第16話 悩める思いは湯けむりと共に
前回以上にシリアスで申し訳ありません!
でも人生楽ありゃ苦労ある…ですよね?
月明かりと電灯に照らされた夜道を歩きながら制服姿の女子高生は考える。
少し…言い過ぎちゃったかな…。
せっかく遊びにも誘ってもらえたのに。
帰り際のリオンのうなだれた様子が目に浮かぶ。
ごめんなさい、リオンさん…
と心の中で遥は謝罪する。
でも、あんなことは言って欲しくなかった、ユーマさんを罵倒するようなことは…。
私は好きだった、あの店が、あの人たちが…
時々もめても最後は笑う、そんな彼らが家族みたいで好きだった。
それに自分のことも家族みたいに扱ってくれることが何より嬉しかった。
自分にはもう、そんな家族はいないから…。
正確にはお父さんとお母さんがいないから。
随分と前に両親とは離れ離れになってしまった。
思えばその発端はさっきのような悪口から始まって、気付いた時には修復不可能な溝ができていた。
そして、2人は……。
だからかもしれない思わず声を荒げてしまったのは。
何気ない一言が何かを奪うことを知っていたから。
それにリオンさんは一度自分と同じ思いをしているのに、と思ったから。
彼も両親では苦労しているようだったし、悩んでもいた。
だからこそ相談に乗ろうとした。
それなのに…
そこで彼女の脳裏にリオンのはじけるような笑顔がふと浮かぶ。
冗談を言った後の彼の無邪気な顔だ。
…いや、悪気はなかったのかも、きっとそうだ。
やっぱり明日、ちゃんと謝らないと…。
でも、許してくれるかな…?
彼女は重い足取りで帰路についた。
◆◇◆
気づけば遥は家の前にいた。
【山川】の表札がある郵便受けを確認する。
お目当ての手紙があるはずもなく彼女は落胆した。
しかしいつまでも暗い顔をしているわけにはいかない。
そう思ってアパートの階段を昇りながらなんとか笑顔をつくり、自宅の鍵を開けて中に入る。
ガチャ
「ただいまー」
「あ、ねーちゃん、おかえりー!」
トタタタ…と足音を響かせて小学5年生の弟、翔太が元気な声で出迎えにきた。
「ハル姉おつかれさま~おフロ空いてるよ」
続いて中学2年の妹の未来も顔を出す。
未来にありがとう、と返すと制服をハンガーに吊るして脱衣所へと向かった。
彼女は小さな幸せを噛みしめるかのように丁寧に弟が脱ぎ散らかしたであろう衣服を畳む。
これが私の家族、大事な大事な私の家族。
元気で明るい弟の翔太、そして大人しいけど優しい妹の未来
…後は生活費にとお金を送ってくる後見人の祖父母はいるが、両親の一件以来顔を合わせてくれない。
きっと引け目を感じているのだろう。
…そしてやっぱり今日も両親はここにはいない。
体を流し、湯船に浸かった彼女はさして高くもない天井を眺め、ため息をついた。
◆◇◆
同時刻 栄林庵
時を同じくしてこちらでも風呂場でため息をつく人物がいた。
いや、二匹がいた。
「「ハァ~…」」
大きめの湯船に2人で浸かるユーマとリオンである。
濡れた金髪頭と黒髪頭が仲良くうなだれていた。
「なんでリオンがため息をつくんだ」
「それはこっちのセリフだっつの…」
彼らは互いに指摘する。
お互いがお互いのため息の理由を知らないようである。
「リオンは絶好調じゃないのか…?…うまくいったみたいだし…」
そういうのは気絶から回復したユーマだ。
「そーでもねーからテンション下がってんだよ…」
と呆れ気味にリオンが返す。
確かにそうだと思ったユーマは何かあったのか(自分の気絶中に)と訊く。
するとリオンは一瞬迷ったようだったがポツリと言った。
「なんか…遥のコト、怒らせちまったみてーなんだ…」
不審に思ったユーマはなぜ?と質問する。
「いや、オマエが気絶したじゃん?それをちょっと笑ったら急に…」
彼は何かを思い出したように一度身震いした。
そして、オレもうあがるわ、と言って先に風呂場から出て行った。
「せいぜい茹でダコになんなよ」
そんな言葉にユーマは大きなお世話だと言い返した。
湯船にはユーマだけが残った。
◆◇◆
うーん、とユーマは考える。
お湯の中で考える。
彼女が僕の為に怒ったというのはうれしくもあったがそれ以上に妙だった。
なぜなら彼女が怒る姿を想像できなかったからだ。
なにせ僕の知る限りでは遥さんはうるさい女性客にクレームをつけられた時ですら、笑顔で対応していた。
そんな彼女がリオンに対して怒った?
しかも僕が気絶したのを笑った程度で?
しかしさっきの彼の反応を見る限り冗談ではなさそうだ。
いったいリオンが何を言ったのかは知らないが、彼女が怒る理由としてありそうなのは…
ふいに僕は面接時に受け取った彼女の資料を思い出す。
詳しい経緯は知らないが遥さんには両親がいない。
そういえば遥さんがこの店に応募した理由もそれだったっけ。つまりは生活費を稼ぐため。
だが、いくらリオンでもそんなことを笑いのネタにはしないだろう。
それにおそらくこの事情を彼は知らないだろうし…。
やっぱりリオンにもう一度訊いてみよう。
そう思って僕も浴槽から上がり、軽くシャワーを浴びると風呂場をでた。
後には皆の思惑を体現するかのように湯気だけがゆらゆらと渦巻いていた。




