09我が帝国との全通商路を封鎖する。経済で死ぬのがどちらか身をもって教えてやる
アーレイは鼻で笑い、華氷な声を響かせた。
「我が帝国を経済で屈服させる、か。面白い。フロラベル、男の望み通りにしてやろう」
指を鳴らすと影から帝国の隠密が現れた。
「自白をすべて記録し、黄金商国の国王へ届けろ。ついでに、我が帝国との全通商路を封鎖する。経済で死ぬのがどちらか身をもって教えてやる」
「ひっ、待て!今のは冗談だ!口が勝手に……ああっ!」
バラム伯爵が逃げようとした瞬間、足元から植物の蔦が伸び、体をがっちりと拘束した。
「バラム様お忘れですか?ここは私の庭です……嘘つきな肥料は世界樹には必要ありません」
言い放ち、蔦に命じて彼を肥溜めの近くまで引きずり回させた。黄金を愛した男は最後には泥と糞尿にまみれ、自国からの追放を待つ身となったのだ。
泥にまみれ、肥溜めの横で蔦に縛り上げられたバラム伯爵はまだ自らの置かれた状況が理解できていないようだった。
「離せ無礼者が!黄金商国の重鎮だぞ!この服とこの宝石にいくらかかっていると思っている!」
身に纏っているのは、贅の限りを尽くした金糸の法衣と指が曲がらぬほど嵌め込まれた魔力石の指輪。彼にとって、人間としての価値そのもの。フロラベルは輝きを見つめる。
「……陛下。あの金、なんだか植物たちの育ちを悪くする嫌な魔力を放っています」
「強欲という名の毒が染み込んでいる……フロラベル好きにしろ。あのようなゴミは我が帝国には不要」
許可を出すと、フロラベルはゆっくりとバラムの前に歩み寄った。指先がバラムの指輪に触れる。
「そんなに黄金がお好きなら、もっと有意義なものに変えてあげます」
フロラベルの魔力が発動する。緑の光が金塊や宝石を包み込むとバラムの叫び声が悲鳴に変わった。
「な、なんだ!?指輪が……金が溶けていく!?」
指輪やネックレス、法衣の金糸までもが、フロラベルの魔法によって分解されていく。だがそれは消失ではない。黄金の輝きはそのままに、黄金キノコの寄生種という名の菌類へと変貌した。
「ひいぃっ!首筋からキノコが腕からも生えてきたぁっ!」
「安心してください。身勝手な持ち主の欲望を吸い上げて最高の肥料を作る特殊なキノコ。蓄えた不当な富を、すべて世界樹の肥やしに還元させていただきます」
バラムの体はあっという間に黄金色に輝くキノコと苔に覆い尽くされた。見た目は豪華だが、正体は動く肥料箱だ。歩くたびに栄養満点の胞子が地面に落ち、草花が爆発的に成長していく。
「貴方はこれから重たいキノコを背負って、世界樹のふもとを耕し続けてもらう。食事は配合した栄養満点の土で十分ですよね?贅沢三昧だった貴方の胃腸も、綺麗に浄化されるはずです」
「土を食えというのか!?私は、私は……!」
「喋る暇があるならキノコをしっかり育ててください。でないと、次は貴方の脂肪をキノコの苗床にしますよ?」
聖母のような微笑みにバラムは恐怖で失禁し、そのまま黄金の胞子を撒き散らしながら強制的にクワを持たされて緑化労働へと駆り出されていった。逃げようとするバラムの護衛たちに、華氷な判決を下す。
「黄金商国への全通商路に氷の壁を築く。奴が隠し持っていた裏帳簿は、すでに貴殿らの国王に転送済み。今頃、貴殿らの資産もすべて凍結されている」
男の部下たちはその場に崩れ落ちた。富で全てを解決できると信じていた男たちは、フロラベルによって肥料にされ、アーレイによって社会的な居場所を奪われたのだ。
これこそが、フロラベルを能なしと侮り、世界樹を転売品として扱った者への至高の報い。
伯爵が歩く堆肥として世界樹のふもとを耕している頃、余波は彼の本拠地である黄金商会の総本山へと牙を剥いていた。
帝国と商国を結ぶ主要街道には、商会の栄華を象徴する巨大な大理石のビルが建っていた。だが今、建物を包囲しているのは帝国の精鋭騎士団ではなく、空を覆い尽くさんばかりの意思を持つ蔦の群れ。
「報告します。商会が管理していた全隠し倉庫の場所を特定。中身は……すべて土に変わっております!」
商会の役員たちが悲鳴を上げる。アーレイが放った隠密部隊は、バラムの裏帳簿を商国の王へ届けただけではない。商国全土に散らばるバラムの利権に、フロラベルの魔力を付与した特殊な種を仕込んでいたのだ。
「不当な略奪で築いた富など、一度氷に閉ざせば脆いものだな」
帝都の執務室から経済封鎖の結界をさらに強める。黄金商会が発行していた紙幣は、帝国との取引停止が発表された瞬間に焚き付け用の紙切れへと成り下がった。
商会の本部ビル。残された役員たちが金庫を持ち出そうとした時、床を突き破って巨大な金食いアロエが姿を現した。
「ま、待て!その金貨は我々の……!」
「いいえ。それは踏みにじった土地の栄養です」
ビルのバルコニーにフロラベルが降り立つ。手に持ったジョウロから、さらさらと黄金の粉末を振りまく。
「金貨に含まれる魔力はもともと精霊の住まう森から奪ったもの。持ち主の元へお返しして」
フロラベルの号令と共にアロエの葉が金庫を丸ごと飲み込んだ次の瞬間、商会が溜め込んでいた莫大な金貨は眩い光を放ちながら数百万のタンポポの綿毛へと姿を変え、窓から一斉に空へと舞い上がった。
黄金が消え、後に残ったのは空っぽの金庫と抜け殻のビル。自分たちが何よりも価値を置いていた金が、綿毛として風に流されていくのを呆然と見送る元富豪たちの姿だ。
「ひいぃ……破産だ!借金だけが残るぞ!」
「嘆くことはありません。これからは皆さんも、バラム様と一緒に土と触れ合う生活が待っています。高級なシルクのスーツ、植物の根っこが張り付きやすい良い素材ですね?」
フロラベルの微笑みと共にビルの壁一面にびっしりと寄生キノコが生え揃い、建物そのものが巨大なキノコ栽培所へと作り替えられていった。
フロラベルを追放した王国のジェラルドたちは、救いようのない死と変貌を迎えた。バラムと商会に与えられたのは、それ以上に残酷な生き恥。
富ですべてを支配できると信じていた者たちが、蔑んでいた泥にまみれた労働者として一生をフロラベルの庭のメンテナンスに捧げることになった。
「……陛下、これで帝国の予算も潤います。綿毛になった金貨はちゃんと精霊の森の土壌を豊かにしてくれますから」
黄金商会の崩壊を見届けた後、フロラベルとアーレイは喧騒を離れ、世界樹の裏側にある秘密の泉へと足を運んだ。
魔法で作り出した、外界から隔絶された安らぎの空間だ。




