31話 真の経営者
「んー? なんじゃ? 新しいサウナの楽しみ方かの?」
サウナへと入ってきたおじいさん。倒れている女原さんを見ながら首をかしげていた。警備員がサウナの入口を塞いでいたはずなのに。なんで中に入れたんだ。素通りなんてできるはずないのに。
まさか、入るのは自由だなんて、そんな間抜けな命令はないだろう……。
契約を成立させるために、誰の邪魔も入らないように入る方も、絶対に認めないはずだろう。
「おい、爺さん。どうやって入ってきた?」
ボスが警戒しながら聞く。
今まさに契約成立しそうだったところだったのだ。それを止められたボスが苛立つのは当然のことだろう。ボスは立ち上がり、おじいさんに詰め寄る。
「ここはいま取り込み中なんだよなー。出て行ってくれない?」
「ほほう? サウナは皆で楽しむ場所じゃろ? お前さんは、なにを勘違いしておるのじゃ?」
おじいさんは相変わらず怯まないな……。
「いま、契約中なの。何も知らない部外者は、出ていってくれない?」
「まぁまぁ、若者。サウナの楽しみ方を教えてやろう。とりあえずじゃのぉ」
おじいさんがパンパンと手を叩くと、サウナのドアが開けられた。外にいた警備員が中に入ってくる。おじいさんの横に姿勢正しく立つと腕を後ろに組む。よく野球部が先輩の前でやるような姿勢だ。
「おいおい、何やってるんだ、お前ら? 誰がサウナに入っていいと言った? それに、どうしてジジイの後ろに立って。お前ら、なにしてんだ?」
ボスが怒りを込めて怒鳴るが、警備員たちは一切答えない。おじいさんの横に直立不動で立っている。
おじいさんから、警備員たちへ話しかける。
「この子の体調がすぐれないようじゃ。外で経口補水液でも飲ませてやってくれ」
「はい。かしこまりました」
警備員が返事をすると、すぐに動き始める。
警備員は二人掛かりで、女原さんの頭と足を持ち上げる。ゆっくりと丁寧に。そのまま、手際よくサウナ室の外へと運び出してしまった。
何故かはわからないが、警備員はおじいさんの言うことに従っているようだった。どういうことなんだ……?
残っている警備員に対して、ボスがさらに怒りをぶつける。
「お前ら、なに勝手なことしてくれてんだよ!!? お前らの雇い主は俺だろ!!」
警備の人は、黙っておじいさんの方だけを見つめている。おじいさんからの次の指示を待っているように見える。
これじゃあ、まるでおじいさんが雇い主みたいだな……。
「他にも体調不良な人はいないかのぉ? 少しでも気分が悪くなったら、早めに伝えるのじゃぞ?」
おじいさんは優しく僕たちへ尋ねてくる。
予想外の出来事の連続に、会長を含めたこの場にいるメンバーは反応が出来なかった。ボスから不条理な契約を結ばされそうな状況だったというのに、なんだか緊迫した空気が薄れてきた。
おじいさんは注意深くサウナの中を見渡すと、うんと頷く。
「返事はないようじゃが……、他は大丈夫そうじゃな。じゃあ、他の者を呼ぼうかの。サウナはやっぱり大勢で入る方がいいじゃろ?」
僕の方を向いて言うものだから、思わず頷いてしまった。おじいさんもニコリと笑顔を返してくれた。
おじいさんは、また手を叩いて合図をする。それをきっかけに、サウナの中にドドドと人が入ってくる。若そうな女性もいるけれども、高校生には見えない年齢の女の子も次々と入ってくる。
屈強な男性も数人混じっているようだった。
「ほほほ、広くていいのぉ。やっぱりサウナは大勢じゃな」
なにが行われ始めたのか、全くわからない……。
ボスも入ってくる人たちを目で追うだけで、もはや、ぽかんと口を開けて見ている。
最終的に壇上になっている席が全て埋まってしまった。入り切れなかった人は、サウナの外で待っているようで、まだまだ人がいるようだ。
満員になったサウナ室の扉が閉められたところで、どうにかボスが口を開く。
「じじい。この学園に関係ない奴らを入れるのは、おかしいだろ? 勝手が過ぎるだろ?」
「部外者を入れるなということかえ? そういうオマエは何故ここには入っているのじゃ?」
「はぁ? 決まってるだろ。俺はこの学園の経営者だからだよ。ジジイ、オマエにはやっぱり制裁が必要だな。組のものを呼んできてやるよ」
「いやいや、わしゃはこの学園の『関係者』じゃから入れるじゃよ」
ボスの脅しにも屈しない。相変わらず飄々としている。
関係者って、誰かの祖父とかなのだろうか?
旅館で見たっていうことは、その可能性があっても不思議じゃないのだけれども。
ボスは今にも実力行使に出てきそう。おじいさんのことを、これでもかと睨んでいる。僕は見ていられず割って入る。
「いやいや、おじいさん。お子さんが学園の学生だとしてもサウナには入れないですからね?」
やんわりとおじいさんの方をたしなめる。刺激せずに丸く収めないと。
「ん? お前さんも勘が鈍いのぉー? わしゃの後継者になるにはまだ早かったかのぉ? 逆に言えば、鍛え甲斐があるということじゃのぉー、かっかっか!」
おじいさんは楽しそうに笑っている。
「ジジイ笑ってんじゃねぇぞ?! ここの経営者である俺が、オマエを不法侵入で直接現行犯で捕まえてやるから」
「うむ、わしゃが、その言葉を丸々お前さんに返してやろう」
「はぁ? なにを言ってるんだ?」
「この学園の経営権、わしゃが買い取ったところじゃよ」
「なにをとぼけたことを言ってんだ、ジジイ?」
「ほほほ、説明を省いてしまって悪かった。正確には、お前さんが学園を乗っ取ろうとして偽装していた寄付額やら、理事会の偽造文書を買い取ったのじゃな」
「……!!?」
「じゃから、臨時的にわしゃが代理理事になっておるが、元の通りその子に権利が戻ることじゃろう」
「そんなこと出来るわけ……。そもそも、そんなこと誰も知るわけないし、俺の側近にしか言ってない情報……。漏らすわけが……」
「お前さんが威圧的に支配していた側近とやらは、サウナで全部吐いてくれたぞい」
「そんなわけ……」
「お前の親父さんを調べたらのぉ、わしゃの舎弟の息子らしくてのぉ。悪さしているらしいからと言って、ちょいとお灸を据えてやっただけじゃな」
「……全部デタラメだろ……」
「親父さんに電話してみよか? 教育済みじゃから、わしゃが電話したらワンコールで取ってくれるようになっとるぞい」
「……ちきしょう。覚えてろ……」
ボスは悔しそうにしながら、サウナ室を出て行ってしまった。
「ほっほっほ。サウナは皆のものじゃからの。独り占めするのは、ダメじゃよ?」
おじいさんが皆の方を振り向くと、誰からともなく拍手が送られた。
そして、サウナ室は拍手に包まれた。
「おじい様……。ありがとうございます……」
「うむ。人のことを考えて、自分の人生を投げてまでも頑張る。それは良い精神じゃが、無理は禁物じゃ。若者は楽しく笑って生きなさい」
おじいさんは、すべてを知っているのだろう。
会長の頭をぽんぽんと撫でる。会長は、抑えていた気持ちが崩壊したように泣き崩れてしまった。
「うわぁぁぁーん……。私、このスパを守りたくってぇーー……。みんなが楽しく過ごせる場所が作りたくってぇー……。それで、私も笑って過ごしたくてぇー……」
「うむうむ。わかっておるぞい。大変なことは、みんなで分け合うのじゃ。特に、一番近くで協力してくれるパートナーに頼りなさい。お嬢ちゃんには、とても良いパートナーがいるからのぉ」
おじいさんは意味ありげに呟いているけど、そろそろ生徒会メンバーは全員脱水症状になってしまっているだろう。早く出た方が良い。
「一旦、全員ここから出ましょう! すぐに水分補給を!」




