五羽
遅くなりました。
精進致します。(−_−;)
副料理長という地位にいるニールは、荒くれ者の海賊らしくなく常に穏やかで、くすんだ銀色の髪とこげ茶の細目は何時も笑っているように見える。海賊船の良心、癒し系かと思いきや、先日食堂で起きた喧嘩を配膳口から出刃包丁を投げ付けるという荒技で止めていたのを見た時は、やはり海賊の一味だと納得したものだ。
因みに焼鳥はいつかお医者さんコスプレ、特に彼には眼鏡と白衣を着て欲しいと毎日心の底から願いチャンスを狙っている。
それはさておき、涙を零していた焼鳥をどう勘違いしたのかニールは怖がらせないようにゆっくりと羽を撫でながら、戻りづらいのなら暫くここに居ていいんですよ、と言ってくれたので行為に甘える事にした。
我ながら惚れ惚れするほど見事に決まった蹴りは相当痛かっただろう。絶対零度の旦那様の眼差しを想像し、羽が毛羽立った。ほとぼりが冷めるまで隠れているに限る。
隠れ家は薄暗い食料庫ではあるが仕方が無い、としょんぼりした焼鳥を撫でるニールが 「そうと決まればここを相応しく飾りたてなければ」、と呟いていたことに気付かなかった。
「…………何だ…」
部屋を開けたシラギの 目の前に飛び込んできたのは散々たる自室だった。
元々物はそんなに置いていなかった部屋だが、壁に貼ってあった海図はボロボロ、タンスの中の衣装はビリビリに引き裂かれ辺りに散乱している。床の織物は西国のリガヒャン織の一級品で金貨50枚は降らないお気に入りだったがそれもズタボロにされ、………いや、半分に切られこの部屋の惨状を作り出した元凶を彩るマント代わりになっている。
その元凶は宝石が散りばめられたブレスレットを王冠代わりに被り、赤いマントを靡かせながらベットの上で偉そうに胸を逸らしながら両腕をクロスし、片方の手はシラギを指差す独特の決めポーズをとっているが、決まったぜっ!的な態度を見ると何故かムカムカとしてくる。
『わっはっはっ!神鳥様を泣かせた罰ズラ。
天に代わってお仕置きズラよ!』
因みにこれは神鳥に教えてもらった正義の味方がする決めポーズで、シャルロットは殊の外気に入っている。
ぷつ。
「……っ、をざけんなぁ!このクソネズミが!!」
足元に転がっていた残骸を投げつけると、シャルは近くに落ちている剣をしっぽに巻き付け器用に弾き返す。しっぽネズミの特化した能力はその名の通り、手の様に自由自在に動くしっぽ。自分の何倍もの重さの物でも軽々と持ち上げる事もできる。
ふっ、と王冠を少し持ち上げシラギを見てあざ笑うネズミに再度残骸を握りしめた。
避け、捌き、投げる。物が凄まじい速度で行き交い、はたから見れば野球に見えなくもないが当たれば大怪我は間違いない。
頭の片隅ではネズミ相手に何をやっているんだと冷静な判断をしているが、如何せん一度キレた神経はそうそう元には収まらない。
今朝から歩く先々で避難の眼差しやネチネチした嫌味にブーイングの嵐。イライラしながら戻ってみれば無残な姿に変わった部屋だった。シラギにキレるなという方が無理だろう。
「何かっ!?俺に女を抱くなと、枯れろつーのかっ!」
どいつもこいつも神鳥様神鳥様と鬱陶しい!終いには非公認の見守る会まで出来る始末だ。
『ばかズラか!誰もそんなこと言ってないズラ!
好意を寄せている神鳥様の前に他のメスの匂いを付けたロクデナシオスと言っているだけズラ!』
「一緒じゃねえか!」
『違うズラッッ!』
一際大きな声で鳴いたシャルに思わず投げつけようとした手が止まる。
『他のメスと子作りするなとは言ってないズラ、種族の壁は厚いズラ。
でも好意を寄せている神鳥様の事を考えずに他のメスの存在を隠すこともしていない馬鹿たれに怒っているズラ!』
「ーーっ!」
図星に言葉も出ない。
いつも旦那様、愛している、と事あるごとに伝えてくる言葉を聞き流し、焼鳥が傷付くことなど微塵も考えなかった。
第一ペットのようなもので異性として見てはいないが、宝石の様な瞳がみるみる涙で霞んでいったのを思い出し、上げていた腕を力なく下ろした。馬鹿たれか、と呟いた姿は親に叱られた子供のように見える。
そんなシラギの姿にしっぽを巻きつけていた剣を下ろしシャルはなおも言う。
『漸く自分が最低のオスの屑ということに気付いたズラか。
東の国に、親しき中にも礼儀あり、と言う言葉があるズラよ。気遣いをわすれては駄目ズラ』
「…お前、男前だな」
『当たり前ズラ。我が輩は貴族ズラよ。偉大なるしっぽネズミの勇者の血をひくシャルロット1256世ズラ。
あちこちから番いになりたいとメスが寄ってくるズラ。奥さんも沢山いたズラよ』
「沢山いた、って……あ……悪りぃ」
しっぽネズミは群れで行動する生き物だ。
オス一匹にメスが数匹、一夫多妻制であり本来なら一匹で居ることの方が珍しい。
考えられることは、弱いネズミか年若いネズミ、そして何らかの理由で群れが全滅したということ。
海賊船に一匹だけで暮らしているネズミの心中はいなかるものか、想像しただけで胸が痛むようだ。
『?なんで謝るズラ?
我が輩は九番目の番いをもらう時に愛人が五匹にいるのがバレて奥さん達に群れを追い出されたズラ』
「てめぇが偉そうに説教を垂れるなぁっっ!」
『な、なんで怒るズラ!?我が輩はオスの甲斐性で完璧に隠していたズラよ?
我が輩の子供達経由でバレただけで我が輩の落ち度ではないズラ』
「胸を張って言うことかっ!
てめぇのは単に浮気がバレて追い出されたロクデナシだろうが」
『ロクデナシはそっちズラ!』
「『………………』」
再び戦いの火蓋が切って落とされた。
肩で息をする一人と一匹。
無意味な戦いはお互いの体力が尽きた事によって終結する。
やっと呼吸が整い、腰に下げた銀時計で時刻を確認するとかなり時間が経過していた事に驚き、ついで虚しくなった。
「…はあ、……そういえばアイツ帰って来ていないな」
『いい気味ズラ、神鳥様に愛想尽かされたズラ』
「うるせぇ。……お、忘れるとこだった」
シャルロットに頼み事がある事を思い出し目的のものを取り出そうと辺りに目を向けると、最早ゴミの部屋と成り果てた自室の状況に暫く固まっていたが、ベットが無事なだけまだマシだろう。
力投の残骸が散乱する中、目的のものを探し当てたシラギはシャルロットの目の前に保存食であるジャーキーを千切り差し出す。
『…なんズラこれ?……はっ、まさか毒殺ズラかーっ!?』
「んなわけないだろ。とりあえず食ってみろ」
再度の催促に猜疑心に満ちた目で恐る恐る端の方を少し齧ったシャルロットの目がくわっ、と大きくなる。
『な、なんズラか。口に入れた瞬間広がる楽園は?すぐに溶ける上質の脂と肉に付いている岩塩と隠し味のワイン、そして複雑に調合されたスパイスが混じり合い、お口の中でこの世の春を演出しているズラー!』
目を見開き両手を上げ絶賛しているシャルロットに若干引きつつも、まあ仕方が無いか、と思う。
南のバロッヌ地方に生息する牛なのだが、人間に飼育された牛では味が落ち野生の牛にしかこの味がでないのだが、数が少なく貴族ですら入手困難であり市場に出回ることは無いに等しい。味は正にシャルロットが叫んだ通りなのだが意外にグルメなネズミだ。
うっとりしているネズミに内心ほくそ笑む。上手く交渉出来そうだ。
「おい、それ山ほど食いたくないか?」
その頃の神鳥。
思わずここは食料庫かと見紛うほど様変わりした場所で、
「神鳥様、こちらは今朝買ってきたシャキシャキした食感の柔らかいレタスですよ」
「今朝入荷したばかりの果物で作ったジュースっス。これ飲んで元気出すっス」
「ああ、綺麗な羽が乱れていますぜ。梳いてもいいですかい?」
神鳥ファンクラブ(非公認)による逆ハーレムを築き上げていた。
『ピーッ(この世の春ー!)』
ネズミさんが主役になりつつある気が…。(汗)