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#12 Rebuild――脱構築

 繭のなかで目覚めたヴァイセは、船内を徘徊するように歩き回り、汚れて所々破れていた白い服が、新品の輝きを取り戻しているのに、すぐに気づいた。それから、鼻腔を擽る清潔感のある香りが立ち上っているのに気づき、髪に手櫛をとおした。なんの匂いだろう? でも知ってる香りだ。ってことは、マザーが髪も綺麗に洗って整えてくれたんだ。胸に湧いてくる喜びに誘われるように、ヴァイセは繭の蓋を開けると、ぱっと上体を起こして真っ暗なモニターに向かって話しかけた。

「マザー、ありがとう。ねえこれって鈴蘭の香りでしょ?」

 すると、数瞬でモニターが灯り、微笑んでいる"ウルズ"の顔が浮かび上がった。

(ええ、そうです。よくわかりましたね)

「ねえねえ、お願いしていた時計は出来てるの?」

(自分で確かめてご覧なさい)

「うん」

 いわれるがまま、ヴァイセは肩にあるボタンに触れてみた。あ、指先で触れるだけでわかる。これはわたしの名前の頭文字だ。マザーはルーン文字の「ᚹ(ウンジョー)」を選んだんだね。ローマ字の「w」でも良かったんだけど、マザーちゃんとわたしの趣味を知っててこれにしてくれたんだ。それに、色も少し変わったし、ボタンを押すと音も出るようになってる。

「マザー、ありがとう」

(どういたしまして)

「ねえ、錠前と鍵も作ってくれたの?」

(訊いてばかりいないで、自分で確かめなさいってば)

「うわあ、優しく返事してくれてると思ったら、やっぱりスパルタなんだ」

 まあいいや。えっと、工作機はあっちだっけ。わあ、ちゃんと二揃いある。金と銀が一組になった錠前がふたつ。それに金の鍵と銀の鍵がふたつずつあるし、鍵を失くさないために首に掛けておけるネックレスもちゃんとある。ヴァイセは両手でそれらを掴んで、一目散に"ウルズ"が微笑んでいるモニターに駆け寄って、

「マザー、大好き!」

 と言って"ウルズ"の頬にキスをした。

「でもまだ、ローテは起きてないんだ。いつもわたしより早く起き出して『退屈だったー』って文句言うのに。でもそうだよね。ずっと宇宙の闇を漂ってたんだもんね。疲れ切ってるし、宇宙服もボロボロで修理しないとだしね……」

 じゃあ、どうしようかな? 鍵のことは電子伝言でいいだろうけど、錠前を設置しにいくのは一緒に行かないとだなあ。だって、わたしひとりで勝手に封印するわけにはいかないから。ちゃんとローテの意見を訊いて話し合わないとだし。そういえば外の様子はどうなってるんだろう? 確か、白いハイビスカスの花が咲いてた記憶があるんだけど。

「ねえ、マザー。外の様子を教えて」

(自分で確かめなさいってば)

「んもー、けちんぼ。でもわかった。そうする」

 じゃあ艦橋に行こっかな。あとなにか用あったっけかな? ないない。とりあえず艦橋を見てみて、それで予定を立てて戻ってくる。それでもまだローテが起きていなかったら、わたしもまた寝る。別に急いだり焦ったりする必要はないだろうと思いながら、ヴァイセは"ノルンの座"の扉をくぐった。通路もいつもどおり綺麗なものですね。マザー様々だ。そういえば、わたしたちを生んでくれたのはマザーだけど、マザーを生んだマザーはどんな人で、どんなところに住んでたのかな? これまでそういうこと、あんまり考えたことなかったな。だって、仕事と寝るので精一杯だったんだもん。ローテも時々こぼしてた。『忙しいー、そしてヴァイセがいないと暇だー』って。うふふ、わたし愛されてるね。わわっ! びっくりしたなあ、もう。急に肩のボタンさんの色が変わるの、まだ慣れてないんだから、お手柔らかにお願いします。赤くなったってことは、今は正午です。そうして、このボタンをポチッと押すと音が出ます。それだけでなく、指で「ᚹ」の文字に触れると違う文字になって、時間を教えてくれまーす。わたしが設計してマザーが組み込んでくれたんだよ。ローテの肩にあるのにも同じ機能があるよ。まだそのこと話せてないけど、聞いたらきっとこう言うね。『やりますね、ヴァイセ博士』って。そうしたら、こう答えるんだ。まあね、これくらいおちゃのこさいさいって言いたいところだけど、一生懸命考えたよって。それにね、音も色も文字も二十四に分節できるのを発見したときは感動したんだ。二十四はね、二等分・三等分・四等分・六等分・八等分・十二等分・二十四等分できるすぐれた数なんだってさ。凄いよね。それからね、目で見て、耳で聞いて、指で触れてのどれでも時間がわかるようにしたの。わたしたちがお婆ちゃんになって老眼とか耳が遠くなっても大丈夫なようにした。でも、色や音は見えたり聞こえたりするから共有しやすいけど、これはまだねと呟くと、突然ヴァイセは立ち止まって、指で唇に触れた。これは、ローテが起きるまでおあずけ。やだ、恥ずかしい! わたしなにいってるの。

 なあんて戯れてるうちに艦橋に着いちゃった。ここもいつもどおり変わらないみたい。

主モニターに映ってるのはもう散々見て飽きちゃった、連星のブラックホールでございます。そしてこの船、《イクテュエス・ジュゴン》は、そのブラックホール観測船でございます。そして観測員はヴァイセとローテでございます。なんとなく、赤い花と白い花を見た気がするけど、それは多分夢のなかでの出来事。じゃあまたしばらくしたらお仕事ってことになりそうだけど、ローテが起きるまでは、わたしが船外活動をするってわけかな? まあそういうことになりそうだね。さて、艦橋は異常なしなので、"ノルンの座"に戻ります。と思ったら早速仕事みたいね。マザーはほんとにスパルタなんだから。それで、出発ハッチと収容ハッチはどこなんだろう? ふむふむ、出がスカイア、入りはカルデアね。となると、宇宙服に着替えてる余裕はなさそうね。はいはい、わかりましたよ、マザー。今すぐスカイアに向かいますってば。そんなに急かさないで。はじめての船外活動なんだからね。どうすればいいかは、ローテがやってたのを見て、頭のなかで何度もシミュレーションしてきたから、まあまあ自信はあるんだけど、今回は管制役はマザーなんでしょ? ちゃんとできるの? ローテならもう少し安心できそうなんだけどね。嘘だってば、そんなに怒らないでよ。冗談だってば。っていうお喋りをしてる間にスカイアに着いたよ、マザー。うんうん、それはわかってる。大丈夫だってば、そんなに心配いらないよ。わたしちゃんとできるもん。まずは二対二組の命綱を着ける。捻れたり絡まったりしないように要注意! それで、準備ができたら気密室に入って、空気を抜く。赤いランプが全部点いたら、ハッチ区画に侵入してよし! あとはハッチの開閉ボタンを押して、扉が開いたら頭を天井にぶつけないようにして、床を蹴って宇宙へと跳躍する! ほらね、ちゃんと憶えてるんだから。ようし、赤ランプ点灯を指差し確認。異常なし! それではハッチ区画に入ります。おお、そうだ、ここは黄緑色のぼんやりした照明があるから、気持ちが爽やかになるんだったね。船と宇宙との境目もよく見えます。すべて順調です。

「じゃあマザー、行ってきまーす!」

(気をつけてね!)

「はーい。あ、そうだ、ローテが目を覚ましたら仕事しろって言っといて。すぐに艦橋に行って、わたしが船に戻ってくるのを声で誘導してって。頼んだわよー」

 全身に喜びを感じながら、ヴァイセは新品のように輝く白い普段着のまま、ヘルメットなしで宇宙に飛び出していった。

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