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04喜べ、ジェラルド殿下は寛大にも帰国を許可された。直ちに馬車に乗り、王国の土壌を再生せよ

 一方、フロラベルが歩くたびに緑を増やしていく余波は、地脈を通じて王国へと逆流していた。本来、王国にあるはずの魔力がフロラベルの圧倒的な浄化の力に吸い寄せられ、帝国側へと流れ込んでいく。


「……あ、あああ!魔力が……魔力が吸い取られる!」


 王宮でメレンは人間とは思えない姿に変貌していた。背中からは赤黒い、毒々しい棘を持つ蔦が何本も生え、壁や天井に食い込んでいる。魔力を絞り出そうとするたびに蔦がジェラルドや周囲の兵士たちの生気を、文字通り吸い尽くしていた。


「メ、メレン……やめろ離せ!」


 ジェラルドはメレンに抱きつかれ、ミイラのように痩せ細っていた。自慢だった金髪は抜け落ち、王子の面影はどこにもない。


「……フロラベル……フロラベルぁ!許さない!」


 メレンが呪詛の声を上げた瞬間、王宮の地下で眠っていた魔女の心臓がドクンと大きく脈打った。王国全土を覆っていた枯れ地が一瞬にして黒い森へと変貌する。命を育む森ではない。迷い込んだ者を食らい、栄養にする世の終わりのような地獄絵図。


 国境の巨大な防砂壁の前。王国の使者としてやってきたのは、フロラベルを泥臭いと嘲笑っていた宰相補佐官。

 彼は背後に枯れ果てた荒野を背負い、目の前に広がる帝国の、フロラベルが作り出した緑の楽園を見て、羨望と妬みで顔を歪めている。


「フロラベル・ヴェルデ!喜べ、ジェラルド殿下は寛大にも帰国を許可された。直ちに馬車に乗り、王国の土壌を再生せよ」


 補佐官が巻物を読み上げる内容は命令であり、願いですらないとアーレイが指先を動かして氷の槍を作ろうとするが、フロラベルは片手で制する。一歩前に出るとゴミを見るような目で補佐官を見下ろした。


「……許可?寛大?耳を疑う」


 フロラベルの声は氷の精霊よりも冷たかった。


「無能と罵り、婚約を破棄し、着の身着のまま死の大地へ追放したのはそちらの国。それを自分たちの食べる物がなくなった途端に帰ってこい?」


 補佐官が言葉に詰まる。扇子で口元を隠すこともせず、はっきりと不快感を露わにした。


「人に物を頼む時の礼儀をご存知ないよう。まずは不当な扱いに対する謝罪。身勝手な追放処分への賠償。話はそれからでは」


「なっ……な!王族に対して頭を下げろと言うのか!貴様、た、立場をわきまえろ!」


「立場?わきまえるべきは貴方たち」


 フロラベルは背後のアーレイを振り返り、優雅に微笑んだ。


「私は今、ガルディア帝国の次期皇后として迎え入れらていて。一国の国母に対し、暴言……これ以上は外交問題になりますけど、よろしい?」


 剣よりも鋭く補佐官の喉元に突き刺さった。帝国の皇帝アーレイが、無言で殺気を放っている背後には武装した黒鉄騎兵団がズラリと並び、剣の柄に手をかけている。


「ひっ……!」


 威圧感が酷く揺らす。


「お帰りください。謝罪の一つもできないような方々のために使う魔力など、一滴たりとも残ってない」


 フロラベルが冷たく言い放つと、補佐官は青ざめた顔で馬車に逃げ込んだ。逃げ帰る馬車の車輪が枯れた大地を巻き上げると、砂埃の中に微かな違和感を感じ取った。


(馬車。黒いカビのようなものがへばりついている)


 補佐官の顔色も病的な土気色。これは食糧難ではない。王国の人間そのものが内側から何かに蝕まれているのか。


「あのような雑魚、生かして返す必要があったか」


「彼らに伝えてもらわなければなりませんから。もう二度と私に関わらないでとね」


 フロラベルは決別を告げたが、袖口に付着した一粒の黒い胞子が、音もなく弾けようとしていた。


 王都に戻った補佐官はジェラルドへの報告の最中、突然血を吐いて倒れた。口から溢れ出したのは、血液ではなく無数の黒い根。


「……許さない。許さないわフロラベル」


 補佐官の死体を苗床にして咲いた花がメレンの声で喋りだす。王国に人間の理屈は通じない。


 *


 国境の砦。アーレイの執務室には、数日前に放った偵察部隊の生き残りが、たった一人で戻ってきていた。全身に不可解な発疹。皮膚の下で何かが蠢くような症状を抱え、ガタガタと震えている。


「へ、陛下……報告いたします……王国は……もう、人間が住める場所ではありません……」


「落ち着け。何を見た」


 兵士は震える手で懐から一枚のスケッチと、持ち帰った土のサンプルを差し出す。土は黒く粘り気があり、ドクドクと脈打っていた。


 王都の惨状。王都の外壁は巨大なイバラのような植物に覆い尽くされている。城門は内側から破壊され、溢れ出るように歪な形をした植物が街道を埋め尽くしているとのこと。


 街中を歩く人間はいない。代わりに家々の窓や扉から、人間の形をした緑色の何かが顔を出している。言葉を話さずただユラユラと風に揺れ、時折「水……水を……」と呻くような音を立てていた。

 王城は巨大な一本の大樹に取り込まれていた。大樹の根元には貴族たちが根に取り込まれ、養分として吸われている姿が見えたという。


「……信じられん。伝承にある魔界樹の仕業か」


 アーレイが呻く。フロラベルは持ち帰られた黒い土に指先で触れた。瞬間、脳裏に強烈なイメージが流れ込んでくる。


 痛い、痛い、助けて……フロラベル……。


 ジェラルド様……もっと……もっと……。


 無数の国民の悲鳴と混濁したメレンの意識。奥底で冷ややかに笑う何者かの気配。


「……メレン様は禁忌を犯した。ご自身の身体を苗床にして太古に封印された星喰らいの種を目覚めさせてしまったのかと」


 フロラベルは青ざめた顔で告げた。


「土は生きているもの全てを肥料にします。動物も人間も建物さえも。彼らはもう、助からない」


「……ならば焼き払うしかないか」


 アーレイが立ち上がる。瞳には凄絶な光。


「隣国とはいえ人が住んでいた土地。放置すれば大陸全てが森に飲まれる」


「お待ちください陛下」


 フロラベルが遮る。


「焼き払うだけでは胞子が飛び散って被害が拡大します。核を叩かなければ。王城に取り憑いた本体を」


「……危険だ。お行かせるわけにはいかん」


「私にしか植物の声は聞こえません。それに……」


 フロラベルは、窓の外の緑豊かになった帝都を見つめた。そこでは子供たちが笑い声を上げて走り回っている。


「私が守ると決めた国を地獄にはさせません。行きましょう陛下。終わらせるために」


 しばしフロラベルを見つめ、やがて深く頷いた。フロラベルを返すようにという文面がびっしり書かれた手紙も送られるという事態にも進む。

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