第3話「白銀の城塞と温かな毛布」
ルミアが次に目を覚ましたとき、視界いっぱいに広がっていたのは見たこともないほど豪華な天蓋だった。
淡い水色の絹糸で刺繍が施された布が、柔らかな光を透かして揺れている。
自分の身体が、雲のようにふかふかとした寝具に沈み込んでいることに彼女は気づいた。
『ここは……どこ』
ゆっくりと身を起こした。
泥まみれだったはずの服は、肌触りの良い純白の寝衣に着せ替えられていた。
髪からは甘い花の香りが漂い、指先のひび割れや身体のあちこちにあった鈍い痛みも、嘘のように消え去っている。
部屋の隅にある暖炉では火がパチパチとはぜており、室内は春のように暖かかった。
窓の外には、見渡す限りの銀世界が広がっている。
雪が音もなく降り積もる景色を見て、ルミアは自分が遠い北の地へ連れてこられたのだと悟った。
突然、部屋の重厚な扉が静かに開いた。
入ってきたのは、漆黒の髪を無造作に束ねたイリスだった。
彼女の手には、湯気を立てる銀の盆が握られている。
「目が覚めたか。気分はどうだ」
イリスはベッドの脇に置かれた椅子に腰を下ろし、盆を小さなテーブルに置いた。
ルミアは反射的に身体を縮め、シーツを固く握りしめた。
「あ、あの……申し訳ありません。私のような者が、こんな立派な部屋に……」
長年、少しでも目立つことをすれば罰を与えられてきたルミアにとって、この厚遇は恐怖以外の何物でもなかった。
次に待っているのは、きっと残酷な仕打ちに違いない。
そう思い込み、彼女は震えながら首をすくめる。
イリスはかすかに目を伏せ、悲しげな色をその黄金の瞳に浮かべた。
「謝る必要はない。ここは私のお前の家だ。お前は何も恐れることはないのだから」
イリスは盆から白い陶器の椀を取り出し、ルミアの前に差し出した。
中には、とろみのある温かいスープがなみなみと注がれている。
香草と肉の豊かな匂いが鼻腔をくすぐり、ルミアのお腹が小さく鳴った。
彼女は顔を真っ赤にしてうつむく。
「さあ、食べてみろ。冷え切った身体には、温かいものが一番だ」
イリスはスプーンでスープをすくい、ルミアの口元へそっと運んだ。
自分で食べられます、と断ろうとしたが、イリスの真剣な眼差しに逆らうことができず、ルミアは恐る恐る口を開く。
舌の上に広がったのは、優しく深い旨味だった。
喉を通るたびに、身体の内側からじんわりと熱が広がっていく。
「おいしい……」
思わずこぼれた言葉に、イリスは顔をほころばせた。
「そうか。それはよかった。いくらでもあるから、ゆっくり食べるといい」
次の一口、また一口と、イリスは根気よくルミアにスープを飲ませていく。
ルミアの目から、不意に大粒の涙がこぼれ落ちた。
誰かに優しくされること。
自分のために温かい食事が用意されること。
そんな当たり前の幸福を、彼女はもう何年も味わっていなかった。
「どうした。どこか痛むか」
イリスが慌てたように身を乗り出し、指先でルミアの涙を拭う。
ルミアは首を横に振り、イリスの手に自分の手を重ねた。
「違います。ただ……こんなに温かいのは、久しぶりで」
イリスの表情が和らぎ、彼女はルミアの手を両手で包み込んだ。
暖炉の火が二人の影を壁に長く伸ばす。
外は凍てつくような雪景色だが、この部屋の中だけは、切り取られたように穏やかな時間が流れていた。
ルミアはまだ、なぜ自分がここにいるのか、イリスが何を望んでいるのか分からない。
それでも、この手放したくないほどの温もりだけは、本物だと感じていた。




