第20話「思い込み」
勇人はいつものように大学へ向かった。
正門前には、桜子と真司がいた。
勇人の姿に気づいた真司は、一瞬だけそちらを見る。
けれど、何も言わずに視線を逸らした。
「桜子、行きましょう」
「えっ?」
真司はそのまま校舎へ向かって歩き出す。
「あっ、ちょっと待って、しーちゃん」
桜子は慌ててその後を追おうとして――足を止めた。
勇人が、こちらへ歩いてくる。
ずっと聞けずにいた。
どうして私を避けるのか。
今日こそ、ちゃんと聞こう。
そう思っていたはずなのに、勇人の顔を見ると、最初に出てきたのはいつもの言葉だった。
桜子は、ぎゅっと拳を握った。
「……おはよう、勇人」
「……おはよ」
勇人は短く返事をすると、そのまま二人の横を通り過ぎようとする。
「待って」
桜子が勇人を呼び止めた。
勇人の足が止まる。
「私のこと、ずっと避けてるよね?」
勇人は振り返らない。
「私、何かした?」
桜子の声が、わずかに震えた。
「また三人で笑いたいだけなのに……」
少しの沈黙が流れる。
勇人は小さく息を吐いた。
「違う」
「これは俺の問題だから」
(……二人の邪魔は、したくない。)
「勇人の問題って何?」
「教えてくれないの?」
桜子の声が少しだけ大きくなる。
勇人はゆっくりと首を横に振った。
「……授業、始まるから」
それだけ言い残し、そのまま教室へ入っていった。
桜子は立ち尽くしたまま、その背中を見送る。
やがて講義が始まる。
今日は神谷先生の恋愛心理学だった。
神谷先生は穏やかに教室を見渡した。
「さて、今日は『思い込み』について話しましょう」
「人は、自分が見たいものだけを見てしまうことがあります」
「思い込みが強くなると、相手の本当の気持ちを見失うこともあるのです。」
「そこから誤解が生まれることもあるでしょう」
勇人は静かに視線を落とした。
(……俺も、勝手に思い込んでるだけなのか。)
その時だった。
後ろの席の男子学生が勢いよく手を挙げる。
「先生!」
「はい。何ですか?」
「恋愛心理学を学んでるのに、彼女できません!」
一瞬、教室が静まり返る。
次の瞬間――
教室中に笑いが広がった。
神谷先生も苦笑する。
「心理学は、恋人を作る魔法ではありません」
「相手の心を理解するための学問です。」
「残念ですが、単位を取っても恋人は付いてきません」
再び、教室のあちこちから笑い声が上がった。
勇人はその光景を静かに見つめていた。
講義が終わり、昼休み。
「勇人!」
桜子が駆け寄る。
「さっきの話、あれじゃ納得できないよ」
勇人は立ち止まる。
ほんの一瞬だけ迷うように目を伏せた。
それでも、小さく首を振る。
「桜子は悪くない」
「真司と帰れよ」
そう言って歩き出そうとする。
「どうして……」
桜子の声が震えた。
「なんで、こうなっちゃったの……?」
ぽろり、と涙が頬を伝う。
勇人は思わず足を止める。
「……。」
何かを言おうとして、言葉が出ない。
そのまま前へ進もうとした瞬間――
桜子が勇人の手首をそっと掴んだ。
「お願い」
「少しだけでいいから、話を聞いて」
勇人の肩が、わずかに震えた。




