第10話「愚者たちの末路」
◇レオン視点
かつては色とりどりの花が咲き誇っていた王城の中庭は、見る影もなく枯れ果てていた。
どんよりと淀んだ灰色の空から、粘り気のある生ぬるい風が吹き下ろしてくる。
庭の土はひび割れ、黒ずんだ葉が石畳の上に散乱していた。
王太子であるレオンは、苛立たしげに革靴で枯れ葉を踏み躙り、執務室の窓からその惨状をねめつける。
「なぜだ。なぜ我が国がこんな目に遭わなければならない」
舌打ちとともに吐き出された声は、誰に向けられたものでもない。
ルミアを北の女帝が連れ去ってから、数ヶ月が経過していた。
あの忌々しい雨の日から、この南の王国の歯車は狂い始めたのだ。
最初の異変は、王都の周辺にある農地から報告された。
作物が原因不明の病にかかり、一夜にして黒く変色して溶け落ちたという。
次いで、王都の民の間に奇妙な熱病が流行し始めた。
これまでは王宮が抱えた治癒術師たちがすぐに対処できていたはずの軽い病すら、全く治まらなかった。
それどころか、治癒術師たち自身が次々と魔力枯渇に陥り、倒れていった。
「殿下、申し上げます」
執務室の重厚な扉が開き、年老いた大臣が青ざめた顔で入ってきた。
その手には、震える文字で記された報告書の束が握られている。
「東の領地でも瘴気の発生が確認されました。水源が濁り、家畜が次々と死に絶えているとのこと。このままでは、ひと月も経たずに国庫の食糧は底をつき、民の不満は暴動へと発展しかねません」
レオンは窓枠を強く叩き、大臣を怒鳴りつけた。
「代わりの聖女を見つけただろう。あの女たちに浄化させろ。何のために高い金で雇い入れたと思っている」
大臣は深く頭を垂れ、絶望的な声で答える。
「それが……新たに召し抱えた治癒術師たちは、瘴気の濃さに耐えきれず、すでに使い物にならなくなっております。彼女たちの力では、局所的な傷を塞ぐのが精一杯。大地そのものに染み込んだ瘴気を祓うなど、到底不可能です」
レオンの額に青筋が浮かぶ。
彼は部屋の中央を苛立たしげに歩き回り、豪華な絨毯の毛並みを乱した。
『すべてはあのルミアのせいだ。あの役立たずが、自分の役割を放り出して逃げたからだ』
レオンの記憶の中にあるルミアは、常にうつむき、怯え、何をされても文句一つ言わない便利な道具だった。
彼女が力を発揮するたびに肌に醜いあざを作り、熱を出して寝込む姿を、レオンはただ見苦しいとしか思っていなかった。
彼女の治癒がどれほど規格外のもので、彼女一人の力でこの国の瘴気が抑え込まれていたなどとは、夢にも思っていなかったのだ。
いや、今でさえ彼はそれを認めたくない。
ただ、自分に不利益をもたらしたルミアへの身勝手な怒りだけが腹の底で煮え滾っている。
「ならば、連れ戻すまでだ」
レオンの決断に、大臣が弾かれたように顔を上げる。
「連れ戻すとは……ルミア様を、でございますか。しかし、彼女を連れ去ったのは、あの北の女帝イリスです。下手に手を出せば、帝国との全面戦争になりかねません」
「ばかなことを言うな。あいつは我が国の罪人だ。女帝に騙されて唆されただけのこと。俺が直々に迎えに行けば、泣いてすがりついてくるに決まっている」
レオンの頭の中には、ルミアが自分に反抗する姿など欠片も存在していない。
ただ命令すれば従う、血の通わない人形。
それが彼の中でのルミアの認識だった。
レオンは従者を呼びつけ、旅の支度を命じる。
「精鋭の騎士を五十名集めろ。北の国境へ向かう。あの女を引きずってでも連れ帰り、我が国の瘴気をすべて吸わせるのだ」
◆ ◆ ◆
数日後、レオンは分厚い毛皮の外套に身を包み、北の帝国を目指して雪深い山道を進んでいた。
南の温暖な気候で育った彼にとって、北の寒さは想像を絶するものだった。
吐く息は真っ白に凍りつき、まつ毛には氷柱が下がる。
馬は雪に足を取られて進まず、食料も底をつきかけていた。
同行した騎士たちの顔には疲労と不満が色濃く浮かんでいるが、レオンはそれに気づきもしない。
「ええい、早く進め。ルミアめ、俺にこんな雪道を歩かせおって。連れ帰った暁には、地下牢に繋いで死ぬまで働かせてやる」
寒さで感覚を失っていく指先を擦り合わせながら、レオンは呪詛のようにルミアの名を呟き続ける。
自分の傲慢さが国を滅ぼし、自らをこの過酷な死地へと追いやっていることに気づかぬまま、愚かな王太子は冷たい雪原をただひたすらに進んでいった。




