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異世界で薬師になりました。――薬草と魔法と、ときどき恋。  作者: SETO
第1章「薬師見習い、はじめました!」

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1話 薬師になってみませんか?



ここはどこかな…

ぼーっとした感覚でなんだかふわふわさまよっている感じ


「痛みは感じませんか?」


不思議な声が聞こえた。不思議っていうのは、ただ何となくそう感じた。ふわっとしてて優しい響きを持った声で、近くからなのか遠くからなのかよくわからない…


私…どこにいるんだろう…なんだか…体も動いているのかわからない…

それから…周りが何となく見えるような感じがしてきた…少しずつ…ふわふわした感覚はまだ残っているけど


少しずつ感覚がはっきりしてきた

それから周りが見えてきたと思ったら…真っ白い世界にふわふわ自分が漂っていて…


え、あれ…体がない?…何この状態…???

なんか、見えてるんだけど、何かおかしい…見えてるけど…自分の身体が見えない?


「痛みはありませんか?」


もう一度声が聞こえた。今度はさっきよりも近くに感じる。

誰かいるのかな…


声が聞こえたほうに意識を向けると、金色の光が見えた。

その光の中には…うっすらと人の形が見える…

その金色の光がもっと近づいてきて、その光の中にきれいな女性が立っているのがわかった。


「あ、はい…私…どうなっちゃってるのか…ここってどこなんです?なんで私ここにいるの?」


「痛みは…ないようですね?」


「あ、はい。えっと…あ、私事故にあったんじゃ…あ、でも痛くないけど…」


「あなたは若くしてあなたの世界で事故に遭遇してしまいました。」


「事故…あ!私、大学へ行く途中で…」


あ…音を、目の前に迫る車を…思い出した…

タイヤの擦れる音や、だれかの叫び声…ぶつかった大きな衝撃…その後のことは…わからない…


「痛く…ない…です。」


「そうですか。」


その声には安堵の響きがあった。私を気遣うようなそんな感覚が伝わってくる。


「まだお若いあなたには、薬師の適性がとても高く、またその素質がとても高いのです。私の治める世界で、薬師として過ごしてみませんか?」


「薬師…?あ、そうだった…私…医学生だったんだ…医師になって病気の人達を助けたいなって思ってたんだっけ…」


医大生の時の記憶がよみがえってきた。分厚い重い本を開いて、何度も覚えようと読みなおしたり、かき出したり、試験前の勉強だったり…そういえば、医学書って高かったよな…しかもすんごい重たかった…よくあんな重たい本を何冊も抱えて大学行ってたよ…


「私、医者になって病気の人たちを助けたかったんです…」


勉強についていくのも、毎日たくさんの本を抱えて大学に行くのも大変だった。自分がちゃんと医者になれるのか、って不安に思う時もあった。それでも医者になりたい、って思ってた。


「はい。あなたの志も、学ぶ素質も、努力を続けられるところも、素晴らしいと思います。その力を、私の世界で生かしてみませんか?」


「そんなことできるの…?」


「あなたが望めば、です。」


金色の光に包まれた女性は、穏やかに、優しく答えてくれた。


「我々は本人の同意がないと、魂を別の界へ移すことはできないのです。我々ができることは、このように案内をすることなのです。」


勝手にどっか連れていかれるってわけじゃないんだ…断わったらどうなるんだろう?


「あの、もし行きたくない、って言ったらどうなるんですか?」


「別の界への移動はありません。そのまま、元の世界で、次の転生を待つことになります。何年後なのか、なん百年後なのか、あるいは転生せずにずっととどまるのか、それは、あなたの世界の神が決めることなのです。」


ずーっとこのフワフワの状態なのかな…それはちょっと…


「待つ時間が長い、と感じることはありません。このような界にいるとだんだん意識が薄れ何も持たない状態になるだけですよ。転生がおこるときには、また別の新しい生が始まる、それだけです。」


え、何もなくなっちゃうの?そういうものなのかな…


「あ、えっと、私自身はもう…死んじゃったんですか?」


金色の光の女性はさみしそうな笑みを浮かべたような気がした。


「はい。すでにあなたの魂は元の世界の地上を離れています。」


そか…そうなんだ…自分はもう死んでしまったんだ…痛みがないから、他人事みたいだったけど。

でも、その女性の言葉で、自分はもう、あの世界のあの場所に帰れないのだと、分かってしまった。


「そっか…私、事故でもう死んじゃったんだね。…お父さんお母さん…ごめんね…妹の…あれ、名前が…」


名前を呼ぼうとして出てこなかった。顔を思い浮かべようとしたら、いつも家族で食事をとっていたはずなのに、何も…浮かばない。

お父さん、お母さん…いたはずの妹…思い出せない。

涙がこみ上げる。流れているのかわからないけど、自分が泣いている、ってわかった。


「名前も、顔も…家族の顔も、思い出せないんです。」


「あなたの魂は元の世界の地上とは離れてしまいました。知識の記憶は残りますが、この魂導の界に来た魂は、元の世界の生き物との関係が切れてしまうのです。」


「つながりが切れる……」


「はい。もし、あなたが元の世界で転生を待つことを望むのなら、あなたの魂はその世界に戻りますが、一度切れた地上とのつながりは戻りません。新しい魂として静かに転生を待つことになります。そしてこの魂導の界には、すべての魂が来るわけではないのです。他の界への適性がある魂のみが、ここにやってきます。」


適性って…医者になる勉強してたから、薬師の適性、ってことだっけ?


「はい、そうです。あなたには、薬師となる適性、そして、私の世界でおそらく幸せをつかむことができる力もあるでしょう。」


「幸せに?でもいろんなことを思い出せなくなってしまうのに?」


「はい。元の世界の人との関係やつながりを思い出すことはできませんが、学んだ知識や経験の記憶は残ります。」


この女性の言っていることがフッとわかった気がした。…小さな頃、家に帰れば安心できたことや、食卓で笑っていろんな話をして楽しかったことや、受験の時に頑張った自分のことや、妹と一緒に大笑いしたことや…顔も…名前も思い出せないけれど…楽しかったこと、家族と手をつないだとき、手があたたかかったこと、大切にしてもらって…その記憶は私の中にある…


「全部…なくなってしまったわけじゃない…」


「はい。」


金色の女性は静かに私の気持ちが静まるのをまってくれているようだった。


「あの…神様…なんですか?」


「はい。これからあなたにご案内したい世界を治めています。私の治める世界で生きてみませんか?」


新しい世界、この、優しい女神様が治める世界…幸せになれるって、そう言ってた。私のこれまでの知識が役に立つかも…薬師…すごく面白そう…


「あの、どんな世界なんでしょうか?」


「そうですね…。自然が豊かで、魔法も存在します。人が自然と共存して過ごしています。」


「魔法!」


「暮らしに使う設備は、あなたの元の世界と同じ程度に整っています。ただし、その仕組みは異なります。」


「お風呂とか…トイレとか?」


「えぇ、ありますよ。」


女神様は少し微笑んでいた。だって…やっぱりトイレとお風呂はね…知識を持ってるならなおさら昔風のトイレはちょっと無理だと思っちゃったんです。


「人のほかにも、動物やさまざまな生き物がいます。生き物は皆、多少なりとも魔力を持っています。あなたも、私の世界へ移れば、魔力が発現します。」


「私も魔法を使える?!」


「はい。日々の暮らしに必要な魔法はすぐ使えるようになりますよ。」


え、あの、なんか呪文を唱えたら、水がぴゅーとか、指先に火がポッとともるとか、ああいうのかな?


「そうなんですね。新しい世界か…いってみたいかも、でもそっちの世界のこと何も知らないし、何も知らない場所で暮らせるのかなって……」


転生で赤ちゃんからなら、っていうのならその世界のことを知りながら成長できるけど…女神様の話だと、赤ちゃんからやり直すわけじゃなさそうだよね。…いきなり大人の状態でその世界に連れていかれて、いろいろ困るようだとやっぱり心配だし…


「そうですね。今あなたは元の世界で20歳でしたね。そのうちの5年分の時間を頂き、それを私の世界の基本知識に代えて転移しましょう。あなたは新しい世界で15歳となります。」


「え、15歳?!」


15歳って、あの15歳?思春期真っただ中の?受験で大変だった、あの15歳~~~???うっわ、なんかめっちゃ恥ずかしい…

何か…女神様がクスクスと笑っているような気がするのは気のせいなんだろうか…


「私の世界では、15歳で成人です。自立、という意味では、あなたの世界の成人と同じと思っていただければよいでしょう。寿命は、あなたの元の世界と近いものです。」


「15歳で成人なんですね。それなら…いいか…」


「はい。15歳の祝福の儀で、皆が幸せに暮らせるよう祝福を授けています。あなたも15歳として世界に転移していただきますので、他の皆と同じように祝福を授けますよ。」


「えっと、ありがとうございます?」


やっぱり、女神様はクスクス笑っている気がする。私の気のせいかな~。


「あ、あの、基本知識をいただけるっていうことですが、薬のことも基本知識としていただけるんですか?」


「いいえ。お渡しするのは、暮らしていくための基本です。薬師としての知識と技術は、あなた自身で学んでください。そして、あなたの元の世界の知識も、将来きっとお役に立つものとなるでしょう。」


うん、まぁ、そうだよね。最初から知識どーーーん、って頭に入っちゃうより、自分で探していくのも楽しいかな。15歳か~、ちょっと可愛かったりするのかな?私いま、身体ないもんね。魂だけみたいだし。


「あ、あの~~~その~~~、私の外見って…どうなるんでしょう?」


あ~~~、絶対女神様、笑ってる。クスクスじゃない、絶対違う。満面笑顔じゃないのよぉ~~~。だって、女子だったら気になるでしょ?美少女…とかじゃなくてもよいけど、それなりに可愛いほうがいいよね。ほら、そこらへんはね?女子のあこがれっていうかさ…


「好ましい外見になりますよ。転移を受けていただいた方が幸せになれる要素をしっかり持っている、それが魂導の界に来られた方を異界に移動させる条件でもあります。概ね、素敵な外見となるでしょう。」


「え…待って、概ねって…そうじゃないこともあるってこと?」


「そうですね…稀に…ごく稀にですが、その、好ましい外見を希望されない方もおられます。静かに一人でゆっくり世界に貢献したい、という方もいらっしゃいますので、その場合はその方のご希望を優先しております。」


「あ、そういうことなんですね。わかりました。あ、それで、その、女神様の世界に着いたら、私はどうすればいいんですか?」


「転移を希望した方には、私の神殿へ降りていただきます。司教にあなたの適性を神託として伝えますので、適性に合うギルドへ案内してもらえるでしょう。」


「ギルド!」


うわぁ…異世界の響きがビシビシしてきたぁ~~~~!

医学生だった私への適性ギルドってどこだろ?薬師って言ってたから、薬師ギルド?


「薬師のギルドって、病院みたいなところですか?」


「薬師ギルドです。残念ながら、あなたの目指していた医師と同じ職業は、この世界にはありません。」


医者はないのか…ちょっと寂しい気がするな。


「ですが、あなたの学んだ知識を生かせる仕事です。どうか、新しい世界でも学び、その知識を人々のために役立ててください。」


「私、まだ学生だったので、勉強途中で知識は不十分なんですが。」


「えぇ、それでよいのですよ。」


「知らないことも多いし…」


「だからこそです。わたしの世界でのことを知り、これからも学んでいくことができますよ。」


そうだ、私、新しいことをいろいろ調べたり、知ったり、学んでいくことも好きだったんだ。


「向こうで……私の知っている医療に近いことも、できるようになりますか?」


「あなたが考えているようなことはおそらく今はできないでしょう。」


「今は?」


「それはあなた次第ですよ。」


優しい声だった。約束はない、けれど駄目だとも言われなかった。

私次第。

それなら、行ってから考えてみてもいいのかもしれない。

知らない世界の人の身体も、薬も、何もわからない。

元の世界で習ったことが、そのまま使えるとは限らない。

でも、やってみたい!


「……行きたいです。」


言ってからもう一度言った。


「神様の世界で、薬師を目指してみたいです」


「わかりました。」


白い空間がゆっくりと明るくなった。

もともと白かった空間がさらに明るくなる。

身体はないのに、まぶしい、という感覚はあるらしい。


「神殿につく頃には、新しい世界で暮らすための基本的な知識が定着するでしょう。今後については、薬師ギルドが指南してくれますよ。」


「それなら、……ちょっとは安心です」


住む場所も、仕事も、何から何まで、自分ひとりで探さなくていい。

それだけで、ずいぶん違う。


「これからのあなたの人生が、良きものになりますように」


強い光が、近づいてきた。

どこかにひかれていく感じがする。


あ、待って。まだ女神様にお礼を言っていない。


「女神様、ありがーーー」


最後まで言えなかった。

白い光が私を包み込んだ。




魂の珠が消えた空間に、静かな声が残った。


「ほんの少しですが……皆への祝福とは別に、わたくしの加護を添えましたよ」


その言葉は、もう彼女には届かない。


「素敵な人生を歩んでくださいね」



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