第16話「変わらない顔」
大学構内は、いつもとは違う賑わいに包まれていた。
色とりどりのキッチンカーが並び、学生たちの楽しそうな声が響いている。
「すごい! お祭りみたい!」
桜子は目を輝かせながら辺りを見回した。
「ねーちゃんの時もこうだった」
「毎年こんな感じなんだよ」
勇人が笑う。
「まずは何か食べる?」
「桜子、何食べたい」
「クレープ食べたい!」
桜子は迷うことなく答えた。
「即決だな」
勇人と真司は顔を見合わせて笑う。
三人はキッチンカーでそれぞれ好きなクレープを買い、近くのベンチへ向かった。
「ストロベリーホイップアイスクレープ」
「いただきます」
「はむっ」
「美味しい!」
嬉しそうに頬張る桜子。
その様子を見て、勇人はふっと笑う。
「桜子」
「ん?」
「クリームついてる」
そう言ってバッグからポケットティッシュを取り出し、桜子へ差し出した。
「あっ、本当だ」
桜子は照れ笑いしながら口元を拭く。
「ありがとう」
「どういたしまして」
真司は何も言わず、小さく微笑む。
(……本当に自然だ。)
二人とも、特別なことをしているつもりはない。
だからこそ、その距離が少しだけ眩しかった。
食べ終えると、三人は体験ブースが並ぶエリアへ向かう。
「アロマ作り体験?」
桜子が興味深そうに立ち止まる。
「やってみたい」
受付の学生が笑顔で説明する。
「材料が今二人分しかないので、次の回になります」
「じゃあ待つか?」
「私はいいわ。二人でやって」
「うん」
「次はしーちゃんも一緒に作ろうね」
桜子は少し申し訳なさそうに言った。
「わかったわ」
真司は少し離れた場所で、その様子を静かに見守る。
「じゃあ、俺と桜子で」
「こちらが今日使える精油です。お好きな香りを選んでください」
花やハーブ、フルーツの精油がずらりと並んでいる。
「桜子はネロリをベースにしてみた。」
「甘くて上品だけど、優しい香りが似合う」
「勇人はベルガモットをベースに、ヒノキも少し入れてみたの」
「爽やかなのに、ほっとする感じが勇人っぽいなって」
二人は楽しそうに香りを選び、笑い合っていた。
(こうして二人で何かを作る時間って、なんか楽しいな。)
勇人は瓶を選びながら思った。
やがて、小さな香水瓶が出来上がる。
「はい!」
桜子は笑顔で一本差し出した。
「しーちゃんの分も作ったよ」
「えっ?」
「せっかくだから」
真司は驚きながら受け取る。
「……ありがとう」
小さなガラス瓶をそっと見つめる。
ふわりと優しい香りが広がった。
(そういえば……。)
以前、桜子と二人で香水を作ったことがあった。
あの時は、爽やかで洗練された香りだと思った。
今日も桜子は変わらない笑顔で渡してくれた。
同じように優しい香りなのに。
今日は、なぜか少し切なく感じた。
「しーちゃん?」
桜子が不思議そうに覗き込む。
「あっ、ごめん」
真司はいつもの笑顔を浮かべる。
「すごくいい香りよ」
「本当? よかった!」
「しーちゃんって綺麗だし、いつも洗練された雰囲気だから」
「そんなイメージでジャスミンをベースに選んでみたの」
桜子は嬉しそうに笑った。
その笑顔は、何一つ変わっていない。
変わったのは――。
(私のほう、か。)
真司は香水瓶を大切にしまい、二人の後ろを歩き始めた。
楽しそうに話す勇人と桜子。
二人はただ、笑っているだけ。
真司は香水瓶を握る手に、ほんの少しだけ力が入った。




