第29話 コーニャお嬢様、男子の部屋に入る
俺の家は寄席である上野喜雀亭にある。正確には1階、2階が寄席であり、3階が居住スペースになっている。
表から出入りするには寄席を通る必要はなく、寄席の裏階段から3階まで直通で行ける。
居住スペースは3LDK。リビング、ダイニング、キッチン、俺の部屋、両親の部屋、そして書庫。
寄席は365日ほとんどやっていて定休日がない。両親は週の6日は寄席の受付や雑務をして1日は休み。もちろん正月など忙しい時は毎日顔を出すし、両親が休みの日には他の従業員で回している。
俺は学生の内は学校を優先しろと言われている。継ぐかどうかは何も考えていない。たまに簡単な掃除を手伝っている位だ。
まぁ、とにかく今この我が家に両親はいないのだ。
「ウーロン茶くらいしかないけど」
「ありがとうございます……」
俺の部屋にちょこんと座るコーニャに飲み物を出す。そう、俺の部屋にコーニャがいるのだ。
コーニャが2人で話せるところへ行きたいというので流れで誘ってしまった。
やましい気持ちはない。あるわけがない。仲良くなったとはいえ色々な意味で指一本触れてはならないと思っている。
「お父様とお母様は……?」
「ああ、2人とも下の寄席だよ。たまに休憩で上がってくるかもだけど、まだ始まったばかりだし2時間は来ないかなー」
「そうですか……」
より変な空気になってしまったかもしれない。そのまま言ったつもりだったが、よりによって2時間は帰ってこないって意味深だったか。
またコーニャは基本無口で大人しいからこの反応が引いてるのかなんなのかも判別つかない。俺だけが内心キョドってしまっている。
「……」
「ん、コーニャどこ見て……あ!」
コーニャが部屋のある一点を眺めていたのでそちらを向くと、最近の俺の推しキャラである魔法少女アルミティちゃんの特大ポスターが貼ってあった。
「あ、こ、これはさー、好きなアニメのキャラでさー」
「アニメ……お好きなんですね」
「ああ、うん。特にこういう金髪ロングのキャラがどストライクで……」
聞かれてもないのに俺の癖を暴露してしまった。そう、アルミティちゃんは俺の好きな無口で清楚な金髪ロングキャラ。そう、まるでコーニャの様な……。
「はぁ……」
良かった。コーニャは特に気付いてなかった。
俺はコーニャと会うずっと前から金髪ロングのキャラを推していた。好きなキャラはみんな金髪ロング。高校に入って密かに推していたコーニャも金髪ロング。
ただ変な目で見ていると勘違いされたら嫌だから話が流れで良かった。変な目で……見てないよな。
「そ、それでコーニャ。俺に話って……」
「!……それです……」
そう言うとコーニャはスッと近づいて来た。心なしか瞳が潤んで頬が赤らんでいる気がする。
俺は更に心臓が高まりゴクリと生唾を飲む。
「な、なんだ、コーニャ?」
「あの……今日の前座応援会、めちゃくちゃ楽しかったですー!」
「は……?」
一瞬告白でもされるかと思ったら、コーニャは手をブンブン振りながらそんな事を言った。
「もー、最初から最後まで楽しくてー。まずはまめ太くん。見た目もコロコロしてるんだけど、お饅頭食べている姿が本当に美味しそうで、可愛くて。あ、男性に可愛いなんて言ったら失礼なんですが、それがおかしみになっていて。それから、それからそよ風さんもー」
コーニャは矢継ぎ早に感想を語り出した。落語研究会を作ってからも落語の話はしたがここまで熱の籠ったのは久しぶりだ。
「コーニャ、お前がしたかった話って……それ?」
「は、はい……。あ、ごめんなさい。どうしても語りたくて……。立ち話だと少ししか話せないですし……。お誘いいただいてありがたかったんですが……ご迷惑……でしたか……?」
「いや、そんな事ない。そのための落語研究会だよ」
勝手に勘違いしていたのは俺だけだ。コーニャはとにかく好きな落語の話をしたいだけなんだ。
その為に落語研究会を作って、今日は久しぶりに生の落語を楽しんだ。そしたらたっぷり語りたいに決まってるじゃないか。
「それで、そよ風は?」
「はい、そよ風さんはですねー、凄く姿勢が綺麗でしてー、口調も丁寧で耳心地が良かったんです。それにそれに、言った通りテンポが良くてまるでメトロノームで測ってるかの様な、音楽を聴いているみたいな、そんな落語でしたー」
普段は無口で大人しいのに大好きな落語の事になると矢継ぎ早に話すコーニャ。
もしかしたら人が話す言葉の量は決まっていて、コーニャが普段無口なのは、落語の話をするために自然とその言葉を取っておいてあるのかもしれない。
多分誰を相手にもできる話じゃない。人によってはグイグイ来られて引いちゃう人もいるかもしれない。
でも俺はコーニャのこんな楽しそうな姿を見る事ができて嬉しい。だから俺だけはどこまでも聴いてあげようと思っている。
「それでももちゃんはー」
「あ、ももは本当に凄かったよな」
「そうなんですー、アレで初演なんて信じられなくて。ももちゃんのアイドルな感じが本当にハマっていて……」
それからコロコロと表情を変えグイグイと語るコーニャの話を暫く聞いていた。
最初に勘違いしていたドキドキはどこかへ行き、俺としてもただ楽しい時間が過ぎて行った。




