51話 『眠り姫にキスを。 しかしやるのは王子ではなく侍女』
ちょっと長いです。
そこは戦場、そう表するほかに言葉が見つからない程の戦場だった。
恐らく学園の正門にあったのであろう噴水は半壊し、十字に伸びるストリートもボコボコと穴が開いている。
学園長の像か、それとも創設者の像か。 腹から上が砕けて何者かさえわからなくなった石像とその台が、静かにその場の荒々しさを表していた。
「……おかしいですね。 先程まで戦闘音がしていたのに……誰もいない?」
「生物の気配がしません。 いえ……植物さえも……?」
フレイとペイティが警戒を最大に上げて告げる。
誰もいない、というのはおかしな話だ。
けれど、この場にはこの空間の感覚を覚えている者が2人いた。
「この感覚は……!」
「フランツ、ペイティ、フレイさん! 枕さんに触れるですの!」
エリザの言葉に3人がエリザの持つ枕に触れる。
すると、ぐにゃぁ! と景色が歪んだ。 その引き攣りに堪えられなかった景色にひびが入り、ばらばらと崩れていく。
罅の向こうに広がるのは真っ暗な空間。
だがそれも束の間で、その空間もまたぴしりぴしりと罅割れて、白い空間が顔を覗かせた。
一瞬、ペイティとフレイの視界に手を振る女と白い枕が映るが、直後に視界が一転。
いつの間にかへたり込んでいたらしい己の身体を即座に叩き動かし、周囲を見る。
すると同じように座り込み、しかしフランツによって身体を支えられているエリザの姿が目に入った。
「ッ……今のは……?」
「……なんだか覚えのあるような……」
先程と同じ場所。
壊れた箇所も、荒れた地面も同じ。 だけど、先程と違って生命の気配で溢れていた。
「今のは夢だよ。 それも悪夢の方だ。 僕はもう何度も体験している……」
「枕さんが温かくなってくれましたので……フランツを呼び覚ました時と同じように、一瞬でも枕さんに触れて枕さんの夢を経由すれば、私達も目覚めるのではないかと思ったんんですの」
正解だ、とでも言うかのようにエリザの抱える枕が温もりを発する。
フレイはそれを見て驚いたように目を剥き、ペイティは喉に小骨が引っかかったような表情をした。
結界か、はたまた別のプロセスがあるのかはわからない。
わからないが、この敷地に入った途端4人は眠らされ、あの空間に入りかけた、という事なのだろう。
「なぁお!」
「あ……あなたはあちらの世界にいなかったようですけれど……」
「なぅ! なーぉ、にぁ!」
「……言葉は流石にわかりませんのね」
「……にゃー」
改めて周りを見渡す4人。
ペイティでなくともドゴンドゴンと大きな音が聞こえるが、ここではなさそうだ。
ならばその音の発生源へ、と4人が向かおうとしたとき、エリザは見てしまった。
即座にフランツがその目を隠そうと前に出るが、見紛うはずもない。
「ミ……ミルト、さん……?」
先程の夢の中にはいなかった……壊れた台座に凭れ掛かるようにして目を瞑る、1人の少女。
まるで永久に眠っているように、ピクリとも動かないその少女に。
一番激しく反応したのは、
「お嬢様!?」
シャルルー家が侍女頭、フレイ・オレイユだった。
普段の彼女を知る者が見れば驚きに目を白黒させるだろう程に焦った様子の彼女は、恐らく彼女が出せる最速のスピードを持って少女に近づく。
少なくとも敵地であるココでその判断は油断以外の何物でもないが、同時に何かあっても即座に対処できるのはフレイ・オレイユだけであるのも事実。 場数という点で、この場にいる誰よりも経験を積んでいるのだから、たとえ冷静になってから誰が行くのかを決めたとしても的確な人選だったのだろう。
だが、今回ばかりは誰が来ても一緒だった。
「ガッ!?」
先程まで人形のように動かなかった少女の手が、スッと……いつの間にかと表現するしかない程の速度でフレイの首を掴みあげたのだ。
身長差ゆえに持ち上げるまではいかなが、ハーフエルフの皮膚を掴んでいるとは思えない……少女の握力では考えられない程の食い込みを見せる指先が、深く深くフレイの首筋を抉っていく。
その間、わずか3秒ほど。
そしてそれを見て、最も早く動いたのは――、
「えい、ですの!!」
我らが公爵令嬢、エリザ・ローレイエルである。
彼女は抱きしめていたソレ……つまり真白の枕の耳を持ち、オーバースローで思いっきり少女へ向かって投げつけた。 くるくると回転しながら、しかし絶妙な軌道を描いて少女へ直撃する枕。
瞬間、少女の全身の力が抜ける。
「ぅ、げほっ……く……油断しました……!」
「つらいなら休んでますか? もう歳でしょうし、おばさんに夜はキツいんですよ」
「……異常事態に際して真っ先に動いたのがあなたではなくエリザ様だった、という点からみて、あなた程度の小娘に殿下達は任せられませんから」
「異常事態に陥ったのは元々おばさんのミスですけどねぇ~」
直撃したといっても氷の華が咲いたり燃え上がったりしたわけではない。
柔らかな枕が顔にあたった少女はだらりと四肢を投げ出し、そのまま眠りについたのだ。
自身の従者と公爵家の従者が言い争うのを子守唄にしていたかはわからないが、少女の意識はすぅっ、と闇の中へ落ちて行った。
「……よくも、よくもフレイを!! 殺してやる……殺してやるッ!! この――」
「&%%&流水拘束&%$%」
「あぁっ!?」
この世界へ現れた瞬間にロザリアへと組み付き、その首を掴んだ少女……ミルト嬢を、冷静沈着にロザリアが魔法で拘束する。 水の鞭みたいな物を何本か取り出し、それをミルト嬢に巻き付けたのだ。
うむ……エロいな。
「あぁ!! 離せ、離せェ!!」
しかし拘束されてなおミルト嬢は暴れ続ける。
憎しみで目の前が見えていない、という感じだ。
「コレ、どういう事だ? ミルト嬢がここまで口汚く罵るなんて想像つかなかったんだが」
「大方フレイが目の前で殺される夢でも見たんでしょ。 あぁ、見せられたっていうべきかしら。 フランツがやられた奴の過激なver.ね。 精神破壊を恐れない強引な記憶転換で憎悪を膨れ上がらせた、って所かしら。 ま、それも魅了の使い方の1つよね」
「……どうすれば戻る?」
ミルト嬢は大粒の涙を流しながら、しかし底冷えするような殺意を持って俺達を睨んできている。 目線で人を殺せるのなら俺達は100回くらい死んでいそうだ。 人じゃないけど。
「んー……まぁ幸せな夢を見せてやって軌道修正するのが良いんだろうけど、アンタ夢の見せ方とかわからないでしょ? まぁ無難なのはフレイ・オレイユを呼び込む事かしらねぇ」
「……どうやって」
「フレイ・オレイユが眠るの待ちね。 こっちからはどうしようもないわ」
どうしようもない。
酷な事だが、しかしその通りだ。
俺からあっちへ干渉できる事なんて温度操作くらいだし、強いて言えばモールス信号でも送ればいいのだろうが俺の解るモールス信号がこの世界で伝わるわけもなし。
まぁ何か伝わればいいかなーと温かくなったり冷たくなったりを繰り返してみる。
『……枕さん? どうかしましたの……?』
『エリザ様、その、お嬢様は……?』
『今僕達の仲間が彼女を助けようとしているんだ。 枕君、こちらで僕達に出来る事はないだろうか』
「フレイ・オレイユを寝かせてくれ」
「聞こえるワケないでしょ」
ですよねー。
『……フレイさん、この枕で眠って欲しいですの。 その間の護衛はペイティと猫さんに任せて』
「伝わった!?」
「おー……もしやシオンが覚醒し始めてる? 受け継ぐ前から覚醒するなんて聞いた事ないけど……でも今のは多分というか確実に『直感』よねぇ」
「おお、何か知らんがエリザ嬢すげぇ!」
『……それが、お嬢様を救う手立てになるんですね』
『はいですの。 夢の中に私達の仲間がいますの。 その2人の言葉に従ってください』
『夢の中……と。 なるほどこれはマジックアイテムでしたか……。 わかりました。 それでは小娘……ペイティ。 そして猫さん。 殿下とエリザ様の事、頼みましたよ』
『とっとと行ってきやがれです~。 ミルト様はともかくおばさんはずっと眠ったままでも構いませんが』
『なぁう!』
『……減らず口を。 はぁ……あら、とても柔らかくて……あたた、か……』
ふ、俺の眠らせ力は世界一ィィィイイイ!!
「一名様ご案なーい、って?」
「だな。 よ、フレイ・オレイユ」
「……ここは」
タイムラグ無く、寝付いた瞬間にこの世界で目を覚ますフレイ・オレイユに声を掛ける。
フレイ・オレイユの夢を見るのも楽しみっちゃ楽しみだったが、今はそんな時間は無い。 さっさとミルト嬢を起こしてもらうとしよう。
「離せ! 離せ、離せ!! 殺してやる……絶対に、絶対に!! フレイを返せ!!」
「! お嬢様!?」
未だ悪態を吐いて暴れようともがくミルト嬢。 しかしロザリアの拘束は非常に硬く、自傷すら出来ない程に拘束している。
さてそんな様子を見たなんだかんだ言ってミルトお嬢様スキーっぽい侍女が見たらどうなるか。
「――ロザリア貴様、覚悟は……!!」
「あー、いいからそういう勘違い。 エリザから聞いたでしょ? 私達は外で待ってるエリザ達の仲間。 で、ミルト・シャルルーが悪夢に捉われているからアンタに助けを乞うたの。 理解できた? 把握できた?」
煽るように捲し立てるロザリア。
なんだ、他の奴らと比べて(こいつの人間関係などほぼ知らないが)大分とげとげしいというか……。
「私年増には興味ないのよ」
なーる。
「……失礼、取り乱しました。 それで、私は何をすればいいのでしょうか。 お嬢様を救う術をご教授ください、ロザリア=クロス・クロイツ・クロワ・クローチェ・クロチフィッソ様」
「ね? 年増って面倒でしょ?」
「いいから教えてやってくれよ。 後俺は年上のお姉さん好きなんだよ」
「ひくわー」
年上、というレベルではないかもしれないがね!
いやまぁ俺も覚えている限りの享年は40越えてたような気がするからそうでもないのか?
「ま、いいわ。 よく聞きなさい。 今ミルト・シャルルーはアンタが殺される夢か何かを見て狂乱状態に陥っている。 このまま起こしても何も変わらないから、段階的に事を進めなさい。 1段階目はまず気を鎮めさせること。 アンタが覚えている限りで、アンタとミルト・シャルルーの楽しかった思い出なんかを思い出させればいいわ。 2段階目にアンタを認識させる事。 いっぱい話しかけてやって、なんなら頬でも引っぱたいてやりなさい。 そうしてアンタを認識させたら、最後。 最終段階は……そうね、自分で考えなさい」
「えぇ!? そこ一番大事だろ!」
「ヒントは上げるわ。 驚かせればいいの。 覚醒を促しなさい」
そこまで言い切るとロザリアはティーチェアーに座り、紅茶を啜り始める。
もう後は知らない、という感じだ。 事実そうなのだろう。
「あー……まぁ、そんな感じで頼む。 あ、思い出させるってのはあそこに浮いてる白い壁に集中してくれりゃいい。 記憶の再生が始まるから」
「……わかりました」
そう言うとフレイ・オレイユは今もなお暴れ続けているミルト嬢の元に歩んでいき……その身を抱きしめる。 そのまま目を瞑った。
ブゥン、という音と共に、スクリーンに映像が映し出され始めた。
楽しい思い出、と言われた。 それを思い出せ、と言われた。
しかし困った事に、この身はお嬢様が生まれた時から厳しさを前提にしてきたが故に……彼女を叱ったり、怒ったり嗜めたり……とかく褒めた記憶、と言うのが無い。
『フレイ、フレイ! 見てください、私も木を斬れました!』
『では次の目標は岩ですね』
『……え、あ……はい、わかりました……。 ……ちょっとくらい褒めてくれたって……』
『この程度で喜んでいる様ではディニテ様越えは愚か、リーフデ様の足元にすら及ばないでしょうね』
『……ぅ。 がんばります……』
私自身は、褒められて育ってきた。
オレイユ家に生まれた鬼才と持て囃され、9つの時にはもう家を継ぐなどという話さえ見えていた。 大戦さえなければ事実継いでいただろうし、もし継いでいなくとも私の才能を周りが褒め称えていただろう。
私は鼻高々になっていて、だから分を弁えずにただ街娘の身で戦場へ行って……大けがを負って、生死を彷徨った。
あの時、丁度馬車が……当時宮廷魔法使いとして王宮に身を置いていたシャフト・ランキュニアー様の乗る馬車が通りかからなければ、私は野犬の餌にでもなっていただろう。
私は自らがハーフエルフで、たかがハーフエルフと言う身で、ハイエルフたるランキュニアー様には絶対に適わない存在だという事を思い知った。 そしてその上で、彼女の元に集まった精鋭兵士と会って……積み上げてきた自尊心がバラバラになって崩れ落ちた。
『……力はここで打ち止めですね。 リーフデ様の様な剛も、ディニテ様の様な鋭もお嬢様には無理でしょう』
『……そん、な……。 い、いえ! まだやれます! 続けますから!』
『才能の話です。 あなたには力を付けると言う訓練が合っていない。 お嬢様は流……受け流す技が一番でしょう』
『……ッ! なら……フレイの持っている流の技術、全てください!』
褒められて育った私は非常に脆かった。
根元が弱いまま伸びた木は、簡単に折れてしまうのだ。
エルフの血というものは普通の人間に比べれば凄まじい物で、身体能力のほぼすべてを底上げする。 感覚器も人間のソレの数倍、数十倍になり、そして人間には感知し得ない魔力という存在をも見る事が出来る。
それを以てしても敵わない存在。
私の味わった絶望を、お嬢様にも味わってほしいとは思えなかった。
事実私は一度完全に折れて戦場から身を引き、『堕ちてきた』というシャイニングスター・シルバーアイズ様のお世話役なんて立場にハマってしまったのだから。
色濃いエルフの血を引く当主が、ハーフエルフとはいえどこの者とも知れない小僧のお世話役。 その屈辱はランキュニアー様に命じられた物だとしても耐え難かったし、外聞も酷い物だった。 私の次の当主がすぐに決まってしまうくらいには。
シルバーアイズ様が大戦を終わらせた事でその醜聞は鳴りを潜め、むしろコネが出来たと親戚筋が喜んだりもしたが、それでも一部の純血派の者達は様々な嫌がらせをしてきた。
『何を泣いているんですか。 夕食の時間ですが?』
『うっ……だって、私は悪くないですもん……わるく、ないですもん……』
『はぁ。 そうですか。 お嬢様が悪い悪くないはおいておくとしても、泣き喚いて無為の時間を過ごすのは低俗な行為ですね。 下劣、と言っても良いですが』
『……なんでそんな酷い事言うんですかぁ……!』
『涙を流しても良い事など起きないからです。 せいぜい、料理長の作った料理が冷めるくらいですかね。 ほら、なんと非道な行為でしょうか』
シルバーアイズ様が独り立ちし、私はお役御免。 当主の座も追いだされていた私は家に帰る事も出来ず、惰性のままランキュニアー様の元で過ごしていた。
しかしそれも束の間で、ランキュニアー様がシルバーアイズ様に仕事を放り投げて、晴れて私は自由の身。 自由と言う名の、伝手が何もない1人の小娘になったのだ。
そんな私を拾ってくれたのが、シルバーアイズ様と同じく大戦終結に多大なる功績を遺した2人の子供の内の1人。 ディニテ・シャルルー様。
15歳という若さで獅子奮迅の働きを見せたディニテ様とアトゥー様は、それぞれ伯爵号をリロイ様より賜った。 その後の働き等によってアトゥー様……ローレイエル家は伯爵から公爵へと上がったのだが、私には関係の無い話。
とかく貴族になったディニテ様が身の回りの世話をする家令を欲し、丁度良く転がっていたのがシルバーアイズ様のお世話をしていた私だったと言う事。
そこから私はシャルルー家の侍女長、侍女頭として働く事になった。
『フレイ、あなたは何故シャルルー家に仕えたのですか?』
『実家に勘当された所をディニテ様に拾っていただいたのです。 ここまで長い付き合いになるとは思っていませんでしたが』
『勘当って……フレイが、ですか?』
『ええ。 私は失敗を犯し、故に弾かれました』
ディニテ様とリーフデ様が結婚するまではほぼ付きっ切りでディニテ様のお世話をした。
存外ずぼらで、危なっかしいディニテ様のお世話は思ったより楽しかったし、シャルルー家がオレイユ家との関係をほとんどもっていないエルフの血筋だった事が、私へのストレスを大分軽減してくれていた。 エルフという物に理解があって、尚且つ私の事を1人の侍女として扱ってくれるシャルルー家は貴重な存在だったのだ。
そしてディニテ様が大戦の功績と騎士団での功績を合わせ、アトゥー様と並んで双肩・双璧などという様に呼ばれ始めた頃。
実家……オレイユ家からというよりは、恐らく純血派の一部の面々から手紙が届いた。
内容は『オレイユ家とシャルルー家の繋がりを作りたいから帰ってこい』という物。
純血派は腐っても純血派……つまりその身に宿すエルフの血がとても濃いので、相手にエルフの血がどれほど混じっているのかがわかる。
ディニテ様はクォーター程のエルフであり、本来は純血派が嫌う薄さなのだが、その功績は目に余ったのだろう。
つまりディニテ様に男児を生んでもらい、私とくっつける事で……血の統合を測ろうとした、と言う事だろう。 歳の差というもの以前に、命を血の濃度でしかみていない純血派らしい考え方だ。
『……フレイは、オレイユ家に帰りたい……ですか?』
『特には。 ……なんですか? 安心したような顔をして』
『いえ……よかった、って思ってしまいまして』
『はぁ。 どうでもいいですが、手が止まっています。 護身の技術も大事ですが、勉学を疎かにする者は他人に相手にすらされませんよ』
『はい。 すみません。 続けます』
この手紙を見て、ディニテ様は……あろうことか、私を引き連れてオレイユ家に殴り込みに行った。
比喩ではなく、本当に殴り込みに行ったのだ。
細剣を使うが故に鋭の動きしか出来ないと思われがちのディニテ様だが、やはりエルフらしく普通に殴っても強い。 大戦の経験から見切りの技術は相当だし、なにより幼少から’’あの’’アトゥー・ローレイエル様と研鑽してきたディニテ様は、本当に強かった。
私であれば長期戦なら五分に持ち込めるかもしれないが、短期決戦で来られれば負けてしまうだろうその強さは畏怖の対象で、当然私よりも弱い純血派なんて生まれたての小鹿のようだった。
そしてディニテ様は当時の純血派の筆頭に細剣を向け、
『私の身体も、夫も、子供も、血も、家も、侍女も……あぁ、もう! 兎に角シャルルー家に属した時点で全部私の物よ! その汚い手で触れて見なさい! その手と首を切り離して、心臓を一突きにしてやるわ!』
そう叫んだのだ。
まだ落ち着きの無い頃ゆえの行動、と括るには余りにもな行動だが、これを機にとオレイユ家当主……つまり私の次代の当主が純血派を粛清。 事はあまり荒立つことなく鎮静化した。
次代の当主はエルフの血から見る力の発現はほとんどなかったものの、策略や知略に長ける策士で、恐らく手紙の件からディニテ様が乗りこんでくる事まで読んでいたのだろう。
シャルルー家が被害を蒙ることは一切なく、オレイユ家が私を勘当したという事実も無くしたうえで自由を渡され、事は終わった。
まさかオレイユ家の者から「あぁ、たまには家に寄って行ってくださいよ、姉さん」なんて言われる日が来るとは思わなかった。 そう、次代の当主は私が大戦に行った後に生まれた弟だったのだ。
『……』
『……』
『……ふふ』
『? お嬢様、勉学の最中に……何か笑い事でもありましたか?』
『いえ……嬉しくて』
『はぁ……?』
ディニテ様とリーフデ様が結婚できる年齢になり、身内だけの挙式……特別枠にアトゥー様も呼び、2人が正式に結ばれてからも私は侍女頭を続けた。 辞める理由がなかっただけでなく、続ける理由が沢山あったからだ。
そして2人の間に子供が……ミルト様が生まれた。
純血派からの嫌がらせは欠片も無く、穏やかな日々だった。
少々父親になるには性格に問題があったと言わざるを得ないリーフデ様の行動だけが心残りだったが、接する時はしっかり父親らしい姿を見せることが出来ていたのには驚いたものだ。
両親ともに戦闘者で、母親が国を守る双璧と言う事をしれば、たとえ娘とてそういう事に興味が出るのは当たり前。
公務で忙しいディニテ様。 滅多に帰ってこないリーフデ様。
必然、ミルト様のお世話を任された私は、自分の様にならないように厳しくしつけた。
『何がそんなに嬉しいので?』
『その……こんな事を言ったらフレイも困るだろうし、お母様も悲しむかもしれないのですけれど……』
『はぁ』
『私、フレイの事……もう1人のお母様か、年の離れたお姉様だと思っているんです。 だから……こうして、一緒の空間で……一緒にいられる事が、嬉しくて』
厳しくした。
嫌われても構わないと思って、叱り続けた。
冷めた態度を取ったし、泣いているお嬢様を甘やかす事はしなかった。
けれど。
「……お嬢様。 ミルトお嬢様。 いいえ……ミルト」
「!」
ミルト様は、そんな私を家族だと。
こんな中途半端に生きてきて、中途半端な経験をさせたくないからと自身の理想を押し付けた最低の存在を、家族だと。
そう言ってくれた。
「私はね、ミルト。 私自身がとっても嫌いだったのよ。 嫌いで、嫌いで……こんな自分は死んだ方がマシだ、って……。 あの大戦で、死んでいた方が良かったんだー、って何度も思ったわ」
「……ぁ」
何が鬼才だ。 何が歴代一の当主だ。
褒められて周囲を省みず、結果全てを失ったただの小娘。
なのに周囲の暖かさと運に恵まれて、自身の努力もないままに日常を享受している愚か者。
あの大戦で死んでいった精鋭たち。 あの中には、例えエルフの血など引いていなくとも……有能で、優秀で、人々のためになる存在が沢山いたはずだ。
もし私の命で1人の精鋭が助かったのなら、今までの私は嬉々としてこれを差しだしていただろう。
「でも、ディニテ様が私の命をご自身の物だと言ってくれて。 リーフデ様が、私が居なくなったら寂しいと言ってくれて」
「……ふれい?」
あぁ、この腕の中にいる子のなんと儚い事か。
同時に、その存在のなんと心強い事か。
なんと――愛おしい事か。
「ミルト。 あなたが私を家族だと言ってくれた事――本当に、」
嬉しかったのよ、と。
彼女の唇に、キスを落とした。
親愛のキス。 母が子にする、大切なキスだ。
「え」
「さぁ、ミルト。 お友達が、そして私達が守るべき殿下が外であなたを心配しています。 騎士団を目指す者として、いつまでも眠りこけている場合ではありません!」
「え、え、え!」
いつの間にかミルトを縛っていた水流は解けていた。
ロザリア=クロス・クロイツ・クロワ・クローチェ・クロチフィッソ。
あの者が何故ここにいるのか。 何が目的なのか。 気にはなる。
なるが、いま大事なのはただ一つ。
「さぁ、目を覚ましなさい! 寝坊しようものなら――尻を叩きます!!」
「お、起きます!!」
使い古された罰。
実際にやったのなんて片手で数える程しかないのに、余程堪えていたらしい。
真っ暗な空間にぴしりぴしりと罅が入る。
ロザリアの足元で白い枕がその耳を振っていたのが目に入って――、
「……!」
「お、起きました!! 起きましたから!!」
私達は、目を覚ました。
ミルト嬢&フレイ回でした




