
「ちょっと待って。注文したよね?」
「したはずなんだけど……」
注文表を確認する。
しかし、金粉は届いていなかった。
「どうしよう……」
桜子の顔から笑顔が消える。
「もう注文も入ってるのに」
「桜子」
勇人が声をかける。
「落ち着け。大丈夫だから」
「でも……」
「金粉があってこそ、あのセットは完成するの」
「それを楽しみにしてくれてるのに」
「そうだけど……」
「金粉がないなら、別のもので代用できないか考えよう」
「別のもの……?」
勇人は夜桜羊羹と抹茶ラテを見る。
「このセットって、夜に花見をするイメージなんだろ?」
「うん。」
「だったら、その雰囲気を崩さないものを探せばいいんじゃないか?」
「雰囲気を……崩さないもの……」
桜子はテーブルの上を見渡した。
あんみつ。
くず切り。
大福。
その隣に置かれている、大きなボトル。
桜子の目が止まる。
「……黒蜜」
「黒蜜はどうかな?」
「え?」
桜子はボトルを手に取った。
「抹茶ラテに黒蜜をかけたら、夜の景色みたいに見えるし、味も美味しくなると思う!」
勇人が少し笑う。
「いいじゃん」
「やってみようぜ」
さっそく、抹茶ラテの上に黒蜜をかけてみる。
鮮やかな緑色の上に、黒蜜がゆっくりと広がっていく。
桜子は夜桜羊羹の隣に並べた。
「……どう?」
班のみんなが覗き込む。
「いい!」
「こっちの方が夜っぽいかも!」
「味も合うよね!」
桜子の顔に笑顔が戻る。
「よかった……!」
こうして、金粉の代わりに黒蜜を使った新しい『夜桜セット』が完成した。
「お待たせいたしました」
「夜桜セット、お二つです」
運ばれてきた夜桜羊羹を見て、客の一人が首をかしげた。
「あれ? 金粉、のってなかった?」
「えーと……」
桜子は少し考えてから、笑顔で答えた。
「星屑のきらめきよりも、夜空に照らされて静かに咲く桜のほうが、この夜桜羊羹には合うと思いまして」
「それで金粉をやめて、抹茶ラテに黒蜜を合わせることにしたんです」
「抹茶の風味にも、黒蜜の甘さが合うと思います」
「へえ、それは楽しみだな」
「今は昼間ですけど、この夜桜セットなら、いつでも夜の桜のお花見を楽しめますから」
「ごゆっくりどうぞ」
桜子はそう言って、カウンターへ戻っていった。
客はさっそくスマホを取り出し、夜桜セットの写真を撮る。
「いただきます」
まずは夜桜羊羹を小さく切り、一口。
「うん、美味しい」
「羊羹の上品な甘さに、桜の塩漬けが合うな」
続いて、抹茶ラテを一口飲む。
「あ、こっちも美味しい」
「抹茶のほろ苦さに、黒蜜の甘さがちょうどいい」
「これ、当たりだな」
「ええ、美味しいわね」
何度も失敗して、それでも勇人と一緒に作り続けた夜桜羊羹。
その努力が、ようやく誰かの
『美味しい』に変わった気がした。
二人の声を聞いて、桜子は目頭が熱くなった。
「勇人、やったね!」
「そうだな。よかった」
「あんなに嬉しそうに食べてもらえると……なんか、俺まで嬉しくなるな」
勇人も嬉しそうに笑った。
桜子もつられるように笑顔になった。
その後も、夜桜セットは、その場で味わう人や持ち帰る人から次々と注文が入り、店は大いに賑わった。
それからしばらくして。
「繁盛してるみたいだな」
聞き覚えのある声に、勇人が振り返る。
「蓮さん!」
そこには、BAR Lampの店主、夜空が立っていた。
「見に来たんですか?」
「まあな。町おこしでこんだけ話題になってりゃ、気にもなるだろ」
夜空はテーブルに並んだ和菓子を見る。
「これが例の夜桜羊羹?」
「評判が良ければ、商店街の新メニューに採用されるかもしれないって、ポスターで見たぞ」
「はい!」
桜子が嬉しそうに答える。
「勇人と皆で作ったんです」
「へえ。」
「確かに見た目は華やかだな」
夜空は勇人を見る。
「ちゃんと形になったじゃん」
「まあ、なんとか」
「喜んでもらえてるから、よかった」
勇人は少し照れたように目を逸らした。
その時だった。
キャンパス内にアナウンスが流れる。
『まもなく、特設ステージにて浴衣ファッションショーを開催いたします』




