第38話 コーニャお嬢様、はじめての配信を終える
Vtuberのナイン亭ネーニャとして配信しているコーニャと、その配信を嗅ぎ付けて視聴しコメントしている生徒会長のやり取りは暫く続いた。
『落語はどこで聞けますの?』
「はい、えっと、毎日落語をやっている寄席という所で聞けるんです。実は私も先日初めて行ったばかりで」
『落語のどんな所が好きなんですの?』
「なんて言うか……1人で語っているだけなのにそこに2人も3人もいる様に感じて、それだけじゃなく世界が創造されるような……。頭の中に江戸の世界が広がっていく様な……そんな所に魅了されています」
『なるほど……。勉強になりますわ』
コーニャは落ち着いて言葉を選んで話している。いつものこんな感じで話せたらもっとコーニャの言葉に耳を傾けてくれる人も増えるだろう。
インターネットを介する事によって人との距離感を学べている。
スマホの画面ではナイン亭ネーニャのアバターがニコニコと表情を作りコーニャの言葉を発している。
コロコロと変わるその表情は、普段のコーニャの秘めた情熱を可視化したような……。
「えっと、それでですね」
『はじめまして。初見です』
コーニャが話しているとこれまで4人だった視聴者数が5人に増えた。俺、ねねちゃん、セバスさん、生徒会長、そして新規の誰か。
コーニャが配信していると知って検索した生徒会長と違って、何かしらのキーワードで検索してこの配信に行きついた完全ご新規だろう。
『Vtuberで検索したら出てきました。アバター可愛いですね』
「あ、ありがとうございます……」
『落語ですか? 落語は全く知らないのですが興味はあるので配信聞かせていただきます」
どこのどなたか知らないけれど大変丁寧なコメントだ。全く知らない人向けにコーニャが説明しやすいようにコメントで助け舟を出してやる。
『1番有名な落語ってなんですか?』
これなら無難な質問だし、初心者の人も食いつきやすいだろう。コーニャはどう答えるか。
「は、はい。寿限無でしょうか。教科書に載っていたり絵本になったり。最近では子供向きのテレビ番組でも使われる様になりました」
『あ、それなら知っています。あれ落語だったんですね』
俺が出した質問への答えにご新規さんが食い付いた。狙い通りだ。あとはこのまま話が弾んでくれたら……。
「そうなんですよー。あとはまんじゅう怖いも有名ですね」
『あー、饅頭が好きなのにワザと怖がるやつですか? あれ落語だったんですね。子供の頃に絵本で読みました』
「はい、わかりやすい落語は昔話の様に絵本などで扱われる事があります」
『勉強になります』
見ず知らずの人との当たり障りのないやり取りだが、初めての配信としては丁度いい。優しいコメントのお陰でコーニャも落ち着いて話せている。
誰がいるかわからないネット上には攻撃的な人もいるが、実質初めての視聴者が優しい人で良かった。
俺、ねねちゃん、セバスさん、そしてここにいない生徒会長もそのやり取りを見守っている。
『すいません、用事があるので離脱します。チャンネル登録しますね』
「あ、ありがとうございます」
そう言ってご新規さんが離脱して視聴者数が1人減り、代わりに登録者数が1人増えた。現在は俺、ねねちゃん、セバスさん、生徒会長、そしてご新規さんの5人の登録者数。テスト配信としては上出来だ。
「コーニャ、そろそろ」
俺が小声で指示をするとコーニャは簡単に挨拶をして配信を締め括った。
「お疲れ様、コーニャ。どうだった?」
「は、はい緊張しましたが楽しかったです……。ここにいる3人の他に、2人も知らない方が見てくれて……」
「あー、2人……な」
「……?」
やはりコーニャは1人は生徒会長だった事に気付いてなかったようだ。向こうもお忍びで見ていたんだろうし黙っていよう。もう1人は確かに知らない人だったし。
「配信はあんな感じで良かったでしょうか……?」
「ああ、落ち着いて話せていたじゃないか」
「ええ、目の前に人がいないけど、でも聞いてくれている不思議な感覚で……。何人かと電話をしているような……。だからいつもみたいに頭の中が一杯にならなかったのかも……」
「説明もめっちゃわかりやすかったッス!」
「お嬢様……ご立派でした……」
感心するねねちゃんと、感心しすぎて涙を流すセバスさん。もちろん俺も感心している。
この配信を通して落ち着いた話し方を練習すれば、普段を落語の話をする時にグイグイせず落ち着いて話せるかもしれない。
そしてそれが落語研究会の今後にも活きてくるはずだ。
コーニャが無口で高嶺の花なお嬢様でなく、好きな事になるとグイグイきて相手を圧倒してしまうでもない。
好きな事を落ち着いて楽しそうに話せる取っ付きやすさがあればずっと親しみやすくなるだろう。
すぐに部員も増えてコーニャも……。部員が増えてコーニャが誰とでも普通に話せる様になったら俺は、俺のサポートはもう必要なくなる……か。
「上戸くん……?」
「いや、なんでもない。とにかくお疲れ様、コーニャ」
少し遠い目をしていた俺に気付いたコーニャ。俺のちょっとした不安より今はコーニャを労う事だけを考えよう。




