第33話「満開のあとで」
透明な寒天の中で、
桜の花が、静かに咲いていた。
「……できた」
勇人は小さく笑った。
すぐにスマートフォンを手に取り、完成した桜羊羹の写真を撮る。
『桜、開花したよ!』
桜子に写真を送ると、すぐに返信が届いた。
『すごい! 満開だね!』
『今から見に行ってもいい?』
しばらくして、桜子が勇人の部屋へやって来た。
「勇人!」
扉が開くなり、桜子は弾んだ声を上げる。
「満開の桜、見せて!」
部屋に入った桜子は、テーブルに置かれた桜羊羹を見て目を輝かせた。
「わぁ……!」
小豆色の羊羹。
その上には透明な寒天が重なり、中には淡い桜色の花が美しく咲いている。
桜子はしばらく見つめたあと、ふと呟いた。
「なんか、夜にお花見に来たみたい」
「確かに、そうだな」
「うん」
桜子は羊羹を指さした。
「この小豆色の羊羹が夜みたいで、その上の透明な寒天に桜が咲いてるでしょ?」
勇人も隣から羊羹を覗き込む。
「……夜の桜か」
桜子がふと呟いた。
「夜桜……」
二人は顔を見合わせる。
「夜桜羊羹……とか?」
「それ、いいな。」
「本当?」
「うん。ぴったりだと思う」
桜子の顔がぱっと明るくなる。
「やったぁ!」
「やったな!」
嬉しさのあまり、二人は思わず互いの手を握った。
その瞬間。
桜子の表情が変わった。
「……あれ?」
「どうした?」
桜子は握ったままの勇人の手を見つめる。
「勇人……なんか、手、熱くない?」
「そう?」
桜子は心配そうに勇人を見つめると、そっと額に手を当てた。
「やっぱり熱いよ」
「……マジ?」
桜子は部屋を見回した。
テーブルには、昨日よりもずっと多くの試作品が並んでいる。
「勇人……」
「ん?」
「もしかして、私が帰ったあともずっと作ってたの?」
「……あと一回だけって思ってたんだけど」
「寝てないの?」
「クシュン!」
続けて、勇人が小さく咳き込む。
「ゲホ、ゲホ……」
「……勇人?」
勇人は気まずそうに視線を逸らした。
「……ほとんど寝てない」
「あと、少し寒気するかも」
「もう……!」
桜子は呆れたように言いながらも、心配そうに勇人を見つめた。
「風邪ひいたんじゃない?」
心配そうに勇人を見つめてから、桜子は立ち上がった。
「何か食べたいものある?」
「んー……アイス。」
「アイス?」
「うん。」
「……バニラアイス、食べたいな。」
熱のせいか、いつもより少し弱々しい勇人の声に、桜子は困ったように笑う。
「分かった。アイスと、あと何か食べられそうなものも買ってくるね」
「……ありがとう」
「その間、ちゃんと寝てるんだよ?」
桜子は玄関へ向かいかけて、ふと足を止めた。
「あ、でも鍵……」
「俺の持ってっていいよ」
勇人はテーブルに置いてあった鍵を桜子に差し出した。
「じゃあ、ちょっと借りるね」
「……はい」
まるで子どものように返事をする勇人に、桜子は小さく笑った。
ここまで一生懸命になってくれたことは嬉しい。
けれど、倒れるほど無理をしてほしかったわけじゃない。
「まったく……」
もう一度、眠そうな勇人を見つめる。
「本当に、頑張りすぎなんだから」
そう呟いて、桜子は買い物へ向かった。




