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03うわあ!な、なんだこれは……ぐ!触れただけで指が凍りつく!嫌味なのか!帝国からの嫌がらせか!うぐっ

「メレン様の魔法が失敗したのを私のせいにしたいだけでしょう。それにしても泥にまみれて働く刑って……今も毎日泥まみれで研究していますけど」


 自分の汚れた作業着を指差すとアーレイの瞳がスッと冷ややかに細まる。地面が凍りそうだ。


「フロラベルを補助役?帝国の喉元を潤し、民に希望を与えたこの至宝を腐った国へ返せというのか。ジェラルドとやらは死に場所を自分で選びに来たようだ。ハッ」


 アーレイは手紙を指先から発する黒い魔力で一瞬にして灰に変えた。目にも止まらない瞬きでやり遂げると彼は指示する。


「使者に伝えろ。フロラベルは我が帝国の魂であり、最愛の妃となる女性。指一本触れようとするならば王国の門をくぐるのは我が帝国の黒鉄騎兵団であると思え」


 そんなことを言うとは。


「陛下……最愛だなんて……!おやめに」


 赤くなる私をアーレイは強く抱き寄せた。


「事実だフロラベル、奴らは数日中に国境を越えてくるだろう。その時、お前の植物たちがどれほど恐ろしいか思い知らせてやればいい」


 二人とは別に、手紙を知った人たちにも怒りが伝染していく。


「……なんだ、そのふざけた紙切れは」


 手紙を読み上げた瞬間、空中庭園の空気は凍りついた。控えていた騎士団長や執務官たちの顔が、怒りで真っ赤に染まる。


「種子を返せ?フロラベル様が毎日泥にまみれ、膝をすりむいてこの大地を癒やしてきたのを、我らはずっと見てきたのだぞ!」


「我が帝国の恩人を、あのような腐った国へ返せとは……宣戦布告と受け取ってよろしいな、陛下!」


 騎士たちの怒号が響く。彼らは知っている。フロラベルがどれほど真摯に土と向き合い、帝都の民に砂の味のしない水を届けたか。彼女はもう、ただの追放令嬢ではない。帝国の誇りそのものだった。フロラベルは騎士たちを宥める。


「皆様、ありがとうございます。でも、怒る必要もありません。あちらにはもう現実を見る力すら残っていないので」


 フロラベルは呆れ果てていた。ジェラルドの頭の中では、まだ自分たちは世界の中心なのだろうな。

 だが、アーレイの瞳には一切の容赦がない。


「それならば……ただ追い返すだけでは気が済まないな。フロラベル、国には花を贈ってやろう」


 アーレイは右手を虚空にかざした。極低温の魔力が収束し、空気中の水分が結晶化していく。


「魔法を真似るわけではないが……これは俺からの返礼となる」


 アーレイの掌に現れたのは息を呑むほど美しい、青い宝石でできた百合の花だった。氷の魔力が凝縮され、ダイヤモンドよりも硬く、永遠に枯れない華氷のような輝きを放っている。


「これを王国へ届けろ。我が国は一粒の種子も、一人の女も盗んではいない。あるのは美しい花に象徴される、奪いようのない実力差だけだと」


 アーレイの言葉には贈り物という名の絶望が込められていた。青い宝石の花は普通の飾りではない。周囲の熱を奪い続け、王国の玉座の間を凍土に変える魔導兵器としての側面を持っていた。


「……素敵です陛下。あちらのメレン様もきっと喜ぶでしょう。熱い野望を少しは冷やしてくれるでしょうし」


 フロラベルは皮肉を込めて微笑んだ数日後。アーレイからの贈り物を受け取ったジェラルドは、玉座の間で絶叫した。


「うわあ!な、なんだこれは……ぐ!触れただけで指が凍りつく!嫌味なのか!帝国からの嫌がらせか!うぐっ」


「ジェラルド様怖いですぅ……!この花私の魔力を吸い取ってる気がします……いや!」


 メレンが震えながら花に近づこうとした瞬間、宝石の花がカチリと音を立てて変色した。透き通るような青だった花弁が、メレンの魔力に反応し、毒々しい紫に染まっていく。


「……なっ!?」


 宝石の花の中にフロラベルの魔法によって埋め込まれていた特殊な胞子が目覚めたのだ。汚れた魔力を栄養にして成長する、浄化の植物。メレンの体内に潜む黒い寄生体が、フロラベルの放った胞子に反応して暴れ出す。


「ギャアアアアア!痛い、痛い、お腹の中で何かが弾ける……!」


 のたうち回るメレンを見て、ジェラルドは腰を抜かした。一方、王宮の地下からは、地鳴りのような音が響き始める。


「……来る。あのお方が目覚める……」


 メレンの口から、彼女自身の声ではない、何重にも重なった不気味な声が漏れた。アーレイが贈った氷の宝石によって、王国の使節団は物理的にも政治的にも沈黙を余儀なくされた。だが、フロラベルはそこで歩みを止めない。


「陛下、まだ終わりではありません。帝都が潤ったのなら、次は民が待つ地方の村々で、安心してパンを食べられるまで私の仕事は終わりません」


 アーレイは呆れたように愛おしげに目を細めた。


「一度言い出したら聞かないなお前は。いいだろう。全軍に告ぐ!皇帝の名においてこれより緑の行進を開始する。フロラベルを、我が帝国の至宝を砂の一粒からも守り抜け」


 皇帝自らが率いる異例の緑化遠征隊が結成された。


 フロラベルは馬ではなく魔法で生み出した巨大な地走りの若木ランド・ウォーカーの背に揺られる。巨大な四足歩行の樹木は歩くたびに足跡から地中深くへ根を下ろし、硬い岩盤を砕いて水脈を解放していく。


「いきます。大地の深呼吸」


 フロラベルが杖を大地に突き立てると周囲から同心円状に、爆発的な勢いで緑が広がっていく。昨日まで死の砂漠だった場所が数分後には青々とした草原へと姿を変える。


「……信じられん。伝説の豊穣の女神の再来か」


「見てくれ!枯れていた井戸から水が溢れだした」


 立ち寄る村々で民たちは地面にひれ伏し、涙を流してフロラベルを称えた。彼らに帝都で品種改良した砂漠でも育つ麦の種を手渡していく。


「魔法の種ではありません。皆さんが毎日水をやり、愛でてあげれば必ず応えてくれる命です。もう、飢える心配はありませんからね」


 アーレイは民に囲まれて微笑むフロラベルを馬上で何も言わず見守っていた。華氷皇帝と呼ばれ、恐怖で国を統治していた彼だが隣で光景を見るうちに凍てついた心もまた、春を迎えたように解かされていく。

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