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#9 Big Bang ――超新星爆発

 いや、これはわたしの知っているブラックホールだ。黒一色の天鵞絨の海だ。なんの音もしない無の世界。星がひとつも見えない真の闇だ。ローテがモニターに映らなくなってから随分になるけど、それからどのくらい時間がたったんだろう? 時間なんて流れてないのかな? 背中のびりびりはどんどん弱くなっていくばかり。もうほとんど感じられないくらい……。加速指示も航路変更も間に合わなかった。わたしのせいだ……。ごめんね、ローテ。飲み込まれたものはいずれ中心に集まるとしても、ローテを見つけられなかったら意味がない。見つけられるとしたら、それはいつ? わたしそれまで生きていられるのかな? でも、あそこで星が光ってない? 気のせいかな? 違うそうじゃない。目を閉じてまた開けても見える。ごしごし擦っても変わらず見える。それにあの瞬き方、どこかで見たことがある。あっ、はと座のμ(ミュー)だ。わたしあの白い瞬きの歌、知ってるもん。なら、あそこを中心にした「合」が起こってる最中ってこと? うわっ! なに? 眩しい !! ヴァイセは強烈な閃光から咄嗟に目を守ろうと、瞼を下ろしながら両腕で顔を覆った。それから、恐る恐る目を開けてみると、眼前の光景が一変していた。船内はもはやどこも歪んだり捻れておらず、身体の違和感も感情の混乱もすっかり消え去ったヴァイセの目に映ったのは、一輪の大きな赤い花だった。柱頭のところでさっき見つけたμらしい白い星が煌々と輝き、それを守るように花開いている赤いハイビスカスだった。夢でみたのにそっくりだ。でも、その外側は星ひとつない暗黒がどこまでも広がっているのね……。ヴァイセはしばし言葉を失くしたまま、漆黒の画布(カンバス)に咲く赤いハイビスカスの花弁と、その中心で露に濡れたように光っている真珠を陶然と見つめていた。……わたし、ずっとローテに守られてきたのかもしれない。でも、それにまったく無頓着だった。甘えて寂しがって我儘いって困らせてばかりいた。だから、星々や黒い銀河やマザーが夢で教えようとしたんだ。気づきなさいって。この船、《イクテュエス・ジュゴン》の外観がどういう色かさえ知らなかったなんて、あまりにも恥ずかしい。でも今からでも挽回できるんじゃない? そのための試練がこれだとしたら、いま見えてるこの現実にどうぶつかっていけばいいの? そうだ、あの白い真珠のところ行けばローテに会えるんじゃない? 助けられるんじゃない? よし! わたし頑張る。だって、

「約束したんだもん」

 と呟いた自分の声を耳にしながら、ヴァイセはそそくさと操縦装置の前にある椅子に座ると、操作盤にあるキーを縦横無尽に叩いて操船しはじめた。

 加速はこれで目一杯。マザーに供給されてたエネルギーは動力に回ってるはずだけど、これ以上は無理ね。進路はばっちり、もう修正する必要もないくらい完璧。カメラがローテを追うリモート指示もちゃんとやった。あと、なにかできることはあるかな? ないと思うけど。胸がざわざわする。だって、背中のびりびりが消えちゃったんだもん。どうしてこう間が悪いの。せっかく希望の光が見えたと思ったのに。……待って、そうじゃないんじゃない? マザーと動力の関係はどうなってるの? まだ計算してなかった。えっと……多分これでいいはず。やっぱりそうなんだ。この船、ぜんぶ繋がってるんだ。わたしとローテもマザーとこの船も、それに夢すら繋がってるのよ。それで、その結束点みたいなもの、つまり動力源がどこかにあって、きっとそれがすべてを生み出していて、その"力"が電磁波やプラズマをみんなに供給している。それなのに、わたしがレバーをふたつも下げたから、そのバランスが崩れて、びりびりを発信したり受信しにくくなってるだけなんだ。わたしたちは多分三つの時間を生きてるんだろうけど、わたしはその均衡が取れてなかった。だから、見方を切り替えて、ものごとを調和した目で見れるようになりたかった。それがあのレバーを切り替えた意味なんじゃないかな。そう、わたし後ろ向きすぎたんだよ。だから前向きになれって"力"が導いてくれようとした。だとすると、わたしに調和が訪れたらどうなるの? 三つが均衡、いやすべてが調和に達したらどうなるの? ……多分、それが死なのね。びりびりしなくなって目も耳も塞がれて、何もかも忘れてしまって、思考や意識すら消えてしまうんだろうな……。まあいいわ。どっちにしろわたしがそうなっても、わたしにはわからないだろうし。だけど、誰かがそうなっていくのが見えたり聞こえたりするのは、心が耐えられないくらい痛む。だからわたしはローテやマザーのことを……。でもそのこと、本人たちには言えないし、伝えられないよね。だって残酷すぎるもん。なのにわたしったら。だけど、わたしがもう少し調和に近づけたら、マザーとは仲直りできるかもしれないけど、それまでには、まだ長い時間がかかりそうな気がする。それに、その前にローテを助けないとだし。なににしてもやりたいことがいっぱい見えてきた気がするから、ここでカメラを監視しながら箇条書きにでもしてみようかな。

「ヴァイセ、あなた、まずなにがしたいの?」

 調和に近づくために、なにが必要だと感じるの? 思うの? 考えるの? そうね、ローテのことはもちろんだけど、いまどうしてもっていうなら、時間をいつでも把握していたい。でも、この船には"ノルンの座"にしか時計がないから、いつでも時間を知れるようにしたい。なにかいい方法はないかしら? ヴァイセは艦橋をぐるりと見渡したり、操縦装置や航路計算機の操作卓に向かってキーを叩いたり、様々な機器やレバーを操作したり、真鍮色の壁に無数に埋め込まれているモニターに映し出されている、グラフや数字や文字を見て頷いたりしながら、いつでも時を知れる方法を思案し勘案しはじめた。

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