第21話「変わる条件」
「勇人」
少し震えた声だった。
「待って、少しだけでいいから聞いてほしいの……」
勇人は黙ったまま立ち止まる。
桜子は目に涙を溜めながら、小さく息を吸った。
「この前私のせいじゃないって言ってたけど、ならなぜ避けてるのか教えてよ」
「言ってくれなきゃ、わからないよ」
声が震える。
「また三人で笑いたいだけなの」
「なのに、勇人がどんどん遠くへ行っちゃう」
ぽろり、と涙が頬を伝った。
「お願い……」
「一人で決めないで」
拳を握り締め、爪が掌に食い込む。
夜空の言葉。
神谷先生の『思い込み』という言葉。
すべてが胸の中で重なっていく。
(……俺は。)
(桜子の気持ちを、一度でもちゃんと聞こうとしたのか。)
何かを言おうと口を開く。
だが、言葉は出なかった。
「……ごめん」
それだけを残し、勇人は静かに歩き出した。
教室に入った勇人は、窓際の席に静かに腰を下ろした。
やがて教室の前に立ったのは、化学担当の黒田先生だった。
「今日は少しだけ、人間関係の話をしましょう」
学生たちは不思議そうに顔を見合わせる。
黒田先生はチョークを置き、ゆっくりと話し始めた。
「人間関係も化学反応に似ています。」
教室は静まり返る。
「条件がそろわなければ反応は起きない。しかし、一つの条件が変わるだけで、まったく違う結果になることもあります」
「ですから、途中の反応を見ずに結果だけで判断するのは危険です」
勇人は思わず顔を上げた。
(……結果だけを見て。)
(俺は、自分で答えを決めつけていたのか。)
講義が終わり、昼休み。
勇人が教室を出ようとすると、桜子が目の前に立った。
黒田先生の『条件が変われば結果も変わる』。
勇人は桜子と目を合わせたまま、小さく首を横に振った。
桜子は何か言おうとした。
だが、勇人は何も言えず、そのまま彼女の横を通り過ぎた。
夕暮れ。
勇人の足は、気づけばBAR Lampへ向かっていた。
カラン。
扉を開くと、小さなベルが鳴る。
「いらっしゃい」
カウンターの向こうで、夜空が穏やかに微笑んだ。
勇人の表情を見ると、少しだけ目を細める。
「今日は勇人一人か」
「珍しいな」
勇人は静かにカウンター席へ腰を下ろした。
「何にする?」
「あのさ、蓮さん」
「……少し、話を聞いてくれないか」
夜空は勇人の表情を見つめ、小さく頷く。
「もちろん」
「その前に、少し落ち着こうか」
夜空は湯気の立つホットコーヒーを勇人の前にそっと置いた。
香ばしい香りが静かに広がる。
「今日は、これがいい気がしてね」
「蓮さんありがとう」
「いただきます」
勇人はホットコーヒーを飲んだ。
「うん、美味しい」
「それで、話って何だい?」
「俺、一人で答えを決めつけてる気がして」




