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06やり直す?お断りです。無理です

 進軍は止まらない。王都の城門はすでに巨大な蕾と化した城そのものによって飲み込まれていた。中心。フロラベルが婚約破棄を突きつけられた大ホールでそれと対峙する。


「……助けて……フロラベル……僕が悪かった……やり直そう……ふろおらあああ」


 玉座と同化し、下半身を樹木に変えられたジェラルドが枯れ木のような手でフロラベルに縋り付こうとする顔は醜く歪み、鼻や耳からは小さなキノコが生えていた。見た目だけでも背筋がゾッとなるし、どう見ても寄生されている。


「やり直す?お断りです。無理です」


 一歩も近づかず視線で見下ろす。


「貴方は私を捨て国を捨てた。人間であることさえ捨てたそんなモノに、かける言葉はない」


「あああああ!痛い、熱い!メレン離せ!離してくれええええ!」


 ジェラルドの背後から巨大な黒い百合が咲いた。花弁の中心にはメレンの顔だけが浮き出ている。意識を保っておらず本能のままにジェラルドを食らい、魔力を絞り出していた。近くにいる女がふわふわと声を出す。


「……フロラベル……羨ましい……綺麗な魔力……全部全部私のもの」


 メレンの口から数万の針のような棘が射出されるがフロラベルの前に現れた氷の壁によってすべて叩き落とされた。怒りの声が部屋に響く。


「婚約者に触れるな、出来損ないが」


 アーレイがジェラルドとメレンを繋ぐ根を一太刀で断ち切ると、支えを失ったジェラルドがボロ雑巾のように床に転がった。


「核は城の地下にあると調べてある。一気に終わらせる。行くぞ。こいつらに構う時間が人生の損失だな」


「はい。さようなら私の過去」


 杖を天に掲げる背後に巨大な黄金色の聖樹の幻影が現れた。帝国の民の祈りと育てた全ての緑から集まった命の光。手を合わせて目を伏せるとポカポカとする体。


「万緑回帰……オール・グリーン」


 眩い緑の光が王城を、王国全土を包み込んだ。黒い霧が晴れて魔界樹の根が白い灰となって崩れていく。メレンの叫び声が響き静寂が訪れた。役目が全うできた証だ。


 *


 王国が滅び、傲慢なジェラルドやメレンが魔界樹の糧となってから数ヶ月。ガルディア帝国は砂漠地帯とは思えないほどの緑に包まれていた。


「フロラベル?土をいじっているのか。今日は建国記念祭の晩餐会だと言っただろうに」


 呆れたような甘い声が庭園に響く。振り返ると正装を纏ったアーレイが立っていた。華氷と恐れられた面影はどこへやら、瞳には深い慈愛がこちらを見続けていた。恥ずかしさに目を横にやる。


「魔力ひまわりの交配は今日が山場でこれが完成すれば、帝国の夜道は魔法の光で照らされます。もうちょっとですからね」


 泥のついた手袋を外して笑った。過去、切り捨てられた植物魔法は帝国の生活そのものになっている。補ってさらに豊かになっていた。誇りに思う。


「お前というやつは……まあいい、飽くなき探究心が国を救ったのだからな」


 手を取り、指先にそっとキスを落とした。穏やかで満たされた日。


 一方、滅びたヴェルデ王国の跡地は今や誰も近づけない沈黙の腐海と化して王子の成れの果てが転がっている。ジェラルドは死ぬことさえ許されなかった。彼の肉体は植物に完全に支配され、意思なき喋る苗床として、永遠に大地に固定されている。


「フロラベル……助けて……寒い……」


 空虚な呟きを拾う者は誰もいない。彼を食い尽くして東へ飛んだメレンの本体。黒い種は東の最果てにある忘れ去られた聖域へと辿り着いていた。初代皇帝によって封印された、世界樹の片割れが眠る場所。


 ……熱い。まだ足りないわ。もっともっと美しい緑を壊さないと修復されない……!


 メレンの意識を乗っ取った災厄の魔女は聖域の封印を内側から食い破り、真の復活を遂げようとしていた。ピクッと監視魔法が反応する。


「アーレイ様……私行かなければなりません」


 アーレイの胸に顔を埋めながら告げた。植物たちが震えている。東の聖域が汚染されれば帝国内に築き上げたこの美しい生態系もいずれ腐食に飲み込まれるだろう。やらねばならない。


「わかっている。共に行く。皇帝の仕事は愛する妻が耕した庭を守ること」


 アーレイは肩を強く抱いた。


「準備を整えろ。東の龍の谷を越え、聖域を目指す。今度は、世界の毒を根こそぎ引き抜くぞ」


「はい、陛下。……あ、その前に」


「なんだ?」


「お弁当に育てた元気爆発トマトをたくさん詰めなくては。道中の栄養補給は大事ですから!」


 緊迫した空気の中、マイペースな発言にアーレイはついに吹き出した。


「……ふっ、ははは!お前らしい。よし、トマトでも何でも持っていくがいい」


 東の聖域への遠征を翌日に控え、帝都の厨房を占拠していた。遠征は体が資本というのは前世の植物学者時代、フィールドワークで嫌というほど学んだ教訓。ましてや今回は不気味な黒い種との決戦。普通のサンドイッチでは足りない。


「よし、まずは元気爆発トマトのコンフィからね」


 魔法で活性化させたトマトをじっくりとオリーブオイルで煮詰める。トマトは一口食べれば魔力が全身に駆け巡り、三日三晩眠らずに戦えるという(ちょっと危ない)代物。


「フロラベル、いい匂いだが……厨房からバチバチと火花のような魔力が漏れているぞ」


 呆れたような声を出しながらアーレイが覗き込んできました。彼は旅の準備で忙しいはずなのに、様子が気になって仕方ないよう。


「陛下、ちょうどいいところに。これ味見してみてください」


 差し出したのは、特製の精神安定レタスを挟んだカツサンド。アーレイが一口齧ると、周囲に漂っていたピリついた冷気の魔力がふわりと穏やかな霧へと変わる。


「……美味い。驚くほど心が静まる。遠征中の極限状態では一口が命を救うことになるだろう」


「でしょう?お弁当は最強の魔導具なんです」


 鼻高々に次々とお弁当箱を詰める。疲労回復の銀糸豆のサラダ。一粒で一日のビタミンを補給。魔力回復の虹色葡萄。デザート兼、緊急用の魔力ポーション。不屈の根菜スープ。魔法の保冷瓶に入れ、いつでも温かく不屈の精神バフを付与。


「龍の谷の険しい道も黒い種の汚染地帯も怖くありません」


 アーレイは、山積みになったお弁当箱とそれを作って満足げな私を見てふっと優しく微笑む。


「……隣にいるだけでどんな戦地もピクニックに見えてくるから不思議だな。だがフロラベル約束してくれ。お弁当を配るのに夢中になって自分を危険にさらすなよ」


「わかっております。陛下のお庭を荒らす害虫を駆除しに行くのですよ」


 アーレイは腰を引き寄せお弁当の匂いが漂う厨房の中で、深く誓うようなキスをした。

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