11話 彼は女子から大人気
「おっはよー」
「お、おはよう」
教室に入るところで、後ろから忍くんが話しかけて来てくれた。そのまま僕に挨拶をすると、ニコリと優しい笑顔を見せて、楽しげに自分の席へと座った。忍くんは、相変わらず男子の制服を着ているけれど、本当は女子なんだよな……。ビックリするくらい美少女だ。
「どうしたの?」
「い、いや……。なんでもないよ。ははは」
見惚れてたなんて言えないからね……。
「ねぇねぇ。また今日も行っちゃおうか?」
「え、あ、うん。それも、いいね?……えっと、どこに行くんだっけ?」
すべての話が右から左へと流れ出ていくようだった。忍くんの顔を見ると、全ての力が抜かれてしまうみたいだ。
「あれ、気持ちよかったらね? 健康にもいいしー。今日もお願いできないかな?」
「あぁぁー……、昨日のあれね。考えておくよ」
サウナって言うと、教室中がザワつくかもしれない。きっと、クラス中の人達は彼か彼女だって知ってるから。
「よろしく!」
キュピンと音を立てそうなウインクをしてくる忍くん。女子と分かってからの、ウィンクの破壊力。僕の正気度メーターが可視化されていたら、皆にもわかると思うくらいガッツリ減ってます。SAN値、ピンチですよ……。
気を失いそうなところをどうにか堪えて、正気を取り戻して自分の席へと座る。
深呼吸をして、正気度を正常値まで戻そうとしていると、ふと気づいた。
なんだか今日は、いつにも増して女子からの視線がキツイかもしれない……。周りを直接見てしまうと睨みつけられてしまうので、どうにか目だけ動かして周りを見てみると、僕に向けて鋭い視線を向けてくる女子が一人や二人ではないことに気付く。
見える範囲にいる女子全員が僕のことを睨みつけているようだ。いつも睨まれてキツイのに、今日は特にキツイぞ……。
僕は気付かないフリをしながら、授業の準備をし始めると、女子たちが僕の席へとやってきて、机をドンッと叩いた。
僕、何かしちゃいましたか……。
大人しくしていたつもりなんですけども……。
心の中で謝る準備をすすめる。
謝るイメージトレーニングは大事だ。「ごめんなさい」って言葉だけじゃ、怒ってる人は満足しないだろうから……。
「ちょっと貴方……!」
「は、はいっ……! すいません、僕が悪かったで……」
「ちょっと来なさい」
えっとー……。
僕は今から攫われるんですか……?
集団リンチでも待ってますか……?
そんな事を直接聞けるわけも無く、首で指示される方へと歩いていく。
教室を出て廊下へ。長い廊下を真っすぐ歩いていき、クイっと首で示されたのは、女子トイレだった。
無言の圧力によって、僕は女子トイレへと入らざるを得なかった。当たり前だけど、女子トイレは女子しか入れないんですけども……。
なにを言ってもやられると思ったので、僕は極力喋らないように無駄な言葉は心に留めた。
女子トイレの奥へと追いやられると、縮こまる僕を見下ろしながら女子たちは口を開いた。
「……あんた、どうして忍くんと仲良くなってるの?」
「なにをしたんだよ。なにか裏で、忍くんを騙したりしてるんじゃないでしょうね?」
きつい口調で詰め寄られる。
忍くんのことが気になるってことか?
同じ男子だと勘違いして、仲良くなろうと近付いたのは事実だけれども、特別なことは何もしていない……、っていうことはないけれども。やったのは一つだけだ。
「……一緒にサウナに入っただけだよ」
「……っ!!?」
「……なん……、ですって……!!?」
僕、言っちゃいけないこと言ってないよね……?
本当のことを言ったまでだし。悪いことはしていないし。同意の元、行ったわけだし。
少しだけ無理矢理な誘い方だったかもしれないけど、ハラスメントにはならない程度のお誘いだったはず。本人も楽しんでくれていたし……。
細々とした言い訳が、心の中でグルグルと回る。
「もしかして、忍くん。サウナ好きだったりするの?」
「そ、そうみたいだよ……?」
「ちょっと、茜。コイツの言うこと信じられる?」
女子たちは僕に尋問しておいて、僕の言うことを信じてくれないらしい。
ならなんで、こんなに問い詰めたし……。
「まぁ、真偽は定かではないけど、いいこと聞いたじゃない? おそらく、サウナに行ったのは事実でしょう。コイツと忍くんが仲が良いのも事実」
「う、うん……」
「それであれば、コイツをサウナに突っ込んでおけば、忍くんもついてきてくれて、私たちも一緒にサウナに入れるかもだよ」
「それいい!」
小さく手を叩いて喜んでいる。
喜ぶときのリアクション自体は、清楚なお嬢様らしい上品さが見える。
ただ、一緒にサウナに入りたいなら直接忍くんを誘えばいいのに。お嬢様って直接誘えない人種なのかな……?
そもそも、僕なんかの話を絞り出さなくても、直接忍くんに話を聞いたらいいのに?
それを今発言したら、とことん罵られそうだな……。正論とは、時に凶器になってしまうから……。
「それじゃあ、滉斗! 私たちは放課後になったらサウナに行くから。お前も絶対に来いよ!」
「う、うす……」
「わかってるだろうが、お前ひとりで来ても意味ないからな。忍くんを絶対に誘ってくるんだぞ!」
「うす……」
自分で誘ったらいいじゃない……とは言えないんだよな……。
僕の返事に満足したのか、女子たちは嬉しそうにトイレを後にした。
◇
クラスの女子達に圧力かけられたし、忍くんを誘うしかないな……。
僕が忍くんのところまで行くと、クラスの女子からの目線が痛かった。僕を見えない糸で操ってくるような視線。女子って、やっぱり怖いよ……。
忍くんは、席の前で直立不動で話しかけてこない僕のことを、不思議そうに眺めていた。
「どうしたの?」
「あ、あのさ、今日なんだけど……、暇かな……?」
「んー? 暇だよ? もしかして、ボクをデートに誘ってくれるのかな?」
「デ、デート!?」
「あはは。冗談だよ。仲良い男子同士だったら、こういう冗談も言うでしょ? そういうのも言い合えると、ボクは嬉しいかなって……」
……はい。今日も忍くんは、極上に可愛いです。
……昨日まで意識してなかったっていうのに。
「そ、そうだよね……。僕も気軽に冗談言っちゃおうかなー?……あのさ、暇だったら今日もサウナ行かない?」
「いいよ!」
忍くんは二つ返事で受け入れてくれた。楽しそうに微笑んでいる。昨日も言っていたけどサウナが気に入ってくれたらしい。
「誘ってくれてありがとう! 今日もキミの本音聞いちゃうからね。」
僕を操っていた鋭い視線たちが緩まり、柔らかな絹のようになって僕を包み込んでくれた気がする。まるで、お風呂上がりに差し出された、ふんわりしたバスタオルのような視線。生まれたての赤ちゃんでも拭いているような、そんな母性まで感じられる。
「それじゃあ、スパに集合な!」
忍くんは、鼻歌交じりに帰り支度をし始めた。
僕はというと、後ろから腕を引っ張られた。そのまま、ずずずと引っ張られて、教室の隅へと連れていかれた。
「今のやり取り、誘えたってことで良いんだよな? あんまり聞こえなかったけど!」
「せ、成功しました……」
僕がオッケーと指で丸を作ると、茜さん達女子集団は僕の指ごとギュッと両手で握ってきた。
「すごい!! ありがとう!!」
「本当に誘えたのね! はぁぁぁぁ、どうしよう!!」
僕を取り囲む女子は、次々と僕の手を握ってきたり、よくやったと背中を叩いてきたりした。
ちょっと、痛いんだけど……。
……うーん。
……やっぱり、女子はよくわからない。
とりあえず、今日のサウナでの仕事は忙しくなりそうだ。この女子たちがやってくるってことだもんね。どうにかもてなさないとだからなぁ。
支度を終えて教室を出ようとする忍くんが、ドアのところから声をかけてきた。
「滉斗、先行ってるよー」
「わ、わかったー!」
女子たちも、忍くんの方を向いて、キラキラと恋する乙女の瞳を向けていた。忍くんが見えなくなると、こちらへと顔を向き直した。
「いくよっ!!」
「う、うん……」
◇
脱衣所の入口。暖簾をくぐる前からスパは大賑わいであった。
僕は行っちゃいけないだろここ……。
けど仕事は仕事だからな……。
浴乃さんも来ているみたいだった。僕に気付くと話しかけてくれた。
「なんでこんなに人がいるんだろうね? 何か知ってる?」
「今日は、クラスのみんなで交流しようっていう企画中らしいよ……。たぶん……」
「へぇー、そうなんだね。それじゃあ、みんなに熱波浴びさせちゃってね! お仕事頑張って!」
「うん!」
……よし、やるか。




