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夢見の良い枕  作者: 劇鼠らてこ
後章
54/59

52話 『アダムを唆したのは蛇、イヴを唆したのは林檎』


「大戦ってなんなんだ? チラホラ話に出てくるけど」

「大規模な魔獣の大群が攻めてくる時の事よ。 直近のは70年前と40年前ね」


 ミルト嬢とフレイを見送った後。

 空気を読んで水流操作? を解除したロザリアは、つまらなそうな表情で紅茶を啜っていた。

 何がそんなに退屈なのかと問えば、「年増が傷心とか、見ていて面白い事ある?」だそうな。 なんでそんな当たりキツイんだよ。


「なんで攻めてくるんだ? というか、魔獣ってなんなんだ?」

「簡単に言えば白血球よ。 異常に増えた人間を摘み取るための浄化装置。 英雄って呼ばれる人間が多く生まれると、魔獣も沢山生まれるの」

「……逆じゃないのか?」

「原因はあくまで人間よ。 今の時代も結構危ないかもね。 バグ的な人間が多いと大戦が起こりやすいから……ユリアなんかはその最たる例ね」


 とても軽い口調で、そんなことを宣うロザリア。

 衝撃の事実だが、確かにそれがわかっても人間にはどうする事もできない。

 分かった所で意味の無い情報。 なるほど、軽い情報だ。


「使役される使い魔はまた違うけどねー。 あの猫ちゃんとか、私が砕いた鳥とか」

「そうだ、あの猫だよ。 結局なんなんだ、あの猫とエリザ嬢の繋がりって」

「だから、それは猫ちゃんがアンタで寝た時に見せてもらいなさい。 私は小動物には優しいのよ」

「……俺も小動物感」

「ない」


 ないらしい。


「……それ抜きにしても、つまんなそうだなお前。 一応最終局面的なノリじゃないのか? 俺はほぼ何もできないから実感は無いんだが」

「四天王の最初の1人の間違いじゃない? あんなの小物よ小物。 ジェシカ・ライカップなんて小娘も小娘でしょ。 それより、ワタシが帰って来た時の事考えた方がいいんじゃない?」

「……お前の本体か」


 目の前にいる精神体ロザリアの本体。

 本人とでも呼べばいいのだろうか、今はエリィクロスに行っている魔法使い。

 エリザ嬢を虜にしようとしていた。 そして、それを俺が意図せずとも阻み、更にはフランツと共に在ることをエリザ嬢自身が決意した。

 確かに一波乱どころではない騒ぎになりそうだ。


「我が儘で欲張りの権化。 化け物よ。 今はボーイミーツガールしてるエリザもフランツも、ただのマジックアイテムの1つでしかないアンタも、アレの前には手も足も出ないでしょうね」

「お前さんは止めちゃくれんのか?」

「むしろ内部から侵食するわよ。 私はロザリアなんだから。 ま、役目を十分に果たせなかった私なんて、ぱぱっと消去されるのでしょうけど」

「……良く平気でいられるな、お前」

「迎合するだけだし?」


 自分が誰かの複製体で、近くない将来自分が消滅すると知っていて……よくもまぁ、と思わないでもないが、こいつにとっては普通なのだろう。

 ま、俺だって同じだし。


「それよりほら……エリザ達、動くみたいよ」

「ん。 ……しかしミルト嬢に投げつけられた時のあの高揚感は一体……」

「まくら投げ用枕としての血が騒いだんじゃない?」


 まくら投げ用枕だったのか俺。








「……ご迷惑をおかけしました、エリザ様、フランツ殿下。 そして、フレイ」

「何事も無くてよかったですの。 とはいえまだ病み上がり? なのですから、先にシャルルー家に戻っていても……」

「いえ! この失態はすぐにでも取り戻さなければいけません。 ……それに、万一お母様が私と同じような状態になっていた時……正気を取り戻せるのは、私であると思いますから」

「あ……お兄様や、ユリアも……」

「急ごう、エリザ。 みんなで無事に朝を迎えよう」


 先程までしていた戦闘音がしない。

 それはつまり、そういう事なのだろう。

 無論最悪の可能性――その命が尽きているという可能性もあるが、ミルト・シャルルーを心的外傷以外は無傷で放置した事からその線は薄い。

 とはいえいつ敵が心変わりして眠っている彼ら彼女らに牙を剥かんとも限らない。


「ペイティ、ユリア達の場所はわかりますの?」

「勿論、そこのおばさんとミルト様が眠っている時に捕捉しておきました! 場所は学園北中央、階層は3階ですねー! 侍女長だけでなく、他の皆さんの心音も散らばっていますが捕捉してます~!」

「……僕のガーデンがある場所だね。 ……全く、勝手に踏み入るなんて……」


 ミルトとフレイがペイティの聴力に驚愕しているが、エリザにとってはそれなりに慣れた事である。 フランツはその鋼の精神力で、一々驚いていては時間の無駄だと割り切っている。


「一番近いのは、どこですの?」

「正門入ってすぐ、ミカルス様ですね。 寝息が聞こえるので、状況も同じかと」

「エリザ様、私とフレイでミカルス様を取り押さえます。 その隙に」

「はいですの。 では――突入ですの!」










『ローレイエル? あー、公爵サマなんだ。 そりゃオレらと違うわけだな』


 家の肩書きが大嫌いだった。

 努力して掴んだ結果も、苦心して手に入れた仲間も、全て家の力だと言われるから。

 公爵家という名前の力は強く、大きい。 ましてや父親が軍団長で母親が商会長ともなれば、僕に逆らおうとする奴が居なくなるのも当然の事だった。

 それが嫌だった。

 もっと高め合う仲間が欲しかった。 負けて悔しいという思いが欲しかった。

 けど、悲しい事に僕の身体能力は周囲と隔絶した差を持っていて、僕の努力は悉くが実ってしまった。 無論努力に手を抜いた事は一度も無いけれど、それでも同じ訓練を経た奴らと僕の実力差が開いてしまうのは、とても悲しい事だった。


『あーあ、いいよなぁ。 剣も座学も出来て、更には女からもモテモテ。 さぞかしいい気分なんだろうな、黄昏の王子様はよー』

『……そんなこと、ないさ』

『いやいや、良い気分でいてくれよ。 でないと俺達が居たたたまれなくなっちまうって! ハハハ!』


 物語に準えて、そして僕の金髪を見てか『黄昏の王子様』なんてあだ名が付いて、僕は一層隔離された。

 なまじ、周囲の仲間達が良い奴らだった事が僕をさらに苦しめたんだ。

 ただ妬むだけの奴らだったらどんなに良かっただろう。 やっかみを付けて、突っかかってくるだけの奴らだったら、こんなに苦しくは無かったはずだ。

 けれど奴らは、いつでも朗らかに笑って僕と一緒にいた。

 

『ようミカルス! 飯、食いに行こうぜ!』

『なんだよミカルス、今日ぐらい付き合えって! なんてったって、この俺がお前に一撃入れた記念日だぜ?』

『黄昏の王子様ー! 俺にも女を分けてくれー!』


 傲慢な願いだろう。

 自分の力がもっと無ければよかった、なんて。

 仲間の性格がもっと悪ければよかった、なんて。

 誰にも聞かせられない、自分の根底にある歪みきった願い。


 それを唯一察して理解してくれたのが、彼女だった。


『……孤独なんですね。 わかります……私も、同じですから』


 サマエラ。

 サマエラ=サターナー。

 彼女は学園に於いて、神才と呼ばれる程突出した頭脳の持ち主だった。


『張り合う相手が欲しいという愚かな願い。 満ち足りたお友達さえいなければよかったという下劣な願い。 なんでもわかってしまうから、誰も私をわかってくれない』


 彼女は学園と言う場所に身を置きながらも、教わる相手がいないという苦しみを味わっていた。 その上で友が居ないわけではなく、皆の人気者だった。

 僕と同じだ、と思った。


『ねぇ、黄昏の王子様』

『なんだい、神才のお姫様』


『――傷の舐め合いをしましょう』


 それが、彼女との始まり。

 家族以外の全てが灰色だった僕の世界に罅を――否、傷をつけた彼女の一撃。

 それから僕達は互いを傷付けあって、互いの傷を舐め合った。


 僕は騎士団長に出会って漸く自身の伸び代を見つけ、サマエラはシオン商会長……つまり、僕の母親と会って新しい扉を開いた。

 その頃には傷の舐め合いをしなくても、互いが互いを好きになっていたんだ。


『妹さんの事、大事なのね』

『あぁ……大切な宝物だよ』

『じゃあ、私は?』


『――最愛の半身さ』


 身を重ねる事も多々あった。

 でも、それをしなくともお互いが傍にいれば心地良かった。

 

 なのに――。


『……さよなら、ミカルス』

『……サマエラ?』

『私、あなたの事……ずっと嫌いだったのよ』


 サマエラの、首が、










「わーお。 これは赤裸々ねー。 ていうかミカルスってこんな悩み抱えてたんだ。 中二病じゃない? コレ」

「なまじっか実力があったから厄介だな。 中二病は本来自分の至らなさで自覚するもんなんだが」

「しっかし記憶改竄するにしたって最後のは無理矢理すぎよねぇ。 それでコロっと騙されるミカルスもミカルスだけど」

「そんだけ愛してた、って事だろ? けど不味くないか、これ。 エリザ嬢が介入できる余地がない」

「そうねー。 このサマエラって人がいないと無理気味ねー。 っていうかサターナーってどっかで聞いたことあるような……」

「……あれ、じゃあ私がここに来た意味は……」

「すまんが無いぞ、エリザ嬢」

「起きてサマエラさん呼んできてね、エリザ」









「サマエラ=サターナー? ……サターナーという名前は知っているよ」

「本当ですの!? どこにいるんですの!?」

「宰相の名前がサターナーなんだよ。 けど、何処に住んでいるかまでは……」


「ッ! 誰ですか! そこにいるのは!」


「あら、見つかってしまいましたか。 矢張り武というのはよくわかりませんね。 とはいえ、状況的に好都合かしら? 初めまして、皆さま。 私の名はサマエラ。 サマエラ=サターナーといいます。 ご主人様の張った結界に、私の愛しの王子様が巻き込まれたのを知覚して、居ても立ってもいられず急行してしまいました。 それで、王子様を掬う手立ては……その枕ですね。 では、失礼して……」

「ちょ、ま、」

「おやすみなさいませ」











「ほほう、これはこれは。 眠った先の夢に、ここまではっきりと自意識を保てる空間があろうとは思いませんでした。 さらには人間1人と不思議生物一匹、そして私の彼氏が雁字搦め。 状況を察するに、私があの人の目を覚ましてあげればいいのですね?」


 現実の世界でも半ば無理矢理眠った女は、夢世界に来ても強引に話しを進めようとしていた。

 色素とかどうなってんだと突っ込まざるを得ない真赤な髪に、薄い糸目。

 物腰は柔らかいが雰囲気は異様。 ロザリアとも違う、何か異質な雰囲気を放っている。

 コイツがミカルスの恋人、サマエラ。


「……あーっ!! サターナー!! 大蛇サターナー!!」

「おやおや……いつぞやの魔法使いの小娘ではありませんか。 いえ、精神体ですか? 肉体を捨てたのですか、それはそれは。 やーいこの亡霊」

「うるっさいわ! 今本体がいないだけだっつーの! そんなことより、あんたこーんな若造捕まえて青春してんの!? 歳考えろ糞ババア!!」


 大蛇。

 もしや、遥か昔に英雄に封印されたっていう大蛇の魔物?

 倒しきれなくて、封印するしかなかった、っていう。


「確かにソレは私ですね。 この小娘でも私の肌に傷一つ付ける事が出来なかった程、恐らく生物としては完成された存在です。 あと、アナタに糞ババア呼ばわりされる筋合いは有りませんね糞ババア」

「本気出してないだけわ! 何よその身体! いい歳こいてキャラメイクした挙句遥か年下ゲットしてあんあんパンパンしてるとか吐き気がするわ!」


 どうやら旧知の仲のような2人。

 しかし、なんだ。

 ミカルスが可哀そうじゃないか。

 夢を見た限り、ミカルスは本気であんたに恋していたようだったのに。


「それこそ失礼ですよ、不思議生物さん。 私は今までの生の中では一番と言い切れるほどの愛をミカルスに向けています。 はっきり言って結婚したい。 共に老いて、静かな老後生活を過ごしたいと思うほどには愛しています」

「んじゃ、とっととミカルスを起こしてやれよ。 今もアンタが死んだと思って苦しんでるからよ」

「ええ、そうさせてもらいます。 ……それと、枕さん」

「ん?」

「『お前が生まれ変わるまで、白雉の名を轟かせ続けてやる。 ざまぁ見晒せこの阿呆(あほう)!』だ、そうです」


 それでは、と言ってミカルスに抱き着くサマエラ。

 ブゥン、とスクリーンが灯る。










「さぁ、起きてください。 アナタが一番知っているでしょう、私が死ぬはずない、等と言う事は」


 知っている。

 けれど、僕はそれが怖い。

 僕では釣り合わないのではないかと言う事が。

 僕では対等足り得ないのではないかという事実が。


「そうですね。 あなたがその才を余すことなく使い、血の滲む努力を重ねて今を掴みとったのに対し、私は膨大な年月と膨大な外付けによって得た神才。 どのように足並みを揃えようとも、私とあなたでは経験が違い過ぎる」


 僕は恐ろしかった。

 君が死ぬ夢を見せられた時、在り得ないと思うよりも先に、よかったという感情が出てきたことが。

 あぁ、サマエラも……僕と同じように死ぬんだなと、安堵した事が。


「なるほど。 それは想定外でした。 なるほど、なるほど……確かに、このままいけばアナタが死んだ後も私は生き続けるでしょう。 私は蛇。 赤い蛇。 英雄の封印も、小娘の使役も簡単に跳ねのけられる。 そんな私は、確かに死なないでしょう」


 僕は恐怖している。

 君より先に死ぬと言う事ではなく、君と僕が同じように死んでくれないという事に。

 僕は君に死んで欲しいんだ。 僕と一緒に、老いるだけではなく死んで欲しい。

 僕の死後、他の男を見て欲しくない。 僕の事を思いだして偲んでほしくない。 

 始まりは違うかもしれないけど、終わりは一緒が良い。


「あらあら、我が儘だこと……。 それで、あなたが起きない理由は?」


 サマエラが死んだ夢の中で、僕も死ぬ。

 起きて絶望するくらいなら、眠ったまま希望に溺れたい。

 ここは夢の中。 夢の中なら、君は死ぬんだろう?


「――それは、なんともまぁ……見縊られた物ですね、私も。 大蛇サターナーが首を縊られたくらいで死ぬと?」


 そんなはずはない。

 あの魔物は埒外の怪物であり、例えその外皮を剥がしたとしても再生し続ける。

 殺すのならば、その存在を諸共消滅させなければ叶わないだろう。


「ええ。 ですからほら……見なさい」



『……さよなら、ミカルス』

『……サマエラ?』

『私、あなたの事……ずっと嫌いだったのよ』


 サマエラの首が、落ちた。


『傷の舐め合いは、裏を返せば同族嫌悪。 あなたも感じていたでしょう? 自らの領域に足を踏み入れんとする侵入者の居心地の悪さを』


 落ちた首は、しかし一滴の血も流さず……ニヤリと笑いながら、喋り続ける。


『だから、さようなら。 今まではお互いがお互いを好きだと思い込んでいたから、例え上の存在を見つけても共に在れた。 けれど、嫌いなら一緒にいる必要はない。 違う?』


 首の無い胴が首を拾う。

 まるで人形の首の様にそれをくっつけ、サマエラは美しく嗤う。

 不明をひけらかす僕を嘲う。


『使い魔の力を自らの力だと思い込んだ、どこまでも強欲な少女が私の元に来たわ。 その子は本物の王子様を我が物にしたいそうよ。 ふふ、面白そうね。 国家転覆……久しぶりに、沢山食べられそう』


 突き放す言葉を放ったのに、彼女は僕の身体にしなだれかかる。

 大蛇の様に、その身を絡ませてくる。 踠く僕を、締め付ける。

 

「ねぇミカルス。 私は大蛇。 大蛇サターナー。 宰相も私の駒……この意味、わかるわよね」


『すでにこの国は私の手中にあるの。 蛇だから、手は飾りだけどね?』


「真綿のよう、なんて言わないわ。 締める時は、一気に締め付ける」


『ねぇミカルス。 この巨悪を倒すのは、どんな駒が対等だと思う?』


「騎士団副長? 公爵家長男? 兄馬鹿シスコン男?」


『違うでしょう、ミカルス』


「あなたは英雄……物語の再臨。 黄昏の王子様よ」


『私と釣り合うのはその存在だけ。 もしアナタが、彼ら(・・)を越えられたら……その時は、一緒に死にましょう。 わかるでしょう?』


「張り合う相手がいないのは、寂しいのよ」




「『傷の舐め合いをしましょう?』」










「……こっわ」

「ああいうのを悪女っていうのよ。 どう? アレに比べたら、どれほど私が純粋な存在かわかったでしょ?」

「いやどっちもどっちだろ」


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