幕間その1 コーニャお嬢様、かく想いし
私は神宿・コーニャ・鷹桜。現在高校2年生。神宿グループ社長であるお父様とフランス人で元女優のお母様との間に生まれた1人娘。
お父様とお母様には多大なる愛情をもって育てていただいた。お陰でこれまで病気する事もなく過ごせている。
私はお友達と楽しく会話するのが苦手だ。嫌いなわけじゃない。
お話を聞いているのは苦じゃない。ただ会話のキャッチボールが上手くできない。自分の好きな事になったら一方的に話してしまう。
「それでね! それでね!」
「コーニャちゃんずっと自分の話してるー」
「つかれたー」
「え……」
幼稚園の時だ。私の好きな物語の話をお友達にずっと語っていた。私は自分の好きなお話はお友達も楽しんでいるに違いないと思った。
でも一方的にお話をしてお友達を疲れさせてしまった。あまり周りに来てくれなくなってしまった。
その時の事がトラウマで私はそれからあまり自分から話を振らなくなってしまった。無口になったのだ。
私は物語が好きだ。あまり会話をしなくなってからは特に。
絵本、漫画、小説、なんでも。頭の中で想像の世界が無限大に広がる。お話しなくても退屈をしなくなった。
「コーニャは物語が好きなんだねぇ。どうだい? 落語を聞いてみるかい?」
「らく……ご……?」
小学校に上がった頃、お祖父様の部屋で本を読んでいたらそんな事を言われた。
お祖父様が好きだったという落語。江戸時代の滑稽な物語。もちろんそれまで聞いた事がなかった。
お祖父様がCDで聴かせてくれたのが『寿限無』
今となってはどなたが演じられたかはわからない。聞く前はは難しいかと思ったけど、聞いてみるとあっという間に目の前に江戸の世界が創造されて一気に引き込まれた。
絵本でも漫画でも味合わなかった感覚。まさに想像力の世界だった。
「お祖父様、もっと、もっと……」
「そうかい、じゃあ次は『饅頭怖い』とか」
それから私は毎日の様にお祖父様に落語を聞かせてとお願いした。お祖父様も私が楽しそうにしているのを喜んでくれた。
「えっとね、この話の面白いところはね、寿限無って長いお名前が繰り返されるのがバカバカしいと思うの。だってそんなの略しちゃえばいいじゃない。それなのにみんな真面目に長い名前を繰り返し読んでて変なのー。それでねそれでね……」
「はっはっは、コーニャは落語の話になるとよく喋るのぅ」
私は落語の感想をお祖父様に語るのが日課になった。普段は大人しくなった私が長々と話すのをお祖父様は楽しそうに聞いてくれる。
同年代で落語を知ってる子はいないから話せるのはお祖父様だけだ。仮に落語を知っていてもまた私が一方的に話してしまうのが怖い。でもお祖父様は楽しそうに聞いてくれる。
「CDだけじゃなくていつか寄席に連れてってあげるね」
「うん……よせ、行きたい!」
そう約束してくれた。でもお祖父様は足腰が悪くてあまり遠出が出来なくなってしまったのでなかなか出かけられない。
お父様もお母様もお仕事は忙しいし、小学生の私1人ではとても行けない。いつか寄席に行って生の落語を聞くのが夢になっていた。
……一回だけあった。ちゃんとした寄席ではないけれど。
すぐ近所のお祭りにお祖父様がその位の距離ならとコッソリ連れて行ってくれた。
そ のステージの上で私と同じ位の歳の男の子が落語をしていた。もちろんプロじゃない。でもとても上手だった。それが唯一生で見た落語だった。
「お祖父様……お祖父様……!」
「コーニャ……寄席に行きたかったなぁ……」
「元気になって……行きましょう……!」
私が中学生になった頃にお祖父様が病気で倒れてしまった。そしてそのまま回復される事なく亡くなられた。
それでも親族や社員の皆さんに愛され、惜しまれつつ亡くなった幸せな最期だった。
私は大好きなお祖父様を亡くし、落語の話をする相手がいなくなってしまった。
それからお父様とお母様は更に忙しくなり、とても寄席に連れて行ってほしいとは言えなかった。
なのでお祖父様の遺してくださったCDや配信で落語を楽しんだ。
特に好きになったのは梅歌師匠。江戸の世界がありありと想像できる話芸、その艶っぽさに夢中になった。いわゆる推しというやつかもしれない。その娘さんでお弟子になったももちゃんも可愛く元気で好きだ。
梅歌師匠の落語会を配信で何度も何度も見た。いつか生で見てみたいと思っていたけれど、落語会にどうやって行っていいかもわからずなかなか機会に恵まれなかった。
「コーニャお嬢様、おはようございます」
「コーニャ様〜」
「……おはようございます」
普段あまり話さない私でも周りの方々は嫌う事なく接してくれた。それはありがたいと思っている。
それでもどこか距離があり仲の良いお友達というのはいなかった様に思う。
好きな落語を思い切り語りたかった。落語なんて趣味を持つ高校生なんてなかなかいないだろう。
「……あ」
そんな時だ。隣の席の男の子の椅子の下に落語会のチケットが落ちていたのは。しかも梅歌師匠の落語会だなんて!
上戸くん……。今まで挨拶位しかした事なかったけどもしかして落語が好きなの?
落語の話ができるかもしれない。私は期待を膨らませて大胆にも手紙を書いていた。
『放課後、校舎裏にて待っています』と……。




