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#6 Senses――巡礼

 ローテを感じられる場所ってこの船に残ってないんだろうか? あるとしたらローテがよくいた場所だろうけど、そうなるとやっぱり"ノルンの座"なんだろうな。わたしたち、この船で寝てた時間のほうが長かったから……。だけど、あそこにはマザーがいるから行きたくない。だってマザーが航路変更をすぐに受け入れてくれたら、ローテを助けられたかもしれないんだもん。マザーのこと恨んでるの? そうだと思う。だったらどこだろう? 多分収容ハッチだ。ローテのこと仄かにでも感じられるとしたらそこだ。よし、行ってみよう。

 船の進路は心配ない。だってちゃんと設定したから。まずはどこ? ここからだと"サリルス"が一番近い。あとは近い順番で回ってみよう。ローテがいつも見ていた場所が、どんなだったかも知らなかったし、知ろうともしなかった。なんて冷たかったんだろ。いつもローテを追いかけて一緒に寝てただけじゃない。だからせめて、わたしのなかに何でもいいから焼き付けておきたい。罪滅ぼしじゃないし、もしもの為ってわけじゃない。いや、いいのよ、どんな言い訳したって。だって好きなんだから仕方ないじゃない。思い出の場所をたまに訪れたくなるのとそんなに変わらないよ。

 なんだかしらないけど、急に通路の気流が風みたいに感じられてきた。ああ、もうすぐ"サリルス"に着いちゃうけど、どうしてこんなに胸がどきどきしてるんだろう? でも、今どきどきしていい時なの? なんか違う気がするけど……。

 えっ? これが"サリルス"なの? ローテは気密室は薄暗いって言ってたけど、全然そんなことないじゃない。内装はどこもかしこも真っ白なのね。白一色。まるでわたし向けの部屋みたい。そう思って見ると寂しげで何もなくてつまらない所ね。さあ、つぎは? ここから近いのは"ヤヌス"のはずね。でもあそこはローテでさえ一度も使ったこと、なかったんじゃないかな? まあいい。いくだけ行ってみよう。

 それにしても改めて見ると変わった船よね。床も壁も天井もみんな真鍮色。どこもかしこも直線的で、そこかしこがモールドやエングレービングで装飾されてて、自然と気が安まる感じはあるけど、なんかおかしい。昔は違った気がする。そうよ、そうだよ。通路自体は変わらないけど、装飾は時々変わってたんじゃない? 昔はもっと曲線的な装飾だったんじゃない? なんていったっけ? そうだ、アール・ヌーヴォだ。そうだそうだ、艦橋の椅子も前は違った。もっと優しい曲線で、わたしたちが着てる服にあるような、なだらかな曲線だったんだよ。思い出したら大事なことに思えてきたけど、"ヤヌス"に着いちゃった。

 でも、ここはローテが言ってたとおり薄気味悪い暗さがある。開かずの扉って言ってたもんね。でもなんで濃緑色になんかしたんだろう? 一度も本物を見たことないけど、森ってこんな感じだってマザーに教えてもらったっけ。待って、なんで見たことないの? どうして? なんで昔のことちっとも憶えてないの? ああ、わかった。マザーの仕業だったんだ。酷いわ! わたしたちをなんだと思ってるの。わたしたち道具なんかじゃない! 一分でも長くこんな不気味なところにいたくない! でも、どこかしら神聖な感じもするけど、この音はなあに? あっちこっちから、ギシギシ、キュウキュウ、クークーって聞こえる。変な感じだな……。

 じゃあ、つぎは"スカイア"ね。ローテがちょっと前にいた所。それでなんだっけ? そう、艦橋の制御卓も前はあんなじゃなかった。計器盤の配置だって違った。なのにどうしてわたし憶えてないの。おかしいよ。航路を計算する電子機器は、日々新しいものに更新されていったんだろうけど、どうしてそれに気づけなかったんだろう? ああそうか、わたしたちもそういう風に扱われてたんだ……。なんでよ、マザー。わたしたちがどんな悪いことをしたの? なにを聞いても押し黙ったままなんて狡いよ。

 いや、そんなこともなかった。"スカイア"の意味がわからなくて訊いたらすぐに教えてくれた。日陰とか幽霊って意味だって。それを聞いても厭な気持ちはしなかった。だって『真っ暗なブラックホールと比べたらまだ明るいだろ』ってローテがけらけら笑ったんだもん。それに、"サリルス"や"カルデア"の意味もマザーに教えてもらったんだっけ……。というか、なにここは? 仄暗いけど明かりが灯ってるじゃない。しかも黄緑色だ。壁も床も天井もぼんやり光ってて……居心地がいいっていうか和むっていうか……。もしかしてわたしが幽霊だから? そんなことない、そんなことないよ。だって今だって足の裏で床を感じてるし、それにほら、壁に触れればちゃんと感触がある。それに、ハッチ全体の照明がふわふわ瞬いてるのだって見える。ほら、目を閉じて足を踏み鳴らしたって、ちゃんと感じるし、靴音だって聞こえてるんだもん。なんだか上手く言えないけど……。でも、ここは悪くないし、嫌いじゃない。いつまでいてもいい気もするけど、"カルデア"に行かなきゃ。

 あれ? なんでわたし泣いてるの? 涙が出てくるってことは、今は非常事態や緊急事態じゃないってこと? 零した涙がいくつも粒になって宙に浮いてるけど、風があるのかな? 流されていくみたい。どこに行くの? わたしの涙。それに鳥肌が立ってるけど、寒くも恐くもない。なんだか涙が"カルデア"に導いてるみたい。それともわたしたち追いかけっこしてるの? 金色はローテの服にあった飾りの色だけど……それと関係あるのかな? わからない。マザーはなんにも教えてくれなかったもん。でも自分の涙なのになんだかローテと一緒にいるみたいでホッとしてきた。ハッチの外側は別に変わったこともなく、いつもどおりの真鍮色だけど……。

 扉の制御盤もなにも変わらない。ピッ、ポッ、パッ。

「ひらけごま!」

 なんとはなしにした呟き声を耳の奥で感じながら、ヴァイセは目を見開いたまま凍りついて立ち止まった。

「ローテだ! ローテがいっぱい! 床も壁も天井もみんなローテだ!」

 まるで誂えたみたいに金色の装飾があちこちにある。ここはローテそのものだ! まるで抱きしめられてるみたい……。ねえ、どこから見てるの? どこよ? ふたつのまあるい銀の瞳でどこからわたしを見てるの? どこよ? あんなに情熱的な視線だったんだから、すぐにわかるはずなんだけど、どこ? ない、ない、ないよ! どこにもないじゃない! それならキスしてよローテ! ねえお願い。こうやってこうやってこうやってきたじゃない。でもこれは違う。壁は赤いけど冷たくて硬いだけ。ローテはこんなんじゃなかった。もっと柔らかくて唇が熱かったんだってば! こんなのじゃない! こうやって触れると心臓が火傷しそうだったんだよ。でも……ここにはいないの? じゃあどこにいるのよ? ヴァイセは床に座ったまま、両の掌で必死に温もりを探した。触れているもの見えているものに微熱を探した。頬を床に当ててローテの体温を感じようとした。しかし、目に映るものはなにも言わず、なにも応えずにぴかぴか光っている、いくつもの星粒だけだった。

「ローテはどこ?……」

 あっちだ、あっちにいる。あの扉の向こう。あの向こうに行けば会えるってわかる。だってほら、背中がとってもびりびりしてる。行かなきゃ。いつまでも傍にいるって約束したんだもん。安全対策なんてして馬鹿らしい。こんなの簡単に開けられるんだから。こうやってレバーを回して上にあげればいいの。ほら、開いた。真っ黒な宇宙だ。ローテがいつも見てた景色。それで、こうやって踵で床を蹴って飛び出した。恐くない恐くないって胸のなかでお呪(まじな)いを唱えながら。それでこうやって猫ひねりをして、二度と見れなくなるかもしれない《イクテュエス・ジュゴン》を振り返って見た。嘘 !? 嘘でしょ! どうして赤いのよ! なんで船も真っ赤なローテなの !? じゃあ、あの夢は現実だったの? 嫌だ、離れたくない。船に戻らなきゃ。それに戻らないとわたし死んじゃう。死ぬのはいや! ローテに会いたいの! 天国で会うんじゃなくて、わたしはローテに触れたいの! 帰らなきゃ。でもどんどん船から離れていくのに、息も苦しくない。なんなの、どういうことよ! 命綱を着けたことなんて一度もないし、猫ひねりなんてやったこともないのに、不思議なくらいどうすればいいかわかる。ああ、ローテのなかにあった感覚や意識はこうなんだってわかる。それに、あの白いプラズマ噴射に打たれたらわたし死んじゃう。痛っ! どころじゃすまない。身体がバラバラになるくらいびりびりして、なにもかも忘れてしまって死ぬのがわかる。そしてこの船にはあのプラズマを作り出している場所がある。まだ死ねない。だからって、どこまでもローテを追いかけられもしない。どんなにわたしが宇宙を漕いだって高が知れてるんだもん。だから、機関室に行くの。そうすればなにか手がかりが掴めるはず……。

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