第30話「桜と羊羹」
和菓子企画を希望した学生たちは、先生に案内されながら商店街へ向かっていた。
「今日から、商店街の皆さんにも協力していただきます」
先生の言葉に、学生たちは期待したように辺りを見回す。
しばらく歩いた先で、一軒の老舗和菓子店の前に立ち止まった。
その瞬間、桜子の足が止まる。
「……ここ」
勇人が隣で首を傾げた。
「知ってる店?」
桜子は懐かしそうに暖簾を見つめ、小さく頷く。
「うん」
「小さい頃から、お父さんによく連れて来てもらったの」
「誕生日も、クリスマスも、このお店の和菓子を食べることが多かったの」
勇人は少し驚いたように目を丸くする。
「クリスマスも和菓子だったの?」
桜子はくすっと笑った。
「ケーキを食べることもあったけど、一番楽しみだったのは、このお店の羊羹だった」
「だから私にとっては、思い出の味なの」
店へ入ると、ふわりと甘い小豆の香りが漂う。
ガラスケースには、色とりどりの上生菓子や大福、そして艶やかな羊羹が並んでいた。
「いらっしゃい」
奥から現れた店主は、桜子の顔を見ると目を細める。
「もしかして……桜子ちゃん?」
「おじさん、お久しぶりです」
「やっぱりそうか。大きくなったね」 「こんなに綺麗なお嬢さんになるなんて」
店主は懐かしそうに桜子を見つめた。
「こんにちは。本日はよろしくお願いします」
神谷先生は店主に頭を下げた。
「学生たちが、一生懸命頑張ります。どうぞご指導よろしくお願いします」
店主は学生たちを見渡し、穏やかに口を開いた。
「今年のテーマは『桜と和』だそうですね」
「この町らしい和菓子を、一緒に考えてもらえたら嬉しいです」
学生たちはさっそく話し合いを始める。
「桜の街並みと和菓子ね」
「うーん」
「桜餅とか?」
「三色団子もいいんじゃない?」
「桜まんじゅうもありかも」
次々と案が出る中、桜子はガラスケースの羊羹を静かに見つめていた。
幼い頃、父と並んで食べた羊羹。
春になると一緒に歩いた桜並木。
その景色が、胸の中によみがえる。
やがて桜子はゆっくりと顔を上げた。
「……私。」
店内が静かになる。
「羊羹を作ってみたいです」
何人かの学生が驚いたように振り向く。
「羊羹?」
桜子は真っすぐ店主を見つめた。
「……この町の桜を、そのまま閉じ込めたような羊羹を作れたら」
「食べられる桜の花もありますし、見た目も華やかになるかなって」
店主は興味深そうに微笑む。
「桜を閉じ込めるか」
勇人も思わず笑みを浮かべた。
「面白そう」
「俺も手伝うよ」
桜子は少し驚いたように勇人を見る。
「本当に?」
「もちろん」
「桜子のアイデア、一緒に形にしよう」
その言葉に、桜子は嬉しそうに微笑んだ。
店主は静かに頷いた。
「羊羹は簡単なお菓子じゃない」 「しかも、その中に桜の花を閉じ込めるとなると、なかなか難しい」
「だが、桜の塩漬けのほのかな塩味は、小豆の甘みとよく合う」
「その挑戦は面白そうだ」
「一緒に、この町の新しい名物を作ってみよう」
「評判が良ければ、店の新しい商品として並べることも考えよう」
「勇人、頑張ろうね」
桜子は照れたように笑った。
「ああ、一緒に最高の羊羹を作ろう」
(大好きな、この味を。今度は私の手で作ってみたい。)
桜子はガラスケースを見つめたまま、そっと拳を握った。
大学フェスまで、残り二か月。
桜羊羹を作る挑戦が、いよいよ始まった。




