04話 スパの出来事
「もう一回聞いていいですか……? ここは、何をする場所です……?」
「ここは、心も身体もリラクゼーションできる施設、『スパ』があるんですよ」
『スパ』とは、『スパゲッティ』とか『パスタ』のことを言っているわけではない。『スパ』だ。
英語辞典があったら正確な意味を引いてるところだろう。僕にはゆかりがなさすぎて、いかがわしいイメージしか出てこない。リラクゼーション施設。スパ。それはつまり……。
「スパって。お風呂のことですよ。初めて聞きますか?」
……正解でした。
大正解です。色んな意味で、僕は大正解な状況にいる男子です。
「い、いや、存在自体は知ってはいるんですが、来るのは初めてでして……」
「そうなんですか?」
温泉施設。僕はそういう所に入ったことがなかった。男子と遊ぶのに、そんなところになんて行かないしねぇ……。
「ここは、学園の生徒が自由に入れるんです。なので昼休憩に来たりもしますし、放課後に来たりもするんです」
「昼休みにお風呂に……?」
女子はお風呂好きと聞いたことがあるけれども、同じ人間なのにこんなにも生態が違うとは……。
男子は部活で昼練習をして汗を流している中、女子はスパで汗を流しているのか。素晴らしい。
そんなスパに呼ばれて、僕は一体何をするって言うんだろ……。僕は女子とお近付きになろうとしてたんだけども……。
「色んな女子が入れるようにって、基本的には水着で入ることが許可されているところもありますし、汗を流すだけでしたらサウナなんていうのもあるんですよ?」
「へぇ、そうなんですね。すごい施設に力入れてるんですね」
「学生の本業を後押しするために、リラクゼーション施設が充実しているんです」
素晴らしい学園だ。お嬢様学園と言われるだけはある。上級国民の生活みたい。うちの男子中学校なんて、冷房が最近入ったというのに……。それが赤字経営っていうことで、学校がつぶれてしまったんだな。
「それではご一緒に入りましょうか?」
「えっ?いやいや……。僕着替えとか無いですし、心の準備といいますか……」
初めて会った女子と一緒にお風呂なんて。僕にそんな度胸はない。すごく良い子だから、無邪気に誘ってきているだけなのだろうけれども。
「それじゃあ、放課後にしましょうか?予約すれば、時間限定ですが貸し切りにも出来ますよ?」
「そ、そうなんですね。すごい……」
「それじゃあ、放課後また来ましょ」
お風呂の入り口で、あたふたしてしまったな。
暖簾をくぐれば楽園が広がっていたのだろうけれども。いや、さすがにそれはダメだろう。女子は女子、男子は男子の風呂に入るべき。……あれ、元女子高だから男子風呂なんて無いのか……?
そこいらを歩いているのは、風呂上がりの女子達。湯上りでホカホカとして、必要最低限の薄着で過ごしている。目のやり場に困ってしまう。ただでさえ居場所が無かったのだけれども、ここは僕がいていい場所ではないな。
「緊張しているみたいですけど、大丈夫ですよ?」
「い、いや……」
「同じ学び舎に通う生徒になったじゃないですか。仲良くしましょう?」
「は、はい!」
◇
初めての友達ができたかもしれない。これは、僕にとっては、大きな一歩だ。こんな、天使みたいに優しい女子がいるなんて。
柔らかな感触が残っている左手を握りしめる。なんとも言えない幸福感が込み上げてくる。僕も、女子と仲良くなれたんだな……。
浮かれた気持ちでいる僕にとって、女子からの視線はもう怖い物ではなくなっていた。なんてったって、僕には浴乃さんがいるから。
ふわふわでゆるゆるな浴乃さん。
一緒にお風呂か……。
はぁ、想像するだけで幸せだなぁ。
もしかすると、僕は初恋をしているのかもしれないぞ。僕の選択は正しかったわけだな。
元男子校の友達にも今度自慢してやろう。最高な気分だ。
新学期は、すぐに授業が終わる。放課後はすぐにやってきた。浴乃さんが、僕の席にやってくる。
「せっかくスパに行くので、他の友達も誘っちゃいまいたが、良かったですか?」
「あ、えっ……!? はい。僕は構わないですが……」
「初めまして、よろしくお願いします」
「男子と喋るっていつぶりだろうなー?」
浴乃さんの友達だからか、二人とも性格が良さそうである。一人は黒髪ストレートな女子、もう一人は少し茶色を帯びた髪色でショートボブな女子。
ゆるっとした浴乃さんとも仲良さげに笑いあってる。
初めての女子とのお風呂だっていうのに、いきなりそんな大勢で……。
「行きましょ!」
浴乃さんの友達二人が僕の手を取ってくる。
まさに両手に花。両手では抱えきれないくらいの華。浴乃さんが僕と手を繋げなくなって、ほっぺを膨らまして見てくる。僕にもう一本手があれば良かったんだけど。
「二人ともずるいよー! 私が誘ってあげたんだからね?」
僕の後ろへ回り込み、両肩に手を置いて押してくる。
「私はここね? レッツゴー♪」
三人の美女に囲まれて、僕が向かうのはスパ。つまり、温泉施設。みんなでお風呂……。
こんなことがあっていいのかな。僕、明日死んじゃうんじゃないかな?
下着の代えはなかったけれども、その辺りは今後用意しておこう。またいつお風呂に誘われるかわからないし。
……僕、何回も行く気満々になっちゃってる。幸せだな。
昼休みもやってきた浴室の手間までやってくる。
女湯の赤い暖簾が垂れ下がっている。そこをくぐれば、楽園が広がっていることだろう。けれども、男湯の暖簾がどこにも見えない。
「あの、脱衣所って一緒なんですか……?」
「そうですね? 確かに、今までは女子だけしか学園にいなかったので、男女で別れてないですね?」
「まぁまぁ、そんなの気にせず行きましょ?」
「服なんて、サッと脱いでお風呂で気持ち良くなろー!」
女子脱衣所、女子更衣室と同等かそれ以上の場所。
普通の共学だったら覗いただけで、停学になったり、かなりの処罰を受けるようなスペースだって聞いたことあるけれども。この学園なら、それも許されるっていうことなんだろうな。まだ、整備されていないんだろうけど、男子を受け入れる気は十分にあったっていうことなのだろう。
お嬢様学園の心の広さ。素晴らしいです。
僕はここに通えて幸せです。お父さん、お母さん。僕をこの学園へ通わせてくれてありがとうございます。僕は今、天国への暖簾を潜ります……。
案内された暖簾をくぐる。
暖簾さえも、シルクのような柔らかな手触り。どんなお風呂があるんだろうな……。
暖簾をくぐるとすぐに曲がり角があり、中は少し廊下が続いているようだった。直接脱衣所なんてあったら、見えちゃうから当たり前か。
浴乃さんに、トンと背中を押される。後の二人と繋いでいた手も離されてしまった。
「この先に脱衣所があるので、どうぞどうぞ」
「私たちは、少しトイレに行ってからいきますんで」
「先に準備しててくださいね?」
「わかりました!」
快く返事を返し、廊下を進んでいくと、ちょうど服を脱いでいる女子が数人いた。さすがに直視するのはよくないだろうけれども。目に入ってしまうのはしょうがないよね……。女子高生の身体というものを、合法的に初めて拝める……。チラリと視線を女子の方へやろうとすると、叫び声が聞こえた。
「キャーーーーー!!!」
「なんで男子が入ってきてきてるのよ!!」
「どうなってるの!?」
「通報してっ!!!」
いきなりの男子が入ってきたら、驚くのも自然なことかもしれないけど……。過剰に反応しすぎなんじゃないかな。合法なわけだし。同じ学園の生徒は一緒のお風呂に入って仲を深めるって……。
そう言えば、浴乃さんが貸し切りにしてくれるって言ってたけど、なんで他の女子がいるんだっけ……?
「なんで平然としてるのコイツ!」
「犯罪だからね!!」
すごい剣幕で罵声を浴びせられているけれども……。
女子たちは身体を一生懸命隠しながら、黒光りするような、生理的に受け付けないような虫を駆除するように、怯えながらも僕を排除しようとしてくる。
あれ、僕ここにいていいんだよね……?
浴乃さんが案内してくれたし……?
「どうした。何の叫び声だ?」
暖簾をくぐって、入ってきたのは入学式に壇上で見た人物。この学園の生徒会長、天ケ瀬湯乃さんだ。
「おや、君は草津滉斗くん? どうしてこんなところにいるんだい? ここは男子禁制だが?」
「え、いや、今日は貸し切りにしてもらったし、クラスの女子たちが一緒に入ろうって……」
「キミは、自分の言ってることを理解しているかい? そんなこと、あると思うのか?」
「いや、本当ですよ……? 今はトイレに行ってるだけで……」
「言い訳はよせ。キミは、今犯罪を犯しているんだ。現行犯で捕まえる」
腕を引っ張り上げられて、間接技のように捻ってくる。
「……痛っ!」
「これだから、男子は信用ができないな」
浴乃さんたちは、一向に脱衣所へ入ってこなかった。
どういうことなんだ……。
もしかして、僕は嵌められたのかもしれない……。




