27話 会長と二人で温泉
「温泉、すごーい!」
会長はやはり子供に戻ったような雰囲気で楽しそうにしている。今にも駆け回りそうな気さえする。
会長はこちらを見ると、少し早歩きで湯船へと向かって行く。
室内の温泉もあるけれども、屋外に露天風呂がある。源泉かけ流しなのだろうか、湯口からお湯が注ぎ込まれているようで、水の流れる音が心地よく聞こえてくる。その音が聞こえるくらい室内は静かで、屋外にもお客さんはいないようだった。女将さんが気を利かせてくれて貸し切りにしてくれたのだろう。
女将さんに言われた通り、本当に二人きりなんだ……。
会長が脱衣所でノリノリで脱ぎだしたときはどうなることかと思ったけれども、しっかりバスタタオルを巻いてくれている。そりゃ当たり前だけれども。
……ぼ、僕はなにも期待なんかしてないしね。
会長は下着を適当に脱ぎ散らかすものだから、注意すると「あなたが畳みなさい? 奴隷でしょ?」って言ってくる始末だった。
脱ぎたての下着を畳ませるって……って思ったけど。とりあえず、畳んだけどさ……。これも、スパの運営に役に立つのかな?
もしも、学園でも脱ぎ散らかされた下着があった場合は、片付けるのも僕だったりするのか。そうだとしたら、役に立ってるのかな?
あまり納得はいかないけど。
僕が考え事をしていると、会長は自分のペースで話を進めてくる。
「ねぇ、見てみて。バスタオルを巻いての入浴はご遠慮下さいだって。しょうがないなー」
「えっと、会長……?」
「濁り湯だから平気でしょ。それに、私は貴方を男としてみてないから気にしないし。あと、ここで裸を見せておけば、後々脅す材料になるしね」
会長は逞しい考え方だな……。逆に尊敬しちゃうかも……。
「アンタも早く入りなさい?」
「あ、はい……」
「もちろんバスタオルはダメだからね。ルールは守ること」
「はい……」
もうどうにでもなれ……。
思い切ってタオルを外して、湯へと浸かる。会長は特にこちらの様子を気にせず、目をつぶって顔を天井へと向けていた。
「あの、入りましたよ……」
「うん、じゃあ、くつろぎなさい」
どんな状況だろうと、会長は上から物を言ってくるなぁ……。まぁいいけど……。
会長は上を向いて、腕を浴槽の淵へと上げている。そのせいで、かなり身体が高い位置にある。さすがに濁り湯と言えども、胸が見えそうで……。いや、見えてるよな、これ……。けど、見ちゃいけないな。僕も天井でも見てくつろごう……。
会長はゆっくりと話し始める。
「なんといえばいいのか……。巻き込んでしまって、ごめん……」
会長らしからぬ、優しい言葉に耳を疑った。今度はなにを企んでいるのだろうか……。また僕を騙すつもり……?
「風呂に入っている時くらい、警戒心を解いたらいいだろ?」
「それが出来たら苦労はないんですけど? いつでも僕を騙し打ちみたいにしてきた人に警戒しないわけないじゃないですか」
「まぁ、それもそうか。それじゃあ、私の昔話でも聞いておいて」
会長はゆっくり語り出した。
「私、親いないんだ……」
「……?」
「私のこと、理事長の娘って思ってるでしょ。実は養子なんだよね」
「……えっと、そうなんですか? けどさっき、お母さんに似てきたって言われてなかったでしたか……?」
「そう、それが本当のお母さんのこと。うちのお母さんは、この旅館で働いてたの」
会長はいつになく落ち着いた様子だった。
こんな話を僕が聞いて良いのだろうか……。
「なんだか重い話っぽいですけど、なんでそんな話を僕に……?」
「同情を買おうってわけじゃないけどさ、私の弱みを知ってたら、アンタも頑張れるんじゃない?」
「いやいや、そんな大事な話をしなくても……」
「学園で働くのが嫌になったら、全部暴露しちゃっていいよ。スキャンダラスに終わらせちゃってよ」
会長は子供のように楽しそうに笑う。
「せっかく学園を立て直そうとしてるのに。しっかりやってきましょうよ」
会長は視線を天井から僕へ向ける。
「私もさ、ちょっと疲れちゃってさ」
「……」
なんだか、いつもと全然雰囲気が違う。気を張ってない、何も纏っていない会長。
「ボスが来たりするのって、怖いんだよ。本当は泣きたいし、逃げ出したいし……。なんで私が理事長なんてやってるんだろうって思うことも多いし……。本当だったら、私も普通の女の子みたいに、推し活したりアイドル追っかけたりして暮らしたいんだよ……」
「……そうなんですか?」
「いっそのこと、学園なんて売り渡しちゃおうかななんて思ったけどさ。そうしたら、学園の生徒が、私の友達とか妹の友達とかがひどい目にあっちゃうじゃん。それだけは嫌なの」
「気持ちはわからないでもないですけど」
会長は全てを素直に話してくれる。どういう作戦なのかも分からない。本当にただ弱気になってるだけなのだろうか。なにか裏があるんじゃないかと疑ってしまう気持ちが湧いてくる自分が情けないな……。
「…………だからね。助けて欲しいの」
「そういうの、僕弱いんですよ……。ずるいですって……」
会長は肩の荷が下りたように、のんびりと笑っている。
「頼りにしてるから。キミの前向きなところ、結構好きだから。キミがいたら、なんとかなりそうな気がしてくるんだ」
「温泉だからって、全部さらけ出し過ぎですよ……」
これらはきっと、会長の本心だろう。なにも隠していない、すべてをさらけ出した会長の言葉。僕はそれを無理矢理受け取らされたみたいだった。
「ここを出たら、また強気の仮面をかぶらなきゃいけなくなるからさ。また私が厳しく当たっても、裏切らないで欲しい。私もキミを裏切らないから……」
そうなのだ。散々『奴隷』と言ってくるけれども、しっかりと体調管理出来るように休憩時間をくれたり、多めの給料をくれたりしてるんだよな。それも、今回の話も、人心掌握術だったとしても。騙されているとしても、助けたいと思ってしまう何かが僕の中に芽生えている気がする。
天ケ瀬姉妹は、つくづく僕を誘惑してくるんだから……。
「それなら、僕のお願いも聞いてもらいたいです」
「助けてくれるなら、なんでもいいよ。なんでも言うこと聞くよ」
「もしも上手くいったら……、また一緒にお風呂入りたいです!」
ただの淫らなお願いなのかもしれない。
けど、この優しい会長とまたお風呂に入りたいと思わせられたから。
「うーん? 全然いいけど?……私でいいの? 私の権限で、他の女子とかも選び放題だけど……? 浴乃とかじゃなくていいの?」
「いえ、会長でお願いします。その時は、僕も肩の荷を下ろして思いっきりくつろぎたいです。仕事の愚痴とかもたっぷり会長に聞かせたいですから」
「はは、そういうこと? わかったよ。その時は、私が最高にもてなしてあげるよ」




