第26話 前座勉強会その2、そよ風『たらちね』
『えー、扇家そよ風と申します。本日は一席のお付き合いの程を願いますが』
今日の前座勉強会における2番手のそよ風が高座に上がる。本来の寄席では前座は開口一番で1人しか上がる事ができない。前座の高座を続けて聞くのは貴重な機会だ。
ももからのメールで聞いていたそよ風の3つの持ちネタは『新聞記事』『金明竹』『たらちね』だった。示し合わせたかはわからないが先程のまめ太のネタより少しだけ難易度の高いネタだ。
「……」
そしてコーニャの掲げたホワイトボードには『たらちね』と書かれていた。それを自然な流れでチラリと見たそよ風。
『えー、よく縁は異なもの味なものなんて事を申しまして』
「おお!」
思わず声を出してしまった。先程のまめ太はリクエストを見て一瞬セリフが詰まっていた。
それをそよ風はチラリとホワイトボードを見ただけで詰まる事なく自然とネタに入った。そこはまめ太との経験の差だろうか。
『実はその娘さんというのはな……言葉が丁寧なんだよ』
『は? ぞんざいじゃなくて?』
『いや、言葉が丁寧過ぎるんだなぁ』
この『たらちね』という落語は結婚しておカミさんが欲しい八五郎が、隠居さんの紹介で言葉が丁寧すぎる女性と結婚するという話だ。
容姿が端正なだけでなく姿勢も綺麗で見ていて清々しい。女性ファンとか多そうだ。
チラと横を見ると先生は相変わらず見守る様な目で見ている。
ねねちゃんは……寝てる。まぁ元々現代を舞台にした新作落語や漫才が好きな子だから端正な古典落語は退屈に思うのかもしれない。あ、先生に起こされた。
コーニャは……先程よりもリラックスして見ている様だ。何故か膝を小さく叩きリズムを取っている様に見えるがなんだろうか。
『自らことの姓名は、父はもと京都のさんにして姓は安藤、名はけいぞう、字名をごこう、母はちよじょと申せしが、我が母、三十三歳のおり、ある夜たんちょうを夢見てわらわをはらみしがゆえ、たらちねの胎内をいでしときはつるじょ、つるじょと申せしが、それは幼名。成長ののち、これを改め、ちよじょと申しはべるなり~』
結婚のために八五郎の所へやってきたお嫁さんが自己紹介する場面。言葉が丁寧すぎるのでやたら長くなった自己紹介をスラスラと言い立てる、『たらちね』の見せ場だ。
パチパチパチ
流石意外と落語を聞き慣れている小須先生はここで拍手をする。落語家が上がって来た時、降りる時に拍手をするが、こうして落語の最中に見事な言い立てを決めた時や上手い事を言った時に拍手が起きる事もある。
俺も続いて拍手をし、続いてコーニャやねねちゃんも習う様に拍手をした。
『長かったねどうも〜、それがお前さんの名前ですかぃ?』
拍手を受けてもペースを崩さず続けるそよ風。堂々としている……って高校生の俺がそんな感想持つのもなんだけれども。
『飯を食うのが恐惶謹言? なら酒を飲むのはよってくだんのごとしだ』
そよ風が『たらちね』のオチの台詞を言ってお辞儀をする。俺を含めた4人とも先程よりも大きな拍手になった。まさにその名の如き、そよ風の様な爽やかな落語だ。
「上戸くん……」
「ん、なんだコーニャ?」
「あの……最後のオチが……」
「ああ、ちょっと難しいよな。俺も昔わからなくて梅歌師匠に聞いた事あるんだけど、恐惶謹言っていうのと、寄って件の如しっていうのが手紙とか証文の最後に使う言葉なんだって。それと酒の酔ってがかかってるとかなんとか」
「……なるほど」
コーニャがコクコクと頷く。そう、落語のオチは昔の言い回しを使ったシャレもあり今の若者には伝わり辛いものが多い。寄席の席亭の息子で落語に馴染みのある俺でもそうだ。ねねちゃんなんかも解らず拍手をしていそうだ。
「そういえばそよ風の高座中にヒザをポンポン叩いていたけどなんだったんだ?」
「あ……そよ風さんの落語のテンポが良くて……思わず合わせてしまって……」
「なるほど」
よくテンポが良くて上手い落語を歌うようだと言うらしい。確かに一定のリズムで心地良かったから一緒にテンポを刻む気持ちもわかる。
チャンチャンチャンララチャンチャンチャン♪
次の出囃子に乗って上がって来たのは俺の幼馴染で、今回の前座勉強会の発案者である春家ももだ。
『どうも! 春家ももです。今日はご来場ありがとうございます!』
お辞儀をし、まず元気な挨拶をするもも。そよ風の落語でハードルが上がったがどんなネタを見せてくれるのだろうか。
でも俺は昔からアイツの舞台度胸、いや高座度胸を知っている。こういう時こそももらしい落語を見せてくれる筈だ。




