第35話「夢が形になった日」
大学フェスまで、あと少し。
キャンパスでは、あちこちで準備が進められていた。
和菓子班は、夜桜羊羹や和菓子の試作。
そして浴衣ショー班も、本番に向けて準備を進めている。
そんな中、真司は以前描いた一枚のデザイン画を眺めていた。
男性用の浴衣だった。
きっかけは、父のブランド――ORIHANAが、これから和服も手掛けると聞いたことだった。
真司は、将来デザイナーになりたいと思っていた。
周囲からは、その容姿を活かしてファッションモデルを勧められることもあったが、真司が興味を持っているのは、着る側よりも作る側だった。
昔から服にも興味があった。
父の仕事を近くで見てきたこともあり、自分でデザインを考えることも好きだった。
だから、ほんの軽い気持ちだった。
「俺だったら、こんな浴衣があったらいいと思うんだけどな。」
そう思って描いた、一枚の浴衣。
せっかく描いたのだからと、真司はそのデザイン画を父に送っていた。
『ORIHANA、和服もやるんだろ?
試しに俺も浴衣をデザインしてみた。』
父から返ってきたのは、たった一言。
『見た。』
「相変わらず、それだけかよ」
真司はスマートフォンを見ながら苦笑した。
良いとも、悪いとも書いていない。
父は昔から、そういう人だった。
デザイナーとして仕事をしているからこそ、真司が描いたものにも簡単に「いい」とは言わない。
真司も、ただ思いつきで送っただけだった。
だから、それ以上は何も聞かなかった。
数日後。
家に帰ると、大きな荷物が届いていた。
「……何だこれ」
送り主を見て、真司は目を瞬いた。
父だった。
箱を開ける。
丁寧に包まれた薄紙をめくった瞬間――。
「……浴衣?」
箱の中には、何着もの浴衣が入っていた。
一着。
二着。
真司は順番に取り出していく。
どれも、父がORIHANAのためにデザインしたレディース浴衣だった。
色も、柄も、それぞれ違う。
全部で五着。
そして、その下にもう一着。
「……え?」
真司の手が止まった。
見覚えのある柄だった。
「これ……俺がデザインしたやつじゃん……」
真司は、そっと浴衣を持ち上げた。
父がデザインした浴衣と並んで、自分のデザインした浴衣がそこにある。
箱の底には、小さな封筒が入っていた。
真司は、その手紙を取り出した。
『「桜と和」のフェスで、浴衣のファッションショーをやるそうだな。
レディースは俺がデザインしたものだ。
メンズは、お前が送ってきたデザインを形にした。
ちょうどいい機会だ。
六着とも、ショーで使え。』
「……」
真司は、自分がデザインした浴衣を見る。
まさか父が、本当に作るとは思っていなかった。
手紙には、まだ続きがあった。
『お前の浴衣を見て、客がどう反応するか。
どれだけ注目されるか。
そしてORIHANAに問い合わせや注文が来るか。
結果が出たら、デザイナーとして俺の仕事を教えてやる。』
「……は?」
真司は思わず手紙を二度見した。
「マジで……?」
試しに描いた、一枚のデザイン画。
それが突然。
自分の将来を決めるかもしれない一着になった。
真司は、もう一度浴衣を見つめる。
父は、簡単には褒めてくれない。
「才能がある」とも。
「デザイナーになれ」とも言わない。
けれど――。
自分のデザインを、本物の浴衣にしてくれた。
そして。
結果を出せば、父のもとでデザイナーの仕事を学ぶことができる。
「……上等じゃん。絶対、客の目に焼きつけてやるよ」
真司の口元に、少しずつ笑みが浮かぶ。
思いもしなかった未来への扉が、真司の目の前で開こうとしていた。




