幕間その6 上戸九、子供の頃を振り返る 前編
「はい、これ師匠から預かった映像ね。DVDに全部収まってるから」
「ありがとう、もも」
俺はファミレスでももと待ち合わせをしてDVDを受け取った。部活動発表会で流す梅歌師匠の高座映像だ。
学生にもわかりやすい短めのネタをいくつかピックアップしてもらった。どれを流すかはこちらで判断していいとの事。
「お、死神だ。最近は漫画とかの影響で知名度高いからいいかもな。でも時間がそんなに取れないからなぁ。あとは寿限無……梅歌師匠の寿限無は独演会じゃ逆に聞けないからなぁ。あとは……」
ももから借りたDVDの演目を確認していく。
部活動発表会では最初10分落語解説、10分落語を流して、最後5分コーニャが落語の魅力を語る予定だ。なのであまり長い落語は流せない。
「10分で流すとなると寿限無かなぁ」
「あ、大丈夫だよ。師匠が全部10分でやってくれてるから」
「え? これ新規に撮影したの?」
「そう。最初は過去の映像をチョイスして渡すつもりだったみたいだけど、時間に限りがあるって聞いたらわざわざ10分バージョンでやってくれたの。昨日撮りたてホヤホヤだよ」
「それは……ありがたすぎるな」
映像を貸してくれるだけでありがたいのに、わざわざその為に新規で落語を録画してくれたとは。しかも映像の尺に合わせて全部10分バージョンで。
寿限無なんかは元々短いネタだけれど、死神はフルでやったら30分になるようなネタだ。
その10分バージョンはどんな感じなんだろう。帰って映像をチェックするのが楽しみだ。
「ホントありがとう。梅歌師匠には今度菓子折りとか持って行くからさ」
「いいって、いいって。師匠もノリノリでやってたからさ。少しでも落語の布教になるならってね。1人でもファンが落語会に来てくれたらめっけもんだよ」
「そうだな、その為の部活動発表会……落語研究会だからな」
そしてそれはコーニャの悲願でもある。
「まぁ師匠の落語を聞いてもらうのももちろんいいけどさ……九くんがやれたら良くない?」
「俺が……落語を?」
「覚えている……でしょ?」
「まぁ……」
俺と子供の頃の付き合いのももだから知っている。俺の昔も、今も変わらないその特性も。
「そのDVDだってすぐ覚えちゃうでしょ? だったら……」
「いいんだよ。俺には向いてないよ。どんなに覚える事ができたって。落語はももみたいに本当に好きなやつがやるべきだ」
「そうだけどさ……。九くんは落語は好きじゃないの?」
「そりゃ嫌いじゃない……好きは好きだけど……」
○○○
そう、俺は子供の頃から記憶力がいい。それも人並外れてだ。
サヴァン症候群。ある特定の記憶力が異常に発達する症状。俺もそれに近いものがあるらしい。
子供の頃から俺は物覚えが良かった。一度聞いたもの、見たものを全て覚えた。読んでもらった絵本も、聞いた歌も一回で覚えたのだ。
最初の内は褒められもしたがあまりにも記憶力がいいので検査をするとサヴァン症候群の兆候があると出た。別に病気という訳でもない。上手く付き合っていけばいいだけだ。
覚えられるのはいい事だけじゃない。嫌な思い出も鮮明に脳に焼き付いている。だから小さい時は嫌だ事をすぐ思い出して夜によく泣いたもんだ。
『じゅげむ、じゅげむ、ごこうのすりきれ……』
「お、九。寿限無を一回で覚えたのか」
家が寄席だった俺はたまに楽屋に顔を出しては師匠達に可愛がられた。聞こえてくる落語も一度で覚えてしまう。覚えた寿限無を楽屋で呟いていたら梅歌師匠に面白がられた。
「どうだ、俺の会でやってみるか? ももと一緒だぞ」
「ももちゃんと? うーん、いいけど……」
ある日梅歌師匠の落語会で一席やってみないかと声をかけられた。
まだ小学生に上がったばかりの俺とももを前座の代わりに上げて一席ずつやってもらいたいらしい。ももはこの頃から落語家になりたかったみたいだけども。
梅歌師匠の事は好きだったし断る理由はないので出る事にした。
『おっはよー、寿限無寿限無五劫のすりきれ、
海砂利水魚の、水行末雲来末風来末……』
「おお、凄い達者だなー」
「よく覚えてるねぇ」
落語会は地域の区民会館で、お客さんは30人位。寿限無の言い立てをスラスラ言える俺に感心する大人達。完璧に覚えているから間違い様もない。よくできたと大きな拍手もくる。
「九くんすごーい。全然間違えないねー」
「ありがと。ももちゃんも頑張ってね」
「うん! 行ってくるねー」
俺と入れ替わりにももが高座に上がる。女の子が上がったという事で客席はより盛り上がる。
『うわー、饅頭だー、怖いよー。えーと、なんだっけ、そう! 栗まんじゅうじゃねぇかー。あれ、最初は普通の饅頭だっけ? とにかく怖いよー』
「ハハハッ」
ももの落語はところどころセリフを間違えている。それでも楽しそうに続けるももの落語に大人達から笑い声がおきる。
セリフを間違えているから笑うんじゃない。ももが楽しそうにやっているから、愛嬌があるから聞いている方も楽しくなる。
「フフッ」
気付くと俺も笑っていた。それまで寄席の楽屋で聞こえてくる落語には心は動かされなかった。
俺が最初に声に出して笑った落語は名人達の巧みな落語ではなく、拙い幼馴染の落語だったのだ。
本人には言わないけどな。




