12不手際はすべて許してやろう。息子との婚約も特別に再編してやる。今すぐ王国へ戻り植物魔法で我が国の畑を再生させよ。王命である
しかし、魔力は指先から出た瞬間に、足元から生える不気味な吸魔の冬苔ウィンター・モスに吸い取られ、霧散した。
「無駄ですよお父様」
空中にはフロラベルが設置した監視用ひまわりのホログラムが浮かび、彼女の声が響く。
「畑の植物は貴方たちが魔法を使えば使うほど、栄養にしてさらに強固に貴方たちを縛り上げるよう品種改良してあります。温まりたければ、必死に土を耕して血行を良くするくらいですから」
「そんな……!私は公爵夫人なの!泥を触るなんて、爪が割れてしまう!」
「爪なら、ジャガイモを掘るのに便利だと思って少し硬くなるように強化ポーションを混ぜた雨を降らせておきました。ノルマを達成しないと、今日の夕食の不味いイモ一切れもありません」
夫妻の目の前に氷で作られた巨大な真実の鏡が現れた。映し出されているのは、帝都でアーレイ様と共に何万人もの民衆から聖女と称えられ、幸せそうに微笑むフロラベルの姿。
かつてのフロラベルは無視され、蔑まれてゴミのように捨てられた。今のフロラベルは世界を救い、皇帝に溺愛され、失われたはずの世界樹を従える女神扱い。
「あの子を捨てなければ……栄光はすべて、私のものだったのに……!」
公爵が血の涙を流して地面を叩く。後悔しているのはフロラベルへの仕打ちではなく、手放した利権の大きさ。醜い本性がフロラベルには透けて見えていた。
「さようなら思い出の中の他人。自分たちが踏みにじってきた土の一部として、静かに朽ち果てていって」
ホログラムが消え、後に残されたのは吹き荒れる吹雪と寒さに震えながら硬い土を掘り返す元貴族の無様な姿だけだった。
聖域の境界線に、ボロボロの旗を掲げた一団が現れた。追放した祖国のヴェルデ王国の国王、王妃、彼女を嘲笑った高位貴族たち。
煌びやかな衣装は泥に汚れ、飢えで頬はこけている。王国はフロラベルという大地の守護者を失ったことで急速に荒廃し、深刻な飢饉に見舞われていた。
「フロラベル!我が国の誇り!迎えに来たぞ!」
先頭に立つ国王が恥知らずにも両手を広げて叫んだ。アーレイの冷たい視線が突き刺さる中、王族たちは勝手に結界の中へと足を踏み入れようとした。
「フロラベル、不手際はすべて許してやろう。ジェラルドとの婚約も特別に再編してやる。今すぐ王国へ戻り、植物魔法で我が国の畑を再生させよ。王命である」
「そうよフロラベル。追放したのは帝国との外交交渉のための高度な戦略だったの。親の心子知らずとは、まさにこのこと」
王妃も扇を広げるふりをしながら、扇はとっくに折れているが。傲慢な笑みを浮かべる。
帝国の守護聖女であり、世界樹の主であることを認めようとしない。便利な道具が、運良く手に入れた財産を没収しに来たという態度だ。
「耳だけでなく頭も少しお悪い」
「処置なしだな。フロラベルの好きなように料理しろ。手出しはさせん」
アーレイが指を鳴らすと影の騎士団が王族たちを包囲し、跪かせた。
「お腹が空いているの?最後に一度だけ、故郷の味を振る舞って差し上げます」
用意したのは豪華に盛り付けられた格付けの黄金シチュー。王族たちは待ってましたと言わんばかりに食らいついた。一口食べた瞬間、喉に異変が起きる。
「泥の味がする」
「領民から奪い取ってきた搾取の味です」
育てた食材は食べる者の魂の清濁によって味が変わる。清らかな者が食べれば天上の美味だが、私欲に溺れた者が食べれば苦い土と汚水の味に変わる。
「ぎゃあああっ!歯が……歯が抜ける!」
贅沢を謳歌し、フロラベルの努力を「庭師の真似事」と嘲笑った貴族たちはシチューを飲むたびに、自分たちが蓄えてきた魔力と若さを失う。みるみるうちに老人へと姿を変えていった。
ヴェルデ王国の国王夫妻が泥にまみれ、ジャガイモの皮を争う家畜へと成り下がった光景を、後方に控えていた貴族たちは顔を真っ青にして見守っていた。
王宮でフロラベルを「馬鹿な女」「公爵家の面汚し」と嘲笑い、婚約破棄の際にはジェラルドに加担して拍手喝采を送った者たちだ。
「皆様の番です……お隠れになっていないでこちらへいらっしゃい」
フロラベルが扇を広げ、優雅に手招きをする。アーレイが指を鳴らすと逃げ出そうとしていた貴族たちの足元から、鋭いトゲを持つ逃げ場なしの荊棘が爆発的に伸び、首元を優しく締め上げた。
「な、何をする!私は伯爵だ!帝国と王国の外交問題にするつもりか!」
「お許しを!私は貴女の味方でした。あの時は周りに流されただけで……!」
醜い言い訳が飛び交う中、フロラベルは用意していた真実の雫を霧吹きで彼らに振りかけた。
「外交問題?……滅びゆく国に権利があるとお思いで?皆様が贅沢に耽っている間に領民たちは草の根を齧っていたと聞いております」
雫を浴びた貴族たちの豪華な絹の服が、音を立ててボロ布へと変わっていく。
それだけではない。隠し持っていた宝石や金貨は魔力によって重たい石ころへと変質した。
「重たいでしょう?貴方たちが踏みにじってきた者たちの怨念の重さです」
震える貴族たちを見下ろし、凛とした声で宣言した。
「皆様に警告を。帝国、私の庭において血筋や家柄は何の価値もありません。価値があるのは土を愛し、命を育てる意志があるかどうか。それだけです」
杖を一突きすると地面から巨大な拡声の喇叭花が咲き誇った声は国境を越え、祖国の残党貴族たちすべてに響き渡る。
「追放し、嘲笑った皆様へ。今すぐ傲慢な首を垂れ、奪ったものを民に返しなさい。さもなければ貴方たちの領地にあるすべての植物が敵となります」
「な……植物が敵になるだと!?馬鹿な!」
「お試しになります?明日の朝、貴方たちのベッドから食卓まですべての植物が牙を剥くことになりますけどね?」
背後で世界樹が呼応するように激しく輝く。圧倒的な魔力の奔流を前に貴族たちは腰を抜かし、その場に平伏した。
追放令嬢と呼べる者は一人もいない。彼女は、大地そのものを支配する緑の支配者となったのだから。
「陛下。手が綺麗すぎますね」
「そうだな。騎士団、こいつらを北の開拓地へ運べ。国王夫妻と共に一日二十時間の農作業をプレゼントしてやれ」
アーレイに貴族たちは悲鳴を上げたが、影の騎士団に引きずられて暗闇へと消えていった。
王族や家長たちが断罪され、北のジャガイモ畑へ送られた後。国境近くの簡易テントでは、事態を飲み込めていない元高位貴族の令嬢たちが集まっていた。
学園でフロラベルを取り囲み「臭いわね」「土臭い」「野暮ったい」と嘲笑しながら、扇で口元を隠してヒソヒソ話をしていた取り巻き連中。
「ありえないわ……お父様が連行されるなんて」
「でも見て!帝国の騎士様たち、とても素敵じゃない?」
「そうよ!私たちの美貌なら帝国の貴族に見初められるはず。フロラベルのような土いじりの女より、華やかですもの!」
リーダー格のベラ嬢が泥で汚れたドレスを必死に整えながら、声を張り上げる。




