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05身柄引き渡し要求を、全面的に拒否する。彼女は我が帝国の正当なる皇后であり、貴国が干渉する権利は皆無である

 調査隊が持ち帰った黒い土と王国の現状報告を踏まえ、アーレイは即座に行動に移す。外交官を通じた軟弱な交渉などではない。皇帝の名における、最後通告。


「書け。一言一句、漏らすな」


 アーレイが執政官に命じる内容は手紙というよりは判決文に近かった。


【ヴェルデ王国 国王代理ジェラルド・ダルダ・ヴェルデへ】


 フロラベル・ヴェルデの身柄引き渡し要求を、全面的に拒否する。彼女は我が帝国の正当なる皇后であり、貴国が干渉する権利は皆無である。


 聖なる種子の窃盗疑惑について。調査の結果、貴国を蝕んでいるのは窃盗による魔力不足ではなく貴殿らが招き入れた禁忌の寄生植物による自滅であると断定した。

 よって、ガルディア帝国はヴェルデ王国を国家として認めず大陸全土を脅かす汚染源と認定する。

 これより、我が軍は貴国の浄化を開始する。これは戦争ではない。害虫駆除である。


 ガルディア帝国皇帝 アーレイ・ダルダ・ガルディア


 追記。貴方達が捨てた種は貴方達の足元で腐っています。もう二度と私の名を呼ばないでください。フロラベル


「……これでよいなフロラベル」


「はい。慈悲はありません。彼らは言葉で救える領域を超えてますからね」


 フロラベルは瞳を伏せ、インクの乾いていない羊皮紙に自らの魔力を込めた緑の印章を押した。愛した故郷への最後の手向け。

 アーレイは手紙を丸めると氷で作り出したハヤブサの足に結びつけた。生身の使いを送れば国境の毒気に当てられて死ぬ。


「行け。愚か者たちに終わりの時を告げてこい」


 氷のハヤブサは鋭い鳴き声を上げて窓から飛び立った。国境を越え、死の気配が漂う王国の空へ、一直線に消えていく。


 数時間後。ハヤブサはジェラルドの目の前で弾け飛び、手紙を落とすと同時に場の空気を凍りつかせた。


 王国の玉座の間。金とベルベットで飾られていたその場所は、今や湿った苔と血管のように脈打つ赤黒い蔦に覆われていた。

 窓はすべて植物に塞がれ、昼間だというのに薄暗い。空気は甘ったるい腐敗臭で淀んでいる。


「……寒い。寒いわ、ジェラルド様……寒い」


 玉座の脇でメレンがうずくまっていた。ドレスはボロボロに裂け、そこから覗く肌は人間の皮膚ではなく白樺の樹皮のように硬質化している。背中からは数本の蔦が伸び、床の元・侍女だった植物から養分を吸い上げていた。


「黙れメレン。……今、連絡が来るはずだ。フロラベルが、泣いて詫びを入れてくるはずなんだ」


 ジェラルドは玉座にしがみついていた。右腕はすでに完全に木化し、指先から床へ根を下ろしているため立ち上がることすらできない。それでも瞳だけは異様な輝きを放ち、妄想にしがみついていた。


 天井の蔦を切り裂いて、アーレイの放った氷のハヤブサが舞い降りた。


 パリーン!


 ハヤブサはジェラルドの膝の上で砕け散り、破片の中から一通の羊皮紙が落ちた。


「ほら見ろ!来たぞ!帝国の皇帝も所詮はフロラベルを御しきれなかったのだ!」


 ジェラルドは残った左手で貪るように手紙を掴み取った。


「読み上げてやる、メレン。愛しきジェラルド様へ……いや、拝啓か?まあいい……」


 震える指で封蝋を砕くそこには、フロラベルの魔力が込められた鮮やかな緑色の印章が押されていた。ジェラルドの視線が、羊皮紙の上を走る。最初は期待に満ちていた表情が一行、また一行と進むにつれて凍りつき痙攣し始めた。


「……は?」


 害虫駆除。国家として認めない。汚染源。


「な、なんだこれは……なんだこのふざけた文言は!!」

 ジェラルドが絶叫した。

 喉が裂けんばかりの声が、空虚な広間に響く。

「僕は王子だぞ!この国の王になる男だ!それを……害虫!?駆除!?フロラベル、貴様……よくも、よくもこんな口を!」


 彼は手紙を引き裂こうとした。が、手紙の末尾に記されたフロラベルの追伸。私の名を呼ばないでという文字がぼうっと緑色の光を放った。


 バチィッ!!


「ぐああっ!?」


 手紙に込められたフロラベルの浄化の魔力が、ジェラルドの汚染された身体を拒絶し、指先を焦がしたのだ。手紙にすら防衛魔法をかけていたらしい。


「……あ、あ、熱い……!紙切れ一枚すら僕を拒むというのか……!」


 騒ぎにうずくまっていたメレンが反応した。

 ジェラルドの怒りなどどうでもよかった濁った瞳が捉えたのは、手紙から溢れ出る純粋な高濃度の魔力だけ。


「いいいい……いい匂い……いいい、すごく綺麗な緑の匂い……欲しい欲しい欲しい」


 メレンがよだれを垂らしながら、四つん這いで這い寄ってくる動きは人間の関節の動きではない。カサカサと乾いた音を立てて蜘蛛のように近づく。


「メ、メレン?何をする!?やめ!」


「それちょうだい?……ジェラルド様の中身はもうスカスカで美味しくない……紙、フロラベル様の魔力がたっぷり詰まってるうううぅ……あぐ!」


「ひっ、やめろ!寄越せ!これは僕への手紙だ!」


「よこせぇええええええ!!」


 メレンの背中から伸びた蔦がジェラルドの左腕に突き刺さった。


「ギャアアアアアアア!!」


 ジェラルドの悲鳴と共に蔦が手紙を奪い取るとメレンはそれを口にねじ込み、噛み砕き、飲み込んだ。浄化の魔力を、汚染されたメレンが体内に取り込んだ瞬間化学反応が起きた。


 ボコォッ!


 メレンの腹部が不自然に膨れ上がり、内側から激しい光が漏れ出す。浄化の光と寄生植物の闇が体内で衝突し、肉体という器を粉々に破壊し始める。


「あ、ガ、ギ……!?痛い熱い、違うこれじゃない……!もっともっと黒いのが欲しい……!」


 メレンの口が耳まで裂け、そこから巨大な黒い蕾がせり出してくる。


 ……オオオオオオ……,


 少女の声ではない。地底から響くような重低音。手紙の魔力が引き金となり、メレンの体を突き破って災厄の魔界樹が姿を現そうとしていた。

 ジェラルドは根に固定されたまま、目の前で婚約者が怪物へと孵化する様を特等席で見せつけられる。


「あ……あ……たす、けて……フロラベル……助けて……ふろーおら」


 目から涙の代わりに樹液が流れる。手紙を拒絶し、食らい尽くした彼らに残されたのは完全なる人外への転落。


 王城の外。国境の砦でフロラベルがふと空を見上げた。


「……手紙が種を割ったようです」


「種?」


「彼らの中に眠っていた怪物の種。浄化の光を与えたことで逆に苦しんで暴走を始めました。名実ともに討伐対象となります」


 フロラベルは杖を握りしめた。悲しみはない。あるのは、自分の手で幕を引くという決意。


「突撃準備を。醜い花を刈り取るために」


 帝国の黒鉄騎兵団が王国の国境を越えた。美しい田園風景など微塵も残っていない。視界を埋め尽くすのは、のたうち回る血管のような根と腐敗した甘い香りを放つ漆黒の巨大樹たち。

「……汚らわしい。命への冒涜だ」


 アーレイが馬上から剣を振るうと前方数キロにわたって大地が凍りつき、蠢く根が砕け散った。絶対零度の氷魔法。植物の時間を強制的に止める死の抱擁だ。


「下がっていてください。ここから先は私の庭です」


 フロラベルが地走りの若木の背から飛び降り、土に手を触れると前世で学んだ生態系の調和を今の魔法で体現する。


「偽りの光を焼き、真実の緑を呼び戻せ。浄化の行進エデン・レイド」


 フロラベルから放たれた緑の衝撃波が、黒い森を飲み込んでいく。魔法は攻撃ではない。土地そのものを正常に戻す力。汚染された黒い蔦が悲鳴を上げて枯れ落ち、下からフロラベルが育てた強靭なクローバーが瞬時に大地を覆い直していく。

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