第9話 コーニャお嬢様、神を崇める
「……上戸くん……ここは……」
「えと、俺の家です……」
落語会の帰り、コーニャが俺を家まで送ると言ってきた。
俺はコーニャ、セバスさんと共に帰路へ。帰った先は落語家のホームグラウンドである寄席、上野喜雀亭。落語好きのコーニャからしたら聖地だ。
「あ……あの……ここは……よ、寄席?」
「そう、1年間365日、毎日落語が聞けるのが寄席。俺の両親はここの経営者。俗に言う席亭をやっているんだ」
「……」
コーニャは小さな口をポカンとして初めて見る寄席を眺めている。
都心に突如現れる江戸の風情を残した建物。毎日芸人が出入りし、昼から夜まで興行が続く。そんな寄席の席亭の息子として生まれ寄席の空気を吸いながら育った。
とはいえ芸人を目指しているわけではない、ただ親が席亭なだけの普通の高校生が俺だ。
「落語好きのコーニャに家が席亭なんて言ったらビックリすると思ってさ。なかなか言えなかったんだ。ゴメン!」
「……」
コーニャは相変わらずポカンとしている。その後ろのセバスさんはいつものクールな表情だ。
「……神」
「へ?」
暫くポカンとして黙っていたコーニャが俺の事を指差しそう言った。
「俺が……神?」
「そう……そう……そうですー」
「あっ、ちょっ、近い」
それまでスイッチが切れていた様なコーニャがまたグイグイ寄ってきた。後ろのセバスさんはそれを見て不愉快そうな顔をしているから落ち着いてほしい。
「お、俺が神ってどういう事?」
「だって、そうじゃないですか。寄席は私の尊敬する落語家の師匠達が、推し達が集う聖域。その寄席の席亭様のご子息……神に等しい……」
普段は無口なコーニャだが落語の事になるとスイッチが切り替わる。しかし発想が突飛だ。席亭の息子は神になるのか?
「えっと、じゃあ……寄ってく?」
「え……いえ、とんでもないです。今日初めて落語を生で見た私がそんな神域に足を踏み入れるなんて……」
「いや、そんな大したもんじゃ。大衆芸能だから気楽に見てほしいというか」
なんだかコーニャの中で勝手にハードルが上がっているようだ。グイグイ寄ってきたと思ったらグイグイ後退りしだした。
「え……いや……あの……」
「コーニャ?」
「……考えさせてください……」
「は?」
赤面して俯いてしまうコーニャ。そんなに寄席に緊張しているのだろうか。するとそれまで後ろに控えていたセバスさんがグイッと前へ出てきた。
「セバス……ちゃん……」
「お嬢様は連れて帰ります。それでは」
コーニャの手を引いて足早に去っていくセバスさん。一体なんだったんだろう。
「赤面して、考えさせてくださいって……まさか!?」
コーニャは落語が好きだ。そんな落語家のホームグラウンドである寄席の息子の俺に……ほ……惚れ……いや、発想が飛びすぎか。でもあの反応はどうしてもそんな事を妄想してしまう。
「お、九。帰ったのか。ちょっと手伝ってくれないか? おい、九、聞いているのか?」
受付にいた親父が何か言っていた気がしたが耳に入らなかった。
俺は建物の寄席部分の1階から2階へ上がり更に3階の居住区へ。ここが両親と俺の住むスペースだ。俺はベッドにゴロンと転がり今日を振り返る。
たまたま落語会へ連れていく事になった俺の推しだった金髪お嬢様のコーニャ。
無口で清楚だと思っていたコーニャは実は落語が好きで、落語の話になるとグイグイ寄って語り出す。落語を聞いている時は感情豊かになり本当に楽しそうだった。
そんなコーニャに俺は寄席の席亭の息子と知られた。そしてあの反応……。
いや、推しとそういう事になるのは解釈違いだ。だが、しかし……。
俺は悶々としながら一晩を過ごした。
「朝だ……」
結局コーニャの事を考えていたら次の日になっていた。俺は学校へ行く支度をする。今日コーニャに会ったらどんな反応をするのだろうか。
少し早く学校へ着いてしまったが校門の辺りでコーニャの登校を待つ事にする。コーニャには常に入り待ちのファンがいるから自然と紛れられるのだ。
「コーニャお嬢様が来たぞー」
「コーニャ様だわ〜」
セバスさんに送られてコーニャが校門から入ってきた。周りのファンに挨拶され軽く会釈をして返す。
落語の話になると饒舌だが普段のコーニャはこの様に清楚なお嬢様なのだ。
「あ……」
コーニャが俺に気付き近寄ってきた。自然と胸がドキドキする。
「お、おう。昨日は……」
言いかけた所でコーニャが俺の目の前でペコペコ2度頭を下げた。
「コーニャ?」
「(パンパン)神よ……」
コーニャは更に2度拍手して神と呟き頭を下げた。ニ礼ニ拍手一礼って事?
「あ、あのコーニャ。これは?」
「……昨日はありがとうございました。一晩考えてこれからはやっぱり神と崇める事にしました。それでは……」
「え、いや、コーニャ!」
そう言ってコーニャはトタタと早足で行ってしまった。
「なにあれ……?」
「コーニャ様に神って呼ばれてた……?」
「誰アイツ……?」
「なんなの……?」
周りのヒソヒソ話が聞こえる。ファンからしたら女神に等しいコーニャが平凡な男子校生の俺を神と呼んでいたのだ。そりゃ不思議に見えるに違いない。
俺が一晩悶々と考えた色っぽい展開には全く発展しなかった。
俺は俺の推しの無口で清楚な金髪お嬢様から、落語がキッカケで神と崇められる事になってしまった。
「ていうか隣の席なのにどうやって接したらいいの……?」
俺は妙な事で頭を悩ませる事になった。




