第二章 ~『レナードからの呼び出し』~
「レナード殿下が、アリア様をお呼びです」
そう呼び出されて、案内されたのは、客室の傍にある執務室だ。
扉の前で控えていた騎士が一礼し、中へ取り次ぐ。ほどなくして入室を許され、アリアは執務室へ足を踏み入れた。
広い室内の中央には大きな机が置かれ、その上には書類がいくつも積まれている。窓から差し込む光が、磨かれた机を淡く照らしている。
レナードは書類から顔を上げると、アリアへ目を向けた。
「来てくれて、ありがとう。少し話しておきたいことがあってね」
レナードが向かいの椅子を示す。アリアが腰を下ろすと、彼は机の上に置かれていた一枚の報告書を手に取った。
「王宮に来てから、君はずいぶんと活躍しているようだね」
「それほどのことは……」
「ミアの体調不良を治し、魔石の瘴気漏れを見抜いた。それに割れた壺まで元に戻したそうじゃないか」
「欠片が残っていましたから」
「だとしても、特別であることは間違いない。なにせ並の神官が使う回復魔術では、人の傷を癒やすことしかできないからね」
だがアリアは割れた壺を復元した。大神官が魔石や祭具のひびを塞ぐ例はあったが、それでも、壺ほど大きなものを元通りにした記録はなかった。
「それと、もう一つ。君の部屋にあった魔石について調べさせた。その結果、神殿経由で運び込まれたものだと判明したよ」
「神殿から……」
「悪意があったとは断言できない。けれど、壊れた魔石が偶然に君の部屋に置かれたと考えるには、都合が良すぎるとも思っている」
「私の近くにいる者を害するため、故意にあの魔石を?」
「可能性はある。事実、ミアは倒れかけたわけだからね」
レナードの声が低くなる。
「それにだ、もし君が瘴気に気づけなかったなら、神殿はこう言えたはずだ。王家推薦の聖女候補は、自分の部屋にある瘴気すら見抜けなかったと」
「糾弾する材料になるのですね」
「ああ」
アリアは昨夜に読んだ神殿の本を思い出す。聖女は神殿の重職者を指名する権限を持つ。もしアリアが正式な聖女になれば、神殿の人事にも影響が出る。昨夜抱いた疑念が、今はっきりとした形を取った。
「神殿は私を排除したいようですね……」
「そう見るべきだろうね。なにせ君の力は、神殿にとって脅威だ。セレーネを推していた者たちにとっては、なおさら都合が悪い。君が力を示せば示すほど、彼らの見る目のなさも明らかになるわけだからね」
「…………」
「だが、心配しなくていい。僕が味方に付いているからね」
「それは心強いですね」
アリアの返答を聞き、レナードは椅子の背にもたれる。その口元には笑みを残していた。
「守られるだけのつもりはない、という顔をしているね」
「もし本当に神殿が関わっていて、ミアを傷つけたなら許すわけにはいきませんから」
アリアの声は荒くない。だが、膝の上の拳は固く握られている。レナードはその様子を見て、わずかに目を細めた。
「神殿の者たちは、戦う相手を間違えたようだね」
レナードの言葉に、アリアは目を伏せる。
かつての彼女は耐えてきた。カイルに後回しにされても、セレーネを優先されても、いずれ家族になる相手だからと自分を納得させてきた。
けれど、もう同じことはしない。黙って大人しくしているつもりはなかった。
「私は、聖女候補として何をすればよいでしょうか?」
「まずは今まで通りでいい。困っている者を見つけ、必要な手を差し伸べる。君を聖女に推す声が広がることこそ、神殿にとっては一番の痛手になるからね」
「分かりました」
アリアは頷き、膝の上で重ねていた手をほどく。
神殿が何を仕掛けてくるのかは分からない。けれど、今のアリアには守りたいものがある。自分を信じてくれた人たちまで、傷つけさせるつもりはなかった。
「では、私は戻ります」
アリアは一礼し、執務室を後にする。廊下へ出ると、窓の外には夕暮れの光が広がっていた。
王宮に来たばかりの頃よりも、足取りに迷いはない。アリアは背筋を伸ばし、客室へ向かって歩き出した。




