第2話「恋愛心理学」
桜子と真司は恋愛心理学の講義室へ向かった。
「この講義、人気なのよね」
真司が教室を見渡す。
「うん。人の気持ちを知りたくて選んだの」
桜子は小さく笑う。
「相手が何を考えているのか分かったら、もっと優しくなれる気がするの」
「桜子らしい理由ね」
真司は肩をすくめた。
「私は人間観察が好きだから。それに桜子と同じ講義だし」
「ありがとう、しーちゃん」
二人が席へ座ろうとした、その時だった。
「……あれ?」
聞き覚えのある声がした。
振り向くと、朝の青年が立っていた。
「あっ!」
「また会ったね」
桜子は思わず一歩引く。
「あの時の……」
青年は少し困ったように笑った。
「俺は佐藤勇人。よろしく」
桜子は少し迷ったあと、小さく口を開く。 「……私は白河桜子」
「私は勝木真司よ」
少し間を置いて、真司は付け加えた。
「……真司でいいわ」
「えっ?」
「真司?」
「よろしい」
「あ、えっと……しーちゃん?」
「私もそう呼んだ方がいい?」
「桜子はそのままでいいわよ」
「それにしても、あんた」
「同じ講義だったのね」
「うん」「偶然だね」
真司は腕を組んだ。
「へぇ。あんた女心を勉強しに来たの?」
勇人は苦笑する。
「まぁ、そんなところ」
「姉ちゃん三人に『あんたは女心が分かってない』って散々言われてさ」
「だから一回ちゃんと勉強してみようと思って」
「素直ね」「姉が3人もいて、女心わからないとか、どうかと思うけど」
「私はその辺、よく分かってるから」
真司は少しだけ笑った。
(姉が三人いるから、女の子の仕草との違いにすぐ気づいたのね。)
そこへ、一人の男性が教壇へ立つ。
「皆さん、おはようございます」
穏やかな声が教室に響く。
「恋愛心理学を担当する神谷です」
ざわついていた教室が静かになる。
神谷先生は教室をゆっくり見渡した。
「今日のテーマは――第一印象です」
黒板にその四文字が書かれる。
「人は会ってから数秒で相手の印象を決めると言われています」
桜子は朝の出来事を思い出した。
(第一印象、マイナス百点……)
「ですが」
神谷先生は微笑む。
「第一印象は、必ずしも最後の印象ではありません」
教室が静まり返る。
「むしろ最初の印象が悪かった相手ほど、その後の印象が大きく変わることもあります」
桜子は思わず勇人を見た。
勇人も同じタイミングで桜子を見ていた。
目が合う。
「あっ……」
桜子は慌てて目を逸らした。
神谷先生は続ける。
「恋愛は二人だけで生まれるものではありません。第三者がいることで、自分でも気付かなかった感情が見えてくることがあります」
(そんなこと本当にあるのかしら)
桜子は考えた。
「そこで今日は、三~四人一組で行動し、人の第一印象がどのように変化するのか観察してもらいます」
教室が一気に賑やかになる。
「近くの人同士でグループを作ってください」
勇人は少し遠慮がちに二人を見た。
「……もし良かったら」
「俺も入っていい?」
真司はじっと勇人を見つめる。
(桜子狙いなのは分かってる)
小さくため息をついた後、作り笑いをした。
「……仕方ないわね」
「ただし、桜子に馴れ馴れしくしないでね」
「ありがとう!」
勇人は嬉しそうに笑った。
桜子はまだ少し戸惑いながらも、小さく頭を下げる。
(本当に一緒のグループになっちゃった……)
こうして、恋愛心理学の課題をきっかけに、三人の少し不思議な大学生活が始まった。




