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第10話 コーニャお嬢様、お願いをする

「いってきまーす」


 俺こと上戸九うえとひさしは自宅である寄席、上野喜雀亭(きじゃくてい)を出る。通っている高校までは歩いて25分。近くはないが歩いていけなくもない距離だ。


「おっ、九ちゃん。学校かい?」

「あ、若丸師匠、おはようございます。師匠も寄席の出番にしては早いですね?」

「今日はこれから学校寄席なんだよ。聞いてなかったかい?」

「あー、そうなんですね。お疲れ様です」


 家を出たところですれ違った若丸師匠と軽く会話をして別れる。

 落語家のホームグラウンドである寄席よせ、その支配人である席亭せきていの息子として生まれた俺は楽屋を出入りする芸人とも顔馴染みだ。

 とはいえそんなに頻繁に寄席の手伝いをしているわけではないからスケジュールを完全に把握しているわけではない。今日は昼の興行の前に学校寄席があるようだ。


 寄席は基本的にお昼からの昼席、夕方からの夜席という毎日2公演があるが午前中に近隣の小中学生を招いた学校公演、いわゆる学校寄席というものもある。

 授業の一環として子供達に落語を聴かせるという施策だ。今日はうちでその予定が入っているらしい。


 幼馴染のももは昼に学校へ通いながら夜に落語家の修行をしている。

 俺は学校へ通っているだけで寄席の手伝いは殆どせずに部活もしていない。何かしなきゃなぁと思いつつここまでズルズル来てしまった。


「おはよー」

「おはよー」


 学校が近付き登校する生徒達の数が増えてきた。それぞれ顔馴染み同士が挨拶をしている。

 校門に近付いたところで俺を待ち構えていたのは……。


「あ、コーニャ……」

「……(パンパン)」


 コーニャが俺に二礼二拍手一礼をして校舎の方へ去って行った。


「何あれ……」

「コーニャ様になにさせてるのかしら……」


 コーニャファンの女子達が俺の方を見て何やらヒソヒソ話をしている。


「何あれって、俺が聞きたいよ……」


 俺はボヤきながら校舎へ入り教室へ向かう。俺の席の隣には先に入ったコーニャが座っていた。


「……神」


 席に着くとコーニャは俺にしか聞こえない位の声で呟いた。俺が寄席の席亭の息子と知られてからはずっとこうだ。

 元々無口だったコーニャとはこれと言って会話はない。ただ一方的に崇められている。


 元はと言えば俺が推していた筈だ。それが今や俺の方が一方的に推されるどころか通り越して神と崇められている。

 せっかく普通に話せる様になったのにどこか寂しい気持ちになる。せめて落語会へ行く前後位に戻りたい。

 俺はコーニャと普通に話せるキッカケとなった放課後の校舎裏へこちらから呼び出した。


「来てくれたか」

「あ、あの……神……」

「いや、そのなんて言うか呼び出したのは……」

「は、はい……」

「その……神って言うのやめてくれないかな?」

「え……」


 コーニャはまたキョトンとしている。そんなに不思議な事を言っただろうか。


「そもそも何で俺が神なのさ?」

「そ……それは……ずっと寄席っていうところは憧れでして。私の尊敬する落語家さん達のホーム。それを……経営する人はまさに神の様な存在と……ずっと思ってまして……」

「んー、そんなに偉いもんかなぁ。名人が神とかならともかく。それに俺は寄席の席亭の息子ってだけで何もしていないし……」

「ご迷惑……でしょうか……?」


 コーニャは悲しそうな瞳でこちらを見つめてくる。迷惑というかこそばゆいだけだ。それに……。


「いや、もっと普通に接してほしいだけなんだよ。ひょんなキッカケで今までマトモに話せなかったコーニャと話せて嬉しかったし。この間みたいに普通に落語語りをして欲しいっていうか……」

「は……今……なんと……?」


 コーニャが今度はその瞳をパチクリさせている。俺の気持ちを正直に伝えただけだ。俺はコーニャと普通に話せただけで楽しかったんだ。

 落語という共通項で繋がった俺たち。普段は無口で清楚なコーニャと何を話したらいいかわからないけれど落語の話なら楽しくできる。聞いてあげられる。


「だから……普通に落語の話をしてほしいというか……」

「い……いいんですかー? 落語の話をして!」

「って……いきなり近い近い!」


 コーニャが嬉しそうにまたグイグイ来た。感情が極端すぎる。


「いや、普通に落語の話をしていいから」

「あ、ありがとうございますー。私も落語のお話をできるお友達ができて嬉しかったんですけど、寄席の席亭の息子様、つまり神にも等しき人に恐れ多いなんて思ってしまって。でもでも、まだまだ落語のお話したいですし、なんなら寄席の事も教えてほしいですし、それからそれから……」

「わかった、わかったから落ち着けって」

「あ……はい……すいません」


 たしなめられてスッと落ち着くコーニャ。俺は改めてコホンと咳払いする。


「だからさ、寄席の関係者ってだけで神でもなんでもないんだから、これからも気軽に落語の話をしてくれよ。俺に教えられる事ならなんでも話してあげるからさ」

「あ……ありがとうございます。ありがとうございます」


 そういって何度もペコペコお辞儀をするコーニャ。

 それまで会話の無かった無口で清楚なコーニャお嬢様と不意に落語の話ができる事になった。

 家の事が知れたら神と崇められて話しづらくなったけど、これでまた普通に話せる様になったな。


「あ……そしたら1つお願いがありまして……」


 コーニャは今度はモジモジして話した。ここまできたら出来るお願いは叶えてやりたい。


「ん? なんだお願いって?」

「オチケンを……作りたいな……と」

「オチ……ケン……?」

「えっと……落語研究会、通称オチケンというものがあると知りました。落語をやったり語り合ったりする部活。落語をする事はできませんが……語れる部活を作りたいな……と。一緒にやってくれませんか?」

「お……おう……」


 俺の推しだった、今は友達となったコーニャの願いなら叶えてやりたいとは思った。

 これまで部活をする事のなかった俺だが、まさか部活を作る事に関わる事になるかもしれない。

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