50話 『微睡の心地良さは安楽と共に』
後章、はっじまるよー。
誰だコイツ感酷いかと思いますが、そういう効果です。
目を覚ました。
覚ましたが、目を覚ますには外が暗すぎる事に最初に気が付いた。
だからもう1度眠ろうと身を捩り、横に眠っている人物を見て――、
「きゃっ!?」
短く、小さな悲鳴がでた。
自らの金髪とはまた違う、赤味のある金髪。
端正な顔立ちはいつもの様な笑顔とも、最近まで自らに向けていた顰め面とも違う、とても穏やかな色をしている。
そしてその双眸が、ゆっくりと開いた。
「……エリ、ザ……」
恋に恋をしていた。
その上でその恋を断ち切り、なおも手に入れる事を決めた。
つまり、どこまで行っても自分はこの男性が好きなのだ。
顔も、声も、性格も、その魂も。
そんな大好きな男性に。 諦めたフリをして、でも結局あきらめきれなかったその唇に。
名前を呼ばれようものなら、ましてやこの至近距離で呼ばれようものなら。
「フランツ……」
自分から彼を抱きしめに行ってしまっても、仕方がない事だろう。
淑女らしくない。 公爵令嬢としてはしたない。
でも、今はそんなことは関係ない。
「……エリザ」
そして彼もまた、自らを抱きしめ返してくれた。
温かい体温が服越しに伝わる。
抱き着き、抱きしめ、そして顔を見合わせる。
恐らく今の自分はこれでもかというほどに蕩けきった顔をしているのだろう。
だって、目の前のフランツもまたその顔をしているから。
言葉はいらない。
ゆっくりと、その唇を――、
「にゃぁ~」
フランツはびっくりして止めかけたが、エリザは無視してその唇を奪った。
いつまでも大人しい令嬢でいると思ったら大間違いですの。
だが、頭を置いた枕が急激に冷たくなったことを受けて、ディープなキッスは出来ずに終わった。
というより、今の状況を思い出した。
「えと……その、おはようですの、フランツ」
「あ、あぁ……おはよう、エリザ」
「なぉ」
今回も記憶はしっかり残っていた。
紅茶というきっかけがなくとも、しっかりと。
ではフランツはどうだろうか。
「……覚えているよ。 夢の中の出来事。 そして、今までの出来事も……。 やっと、自分の言葉でエリザと話せているんだ」
「フランツ……」
晴れやかな顔で言うフランツ。
フランツも自分も学園の制服のままで、自分に至っては化粧も落としていない。
それでも、このまま今の幸せを噛みしめようと、
「にゃぁ!」
抗議の声を受けた。
そうでしたの。 今ユリア達が大変かもしれないのに、私はなんてはしたないことを……。 もしやコレが枕さんの影響?
枕が熱くなる。
違うと言いたいのだろう。
「エリザ。 僕も君と沢山話したいことがある。 けれど、今はみんなが優先だ。 全ては僕が原因で、僕に起因することは分かっている。 だけど……」
「わかっていますの。 まず現状を確認しましょう」
布団を押し上げ、ベッドを出る。
……私、フランツと一緒のベッドで寝ていたんですのね……。
その事実に頬がポッと赤くなるが、今はそんな場合ではない。
「……そういえば、僕の思考がここまですっきりしているのは……君が何かをしてくれたからかい?」
そう言いながら群青と白色の猫を優しく抱き上げるフランツ。
だが、猫はふるふると首を左右に振った。
「なぅ」
そして右前脚でフランツ自身を指す。
「フランツが自分で振りほどいた、という事ですのね」
「なぁ」
今度は首を縦に。
とてつもなく賢い子猫だ。
「エリザ。 君はこの枕君を持って行ってくれ。 僕自身は、多少なりとも護身の心得がある」
「枕君……あ、いえ。 なんでもないですの。 わかりましたの」
あの空間でこそ「枕さん」という呼び方に違和感の無かった自分であるが、こうして目の前で「枕君」という呼び方をされる枕を見ると、なんとも思考に空白が出来る。
とはいえ他に呼び方も無い。 枕さん、枕君。 ようは枕であればいいのだから。
「にゃっ」
「あぁ、ロザリアが言ってましたわね……。 あなたも戦えるのでしたか」
「にゃうっ!」
えへん、という表情で鳴く猫は愛らしく、フランツの腕の中からすとんと降りて、ドアの前に立った。
先導してくれる、という事だろう。
「……フランツ。 もう、離れませんのよ」
「エリザ……。 ああ、この1年……全ての想いを、君に注ぐ。 行こう」
そうして、私達は夜の闇へと身を投じたのだった。
「……あまぁ」
「ねぇこれ苦行? なに、無欲の苦行?」
そんなラブラブを見せつけられ続ける枕内部。
目を閉じる、なんて機能のついていない枕(そもそも目がない)は、強制的に外の光景・音・その他諸々を取得する。 同一存在であるロザリアもまた、この光景を見なければならない。
「つか、やけに甘々しすぎねぇ? というかエリザ嬢暴走してねぇ?」
「……ま、これが本来の『夢見枕』の効力よ。 その10分の1にもなってないけど」
「何? ……まさか、お前魅了を……」
「違う違う。 あのね、アンタはここを無意識空間だって認識してたみたいだけど……もっと正確に言うなら、ここは深層空間なの。 この暗闇は深層意識の海よ。 誰が来てもここに繋がるのはそのせい。 で、ここでやった事、思った事は150%くらいで現実にフィードバックするの。 無意識とかそんなちゃちなレベルじゃないわ。 文字通り心を操るのよ」
枕が出したままの紅茶を手に取り、飲みながら話すロザリア。
零れる事は無く、そして紅茶が尽きる事も無い。
「つーまーりーっ、ここで告白して、ここで好意を確認して、あまつさえキスをしたんだから……元々経験の乏しいエリザのフランツへの気持ちはそりゃあもう膨れ上がった、ってワケ」
「……だから暴走気味なのか」
「勿論フランツも同じだけど、アイツは凄まじい自制心を持っているから……溢れ出る気持ちを抑えて行動しているのだと思うわ。 猫ちゃんは精神構造が違うから影響はないと思うけどねー」
ローレイエル家の静かな廊下を慎重に進む2人と1匹。
その2人の内1人、エリザに抱きしめられているから、いつもの全方向の視界はほとんどエリザの見ている物と同じなっていると言っても良いだろう。
視点の高さこそ圧倒的に違うが。
「しっかし……ボタン1つで灯りが付けらんねーってのは、やっぱ怖いもんだな」
「あー、アンタの住んでたとこじゃそうだろうけれど、エリザ達にとっては普通よ。 私なら夜目が効くし。 安心を求めて光を増やし、光に包まれ過ぎて光が無いと恐怖するって、本末転倒よね」
「そして光が手放せなくなる……か」
暗い廊下を、しかし2人は確かな足取りで進む。 猫に先導され、そして入口側のバルコニーまで辿り着いた。 カーテン越しに漏れる月明かりが美しい。 今日は満月だ。
『エリザ。 聞こえるかい?』
『はいですの。 ……ペイティと……フレイさん、ですの』
『ペイティは君の侍女だったね。 それにフレイか……』
『なぁう』
現実世界の2人の会話。
よくぞ一国の王子がたかだか公爵家と伯爵家の侍女の名前を知っていたものだ。
「ペイティは古株だし、フレイは元王宮勤めだからねぇ。 呉俊のお世話役がフレイ・オレイユよ?」
「シルバーアイズの? それ、何年前の話だよ」
「60年くらい前ね」
「……エルフって……」
「フレイはハーフエルフらしいわよ? 本人がひけらかさないからあまり知られていないみたいだけれど」
「彼女は魔法は?」
「この世界の住人よ、フレイは」
恐る恐る、現実世界の2人がカーテンを開けた。
バルコニーには何もない。
だが、玄関先に……メラメラと、明るい光が揺れているのがわかった。
『……ん? お嬢様?』
『……これは、エリザ様。 そしてフランツ殿下も……お早いお目覚めですね』
2人がバルコニーの手すりへ駆け寄ると、階下――つまり玄関前には大きな火が。
正確には、焚火が。
少しだけ煤汚れたペイティと、一切の汚れが見られないフレイが向かい合って玄関前を陣取っている様だった。
『ペイティ! 無事ですの!?』
『あ、はい。 このおばさんが存外使えたので……お二人が目を覚ますまで、警戒を続けていました~』
『シャルルー家の者を学園の方へ走らせています。 ですが、ここで待てとは言いません。 向うのであれば、私達もまた護衛に付く事になります』
『……お願いしてもいいかな。 王子として、シャルルー家への依頼という形で』
『あぁ、いえ……シャイニングスター・シルバーアイズ様から直々に依頼を受けておりますので、あなたは何も支払わなくとも大丈夫です』
『じゃあ事が終わったら、僕個人からお礼をするとしよう。 僕の勝手でね』
フレイが「シャイニングスター・シルバーアイズ」と言った辺りでブホッとロザリアが吹いた。 そのまま腹を抱えて笑う。
強く生きろ、シルバーアイズ。
『……なるほど。 おはようございます、フランツ・アイガム殿下』
『あぁ、心配をかけたね、フレイ。 迷惑をかけたとは言わないでおくよ?』
『何を今更。 ですが、まぁお帰りなさいと言っておきましょうか。 坊ちゃま』
『ぼ、坊ちゃま!? フランツが……』
『あぁ、エリザ。 彼女は僕が幼い頃、よく王宮に来ていたんだよ。 父上に会いにね。 まぁ今はおいておこうか。 エリザ、手を』
『? はい、ですの』
枕を左腕に抱き、右手を差し出すエリザ嬢。
その手を引き、フランツがエリザ嬢を抱きしめた。
そしてバルコニーの手すりに足を掛け、ってオイ!
『フレイ、ペイティ!』
『ひゃぁっ!?』
次の瞬間、2人はフレイとペイティに受け止められていた。
……この2人を信頼しての事なのかもしれんが、無茶をし過ぎだろう。
「そお? 大胆でいいじゃない。 エリザも驚いて悲鳴を上げただけで、怖かったわけじゃないみたいよ?」
「……はぁ」
『……おや。 エリザ様、何故枕をお持ちに……?』
『あぁ、例のやわらか枕……。 精神安定剤の代わりですか~?』
『少々事情があってね。 この枕君は、現状の僕らに欠かせない仲間、とだけ言っておこう』
『『枕君……?』』
どうやら仲間認定されたらしい。
だけど、どうなんだろうな。
洗脳もどきが解けた今、もうあの2人に俺は必要ないんじゃないかとは思ってしまうんだが。
「それはあの2人次第ねー。 アンタの事をただの道具として見ていればそうだろうし、人間として見ていればそんなの関係ないでしょ。 あ、またあっちの『夢見枕』を使われた時のためのエリクシール的な役割を期待されてるのかも?」
「……使うべき時に使わないアイテムなんざゴミ同然って……誰かが言ってたが、その通り結局死蔵されるような事にならない事を願うね」
「それ、前の奥さんの言葉だったり?」
「そこまで覚えてねぇ」
学園からここまで来た時と同じように、フランツをフレイが、エリザ嬢をペイティが抱き抱える。 そのまま電車かと思うようなスピードで走り始めた。
焚火はいつの間にか消えていた。
「さっきフレイが消してたわよ。 足で」
「エルフって……」
確かに抱えられて一方向の視界が封じられているとはいえ……いや、考えまい。
『あ、そういえばお父様は……』
『アトゥー様は戻ってきてないですぅ~。 ……旦那様であれば、後れを取る事なんかないと思いますけどねぇ~』
『……そうですのね』
憐れ、そういえば扱いのアトゥー。
それだけ信頼されてる、って事だろうけど。
『……いえ、どうやらそう上手くはいかないようです』
『!? どこからっ……囲まれてますぅ!?』
電灯や街灯があるわけでもない夜の街。
俺には全く見えないのだが、オレイユ2人組は何かを感じ取ったらしい。
『……相当な手練れ。 とはいえ、敵意が感じられませんね……』
『……あれ? なんだか、聞いた事の或る心音が……』
「心音!?」
「引くわー……私でも引くわ。 何心音って。 耳がいいってレベルじゃないわよそれ」
ふ、と。
それなりの速度ではしる2人の横に、1つの大きな影が現れた。 同じ速度で並走しているのだ。
『……王子誘拐。 この件の実行犯で間違いないな?』
『えっ……お、お父様?』
『……エリザ。 些か速すぎるぞ。 もっと軍団長らしい事をさせてくれ……』
『これは、ローレイエル公爵。 その誘拐事件は誤報です。 この通り、僕は自らの意思でここにいますから』
『ふん、エリザを散々傷つけた者が何を今更……と言いたいところだが、エリザの眼を見ればわかる。 エリザがお前を選んだのだというのなら、俺に言う事は無い』
『お父様! さびしいのをフランツに当てるのはやめてください!』
『ぶふっ』
あ、ペイティが吹いた。
それでも一切姿勢を崩さない辺り、相当な足腰だ。
『……ペイティ。 あとで仕置きだな……』
『ええっ!? お、お嬢様ぁ~!』
『ペイティに当たるのもダメですの!』
『なぁお!!』
夜の街に響き渡るコントをしていると、先導していた猫が声を上げた。
注視してみれば、夜の闇以上の闇色のナニカがぶくぶくと膨れ上がってきている。
『魔物だな。 二隊、三隊は側面に当たれ! 四、五、六隊は市街地へ散開! 一匹残らず仕留めろ! ルーノ! 一隊を率いて俺についてこい! 先行する!』
『……おう』
ぬぅっと走る5人の左後方からアトゥーよりも更に身長の高い……スキンヘッドでめちゃくちゃ怖い顔の男が前に出てきた。 怖ぇよ。
確かエリザ嬢とユリアの出会いの記憶で見た、ユリアの父ちゃん。
ルーノ・リトレット。
『殿下、屋根を行きます。 口を閉じていてください』
『エリザ様も!』
返事を聞かないままに飛びあがる2人。
軽い足取りで屋根に降り立つと、勢いを殺さずにまた走り始めた。
前方右下の視界に凄まじい勢いで闇へと突っ込むアトゥーの姿が見えた。
「この世界の住人にとって、私や呉俊、ラン婆にジェシカ・ライカップみたいなのをチートって呼ぶのよ。 この世界に無い事象を操れる、外付けの不正行為。 で、アトゥーやユリアみたいなのはバグっていうの。 この世界の住人のくせに、ただただ単純に強い存在ね」
「俺は?」
「よくて外部メモリーじゃない?」
なるほど、チートになり得ないな、それは。
『……枕さん、見えてますの? これが私達の国ですの……全部が終わったら、今度はお昼に……明るい時に、見せて上げますの』
『エリザ様?』
確かに、この暗い夜の海では景色も減ったくれも無かった。
一応光の灯っている場所はあれど、本当にポツポツとだ。
それよりも、エリザ嬢が俺を気遣ってくれているのが結構嬉しい。
「このエロ枕め……」
「今俺疾しい事全く考えてなかっただろ!?」
「羨ましいっつってんのよ。 言わせんな恥ずかしい」
「じゃ言うなよ……」
ロザリアはほんとに……。
『もうすぐ学園です。 ……戦闘音が聞こえますね』
『エリザ様……戦場を見るのは、平気ですか?』
『大丈夫ですの。 私達を守る為に戦ってくれているんですもの……それで気絶なんて、しませんのよ』
『ふふ、エリザは強くなったね……。 フレイ、ペイティ。 もしもの時は頼むよ』
『勿論です』
そして、戦場へと辿り着いた。
これから枕で共に眠る度に糖度が増して行きます。
『夢見枕』の使い方としては半分正解ですね!




