第40話 春家もも、ネタおろしをする
『こんにちはー、春家ももです』
「待ってましたー!」
「ももちゃん可愛いー」
ももが高座に上がると客席から声がかかる。ビール片手のおじさんだったり、カクテルを持った女性だったり。この店、そしてももの勉強会の常連さんなんだろう。
俺はこれまで殆ど行った事はないが居酒屋での落語会はドリンクを飲みながら聞く事が多いらしい。流石に落語の最中にオーダーを取ったりする事はないみたいだが。
『今日は落語の前に1つ宣伝があるんですが、皆さん開演前に配ったチラシを見てくれましたか?』
ももがそう言うと客席の何人かが開演前に配られたチラシに目を落とす。今日配られたのはこのお店の割引クーポンが付いた宣伝チラシと、俺達が配ってもらったVtuber宣伝チラシだけだ。
『落語の面白さを語る系のVtuberですって。私もまだ見た事はないんですが、私の知り合いの方が関わっているんです。良かったら皆さんも見てください。あ、YouTubeの見方はわかりますか? わからない方はYouTubeで調べてみて……ってそれがわからないのか』
「ハハハッ」
ももがシャレを交えながらVtuberの宣伝をしてくれた。しかもここにいる俺達が関わっている事を隠しながらの上手い言い回しだ。ただチラシを配るだけじゃなくて、これならより興味を持ってくれるかもしれない。
『えー、それでは一席のお付き合いをお願いますが……』
ももが最初にかけたネタは『寿限無』そして二席目にはこの間の前座勉強会でかけた『皿屋敷』をやっていた。
特に『皿屋敷』は先日の前座勉強会の時よりも大分完成度が増していて、どのお客さん、もちろん俺もコーニャも大いに笑っていた。
『明日の晩は休むんだよ……。皿屋敷という一席でございました。ここで10分の休憩を挟んで最後にもう一席お付き合いください』
二席終わったところで高座から降りて控え室へ戻るもも。客席では他のお客さん達が感想を言い合っている。
「ももの落語、また良くなってたなー」
「はい……。前に見た時よりもずっと面白かったです」
コーニャは少しずつだが自然と笑う様になり、落語の話も普通のテンションでできる様になってきた。
最初の頃は普段は無口、でも落語の話となるとハイテンションだったのだが。これも落語研究会を作ったりVtuberを始めた成果だろうか。
感慨深くもあり、俺だけが知っているグイグイくるコーニャも懐かしくもあり……いや、いい傾向だ。
「後半の部を始めまーす。よろしくお願いしまーす!」
それから出囃子がかかりももが高座に上がる。先程とは着物を変えた様だ。先程は淡い色合いだった着物が少し落ち着いたものになっている。
『えー、これからかけるネタは今日初めてのネタ、いわゆるネタおろしになります。拙い点もあると思いますがご容赦くださいませ』
ももが開口一番そう断る。今日が初演のネタだ。一体何をかけるんだろう。他のお客さんは気付かないかもしれないが、ももの顔が緊張で少し強張っている様に見える。
『傾城に、真の恋は恋ならず。金持ってこいがほんの恋なりなんて事を申しまして……』
「これは……」
「……」
思わずコーニャと目を合わせてしまった。ももが語り始めたネタは『紺屋高尾』だ。父であり師匠である梅歌師匠の十八番。
紺屋の職人が吉原の高尾大夫という花魁に一目惚れして、その花魁に会う為に懸命に努力し想いを通すという落語。
真打がトリでかけるネタで二ツ目はまだしも、前座は絶対にかける事が許されないネタだ。
もちろん今日みたいな小さな個人の勉強会だからいいのだろうけれど……。
『あっしはその高尾大夫に一目で惚れちまってね、所帯を持たせてもらおうと思うんですよー』
『お前自分で何言ってるかわかってるのかい? お前と花魁じゃ住む世界が違うんだよ』
『え、じゃああっしはそんな凄い人と一緒になれんすか? やったー』
『だからそういう話じゃないんだよ。あのな……』
ももの落語の軽快なテンポに客席からクスクスと笑い声がおきる。ここまでは流石だ。問題は……。
『花魁……あっしは嘘をついていたんですよ。でもこれからまた死んだ気になって働きますから……今度は紺屋の職人と承知で会ってもらえませんか……?』
『主……その話……本当……?』
落語の後半、野田の醤油問屋の若旦那と偽り花魁と会った九蔵が真実を話した場面。
吉原の情景、九蔵の胸を打つ告白、花魁の心の移り変わりなど。どうしても師匠である梅歌師匠のかけた『紺屋高尾』と比較してしまう。
落語はテクニックやパワーだけでなく人生経験が物を言う、特にこういった人情噺から滲み出る感情的なセリフは経験がないとできない……そうだ。梅歌師匠からの受け売りだ。
確かに結婚し、子を産んで、人としても人生を重ねた梅歌師匠とまだ10代のももでは経験に圧倒的な差がある。ももと同じ歳の俺が偉そうに批評する事ではないが。
「……」
チラッと隣を見るとももは固唾を飲んで見守っている。特に好きなネタだから梅歌師匠との違いなど観察しているかもしれない。
『傾城に真なきとは誰が言うた。紺屋高尾という一席でございました』
それでも熱演には違いない。ももが最後の一言を言ってお辞儀をすると俺達を含めた客席全員が拍手をしてその熱演を讃えた。
梅歌師匠に敵わないのは当たり前。それでもここまでやり切った幼馴染を後で労ってやりたい。




