第27話 前座勉強会その3、もも『皿屋敷』
前座勉強会もついに最後の1人。俺の幼馴染でもある春家ももの番だ。
正直先ほどのそよ風の高座がかなり良かったのでハードルが上がっている。
事前に送られたネタは『だくだく』『皿屋敷』『たいこ腹』だった。正直このチョイスは驚いた。何故なら本来は前座が寄席でできないネタだからだ。
前座というのは寄席の最初に上がるし、技術も拙いので軽いネタ、簡単なネタしかやれない筈だ。
例えば『寿限無』とか『まんじゅう怖い』とか、こういうのを総じて前座噺というらしい。
俺は芸人ではないからどこまでが前座噺かは知らないが、一応寄席の席亭の息子として落語を聞いてきて前座がいきなり『だくだく』とか『皿屋敷』とかやってるのは聞いた事がない。やるとしても前座の上の位である二ツ目やその上の真打からだ。
ももは近い内に二ツ目に昇進が決まっているからそれを見据えてこういったネタを覚えているのだろうか。
『今日の前座勉強会は私もずっと楽しみにしてて、後輩たちが大変上手いもんだからプレッシャー感じてます。もっと下手な子を誘えば良かった……なんて嘘だよー』
ももが楽屋の方を向き声をかける。先生やねねちゃんがクスクス笑っている。ももはホワイトボードが掲げられるまで心地いい漫談で空気を掴んでいる。
何にするか迷っていたのか少し時間がかかったがコーニャがホワイトボードにネタを書きそれを掲げた。
そこに書いてあったネタは『皿屋敷』だった。
『私って周りからは陽キャって言われるんですけどそう見えますー? えっと先生でしたっけ、どう見えます?』
「え……いや、どう見ても陽キャっしょ」
あれ? ホワイトボード見てるか? もものトークが止まらない。普通に客席の先生に質問まで始めた。普通の寄席で前座がこんな事をしたら怒られるだろうが今日はそんな目くじら立てる人はいない。でも肝心な落語はどうした……?
『私インキャですよ、インキャ。メールもするし、ラインとかするし。ネットで何でも調べちゃう。イーターネットキャラ、略してインキャです。それに洋服じゃなくて和服を着てるからヨウキャじゃありません……意味わからない方は置いていきますよー』
くだらないダジャレでも明るく言えば自然と笑えてくる。しかも最後の言葉がダメ押しになり自然と4人とも笑っていた。
『まぁ陰キャ、陽キャっていうのは最近の言葉ですけども。昔は陰陽なんて事を言いまして……』
なんと考えなしに話しているのかと思ったら自然と落語に繋がっていった。というかいつの間にホワイトボードでネタを確認したんだ。
先ほどのそよ風ですら一瞬間があったのに、ももはずっと喋りながら自然と繋げていった。前の二人とは更なる年季の差を感じる。
『え、じゃあ隠居さんなんですか? お菊さんの幽霊が今でも毎晩やってるんですか? 面白い。よーし、みんなで見に行こう!』
この『皿屋敷』という落語は昔からある怪談の『番町皿屋敷』を絡めた話だ。
江戸っ子達が井戸から夜な夜な出てくるお菊さんの幽霊を興味本位で見学に行くという導入になる。
『古井戸の方をぼんやりと眺めておりますと、やがて古井戸から青い引火がポッポッポッと出てまいりまして、それからお菊さんの幽霊がスーッ』
ドロドロドロドロ
「うわっ、ビックリしたッス!」
「っ……」
幽霊が出てくるのに合わせて演出効果の太鼓が鳴るとねねちゃんは驚いて声を出し、コーニャも無言でピクッとしていた。
落語の中では盛り上げる為の演出として太鼓を鳴らす事もある。特に幽霊が出てくる場面でさドロドロと太鼓を叩いて雰囲気を出す。いま叩いているのはそよ風かな。
『うわっ、お菊さん本当に出たよー!』
『1まーい、2まーい』
『うわ〜怖い、怖いよ〜、怖いけど……美人だねー、春家ももよりも美人だよ』
お菊さんがお皿を数えて江戸っ子が怖がる場面。怖がりつつもお菊さんを美人と言うところで自分を引き合いに出している。もちろんもものアレンジだ。
この落語は演者独自のアレンジを加えやすいネタだけれども、ももはどう演出するのだろうか。
『いやー、お菊さん美人だったよ。また見たい。よし、またみんなで見に行こう!』
ここからお菊さんの美しさが評判になりどんどん見物客が増えていく。だんだんお祭り騒ぎになりお菊さんも変わっていくというのがこの落語の流れだ。
『はーい、どうも〜お菊ちゃんでーす。今日は私のライブへ来てくれてどうもありがとうー! アリーナ席ー、聞こえるー?』
なんとももはお菊さんを今のアイドルの様にノリノリで演じている。現役アイドルでもおかしくない年齢だし、もちろん本物のアイドルには負けても落語界ではアイドルな存在のももだけにキャラがハマっている。
『足りない、足りない、何かが足りない〜♪ お金? 頭? ううん、お皿が足りない〜♪ お菊、涙が出ちゃう。幽霊だもん』
「フフッ、ウケる!」
「ハハハッ、可愛いッス!」
「ももちゃん……可愛い……」
ももの作詞であろう謎のオリジナルソングまで歌っている。こんな『皿屋敷』聞いた事ないぞ。
普段前座として師匠の前でかけている落語とは違う、ももの本当の個性が見える華やかな落語だ。
「ハハッ、こりゃスゲェや」
俺も思わず声に出して感嘆した。コーニャを寄席に慣れさせるための企画ではあったが、ももはそこにチャレンジングな落語をぶつけてきた。
「フフッ……」
横ではコーニャがずっと笑っている。念願の寄席で、こんな落語を聞かせてくれてももには感謝しかない。
『わからないかねー、明日の晩は休むんだよ』
ももが『皿屋敷』のオチのセリフを言ってお辞儀をする。頭を下げる前にももはやり切ったような満面の笑みをしていた。
見ていた俺たち4人は自然と大きな、心からの拍手をももへ送った。




