03話 女子の友達
教室のほぼ全員が女子。
どこを向いても、女子女子女子……。
品行方正な女子が詰め込まれた教室内で、僕は一人だけ男子なのかもしれない……。
それが良いかというと、良くない方向と感じざるを負えない。男子と共学になったことを、良くない思いをしている人も多そうなのだ。十中八九、そう思っていることだろう。
……いや、全員がそう思ってそうだ。そのくらい、教室にいると周りの視線が痛い。
夏の紫外線よりも強い視線が僕に向けられている。じりじりと肌を焼き焦がすような視線。じんわり温かくなってくれる遠赤外線くらいだと歓迎なんだけど……。
けど、僕のことなんて放っておいてくれればいいのに。僕は無害な男子だよと伝えたいよ……。
休み時間だろうと、どこにも行くところがない。
友達もいないし、そもそも男子がいない状況では、どこへ行っても一人ぼっちである。
「しかし、視線が痛い……」
教室内の女子からの視線がチクチクと刺さる。敵対心が丸出しである。
視線を免れようとして廊下へ出てみると、そこでも視線が集まる。僕が動き出すと、女子は警戒心を強めてさらに鋭い視線を向けてくる。
どこへ行ったとしても、この学園の中では見つめてくる相手が変わるだけで、敵意の籠った視線が止むことはないらしい、。どこにも逃げる場所がないのであれば、大人しく自席にいるしかない。
当たり前のことだけれど、教室内にいるのは、ほぼ全員が女子。楽しそうにお弁当を食べたり、雑談をしている。僕からの視線に気付くと、睨み返してくる。
お嬢様学校なのに、舌打ちが聞こえる気がするよ……。
「はぁ……。こんなにアウェイなことってあるのか……?」
敵チームのホームグラウンドだとしても、もう少し応援してくれる味方がいると思うんだけどね……。
ただ、一つ救いがあるとすれば、このクラスの中には一人だけ味方がいることだ。不幸中の幸いと言っていいだろう。ギリギリセーフという感じだ。ライフラインがギリギリ通った教室内。
味方というのは、男子のことである。
この教室には僕以外に、男子が一人だけいるのだ。それが、せめてもの救いであった。
僕と一緒に、お嬢様学院に入学してきたと思うのだけれども、元々通っていた男子中学時代にはあまり見たことがないヤツなのだ。
僕も顔が広い方じゃなかったけれども、それでも同学年の人は顔はほぼ知っている。そんな僕も知らないくらい影の薄いヤツということだ。
もしかすると、友達がいないからこそ、女子高を選んだのかもしれないな。そんな人と仲良くなれるかっていうと、難しいかもしれない。
せめてもの救いも、上手く使えないことにあるかもしれないけど、ただ一人の同性のクラスメート。少しだけでも仲良くなっておきたいな。
「……どうにかして、この学園を生き残らないと。高校中退なんてしたら、笑えないからね……」
受け身ではなく、アグレッシブにいかないと。ここでは、誰も助けてくれないから。席を立ちあがり、真っすぐ男子の席へ向かおうとすると、横から女子が割り込んできた。
「……あの! 初めまして、私、天ヶ瀬浴乃です」
「は、初めまして……?」
「うちの高校に男子が編入してくるなんて、ビックリですよ!」
話しかけて来た女子からは、全く敵意が感じられなかった。柔らかな表情を僕へと向けてくる。
緩く結ばれた下ツインテール。ほんわかとした雰囲気は、ピリッとした教室の雰囲気を和らげる。
こんな女子もいるのか。男子に話しかけて来るなんて……?
もしかすると、兄か弟がかいたりするのかもしれない。この子であれば、意外と話が通じそうなのかもしれない。
「女子が多いので、男子は肩身が狭いですが……」
「そうですよね。あまり恐縮しないで大丈夫ですよ? 私たちは、同じクラスになった仲間ですよ!」
この子は、とても素直な子に見える。
一人で座っている男子とお近付きになろうと話しかけようとしていたものの、女子に友達が出来るとしたら、それに越したことはない。
どこかのコミュニティに属することができれば、僕はこの学園でも生き残れるはず。
浴乃さんは人懐っこく話してくれる。
「そんな難しい顔しなくていいですよ。仲良くしましょ?」
「は、はい!」
笑いかけてくる顔は、まさしく天使そのものであった。これが、女学院の天使というやつかもしれない。
相変わらず、他の女子からは尖った視線を送られて心が傷付くけど、浴乃さんの笑顔が瞬時に回復してくれる。
僕が周りの様子をびくびくと伺っている様子に気付いたのか、浴乃さんは少し困った表情をした。
「ここで話すのもアレですね……。みんなの視線が気になりますよね……。少し場所移動しましょうか?」
「あ、はい……。出来ればそうしてもらえるとた助かります」
「了解です!」
浴乃さんは教室を「早くここから離れよう」と言うように、僕の手を握ってくる。
この学園の女子は、全員男を敵と認識してるかと思ったけれども、この子だけは違うようだった。柔らかい手が僕を優しく誘導してくれる。こんなに柔らかいものに触ったことがないかもしれない。女子の手ってこんなに柔らかいものだったのか……。もしかしたら、初めて触ったかもしれない。手の感触にばかり気が行っていると、グイっと手を引っ張って身体を引き寄せられた。
浴乃さんは近づいて小声で伝えてくる。
「なんか、視線が痛いね」
「そ、そうですよね……」
廊下へ出ても視線は変わらない。
廊下に立っている女子も、こちらに強い視線を向けてくる。その中を、通り抜けるように早歩きで進んでいく。
地獄の鬼たちが僕を食い殺そうとでもしているような視線。そのなかで、柔らかい浴乃さんの手は、地獄の針山に届けられた羽毛布団のような。柔らかくて温かい手が僕をふわっと包んで優しく夢の中へと導いてくれるよう。唯一の救いの手を、僕は優しく握り返す。
言い過ぎかもしれないけど、男子校出身の僕にとっては女子なんて未知の生物なわけで。手の感触だけで、ふわふわとした枕で眠っているような、夢見心地になっている。
「無理やり引っ張っちゃってますけど、大丈夫ですか?」
「へ、平気です!」
「良かったです」
相変わらず天使のような笑顔を向けてくる。浴乃さんの手の感触だけで興奮してしまってる僕だけども……。気付かれてないよね……?
もしもバレてしまったら、浴乃さんも僕のことを蔑んだ目で見てくるかもしれない。平静を保たねば……。
「あっ、そうだ、私……。男子と手を繋ぐの初めてなんです」
「え、えぇぇ……!? そ、そうなんですか?」
廊下を早歩きで進む僕と浴乃さん。
それに合わせて高速で収縮運動している心臓のポンプ。身体の隅々まで酸素を届けないといけないというのがわかっているのだろう。それ以上に、交感神経がバグってしまって制御が効いてないのかもしれないけど。
浴乃さんの発言で、壊れかけてる制御装置が完全に壊されてしまった。さらに速く強く鼓動を打ち始める心臓。ろくに酸素も含まれていないだろう血液が体内を駆け巡っていく。
血液が節々まで回りすぎて、すべての毛細血管から出血してしまうんじゃないかという勢いだ。
「ぼ、僕も初めてです……」
「初めて同士ですね。ふふ」
もうこれ以上壊せる神経はないですよ……。
もしも僕の鼻が詰まってなかったら、ビューーーーっと鼻血が吹きだしていたことだろう。スギ花粉様、ありがとうございます。
手の感触以外何も考えられず、頭の中が真っ白な状態で、浴乃さんに手を引かれるまま連れていかれた。
浴乃さんのおかげで回復していたはずの心身が、ズタボロにされたあたりで浴乃さんが立ち止まった。
「着きました」
「えっと、ここはどこですか……?」
「この学園って、スパがあるんです! ここで二人で話しましょ?」




