第四章 ~『審査の申し込み』~
話が一段落すると、ミアは冷めかけた紅茶のカップを銀盆へ戻した。
「では、私は紅茶を淹れ直してまいります。今日は長くなりそうですから」
「お願いします、ミア」
アリアが答えたところで、客室の扉が控えめに叩かれた。
「アリア様。レナード殿下が、執務室へお越しいただきたいとのことです」
扉の外から聞こえた従者の声に、ミアが足を止める。アリアも、机の上に置かれた本から手を離した。
「分かりました。すぐに参ります」
「エミール神官様にも、同席していただきたいとのことです」
その言葉に、エミールがわずかに眉を寄せた。
「僕もですか?」
「はい。神殿から届いた書状について、お話があるそうです」
その一言で、エミールの手が止まった。
神殿がこの時期に、わざわざレナードへ書状を送ってきた。その意味を考えたのだろう。閉じかけていた本にかけられた指先に、かすかに力が入る。
「分かりました……」
エミールは静かに本を閉じると、表情を引き締めた。アリアもそれに合わせるように席を立つ。
「参りましょう、エミール様」
「はい」
アリアが扉へ向かうと、ミアが不安そうに視線を向けた。
「アリア様……」
何か言いたげに唇を開いたものの、続く言葉は出てこない。レナードからの呼び出しに、神殿から届いた書状。よい知らせではないことくらい、ミアにも分かっていた。
「安心してください。私は負けたりしませんから」
「……はい。お待ちしております」
ミアはまだ心配そうにしていたが、やがて小さく頷くと、アリアを送り出すように扉の前から一歩下がった。
アリアはエミールと共に客室を出て、レナードの執務室へ向かう。
辿り着くと、扉の前に立つ騎士が中へ取り次ぎ、ほどなくして入室を許される。執務室へ足を踏み入れると、レナードが机の向こうから顔を上げた。
「アリア、来てくれてありがとう。エミールも急に呼び立ててすまない。君たち二人に見てもらいたいものがあってね」
広い机の上には、神殿の封蝋が割られた書状が置かれている。
レナードはその書状を取り上げ、アリアへ差し出す。
アリアは両手で受け取り、紙面に目を通す。整った筆致で記されている文言は丁寧だったが、その内容は明らかに彼女を試すものだった。
「私の試験ですか……」
「ああ、王家推薦のアリアと、神殿が推すセレーネ……どちらが聖女にふさわしいかを確認するため、貴族を集めて審査したいとある。民の支持を君に奪われたからね。次は貴族というわけだ」
エミールはアリアから書状を受け取り、紙面に目を走らせる。読み進めるほどに、唇が引き結ばれていった。
「神殿が用意する場なら、きっと神学を問われるはずです。セレーネ様は長く神殿で教育を受けてきましたから。アリア様よりも優位でしょう」
「回復魔術の実力で競い合えば、アリアに軍配が上がることは、神殿側も承知しているだろうからね」
神殿で学んだ知識がアリアを貶めるための道具にされようとしている。そのことが、神官であるエミールには悔しかった。
「アリアが断れば、神殿はこう言うだろう。王家推薦の候補は、正式な審査の場から逃げたとね」
「受けても断っても、神殿は自分たちに都合よく語れるのですね」
「ああ、実に腹立たしい手だよ」
レナードは書状へ視線を戻し、そこで一度言葉を切った。
「だから無理に受けなくてもいい」
「レナード様……」
「王家として拒む理由は作れる。暗黒街での不正が疑われる中で、次の審査を急ぐのは不適切だ。そう主張することはできる」
けれど、レナードの表情は晴れなかった。
拒めば、神殿はその事実を利用し、優位に立とうとするだろう。だが、それが分かっていても、レナードはアリアに受けろとは言わなかった。
「君の意思を無視するつもりはない。アリア、君が望まないなら、僕が止める」
逃げ道を用意してくれたレナードの優しさを噛み締める。同時に、その言葉に甘えるわけにはいかないと、心を奮い立たせた。
「受けます」
「いいのかい?」
「はい。不利な状況だからといって逃げてしまえば、私を信じてくださった方々に胸を張れませんから」
迷いのない声だった。
レナードはしばらくアリアを見つめていたが、やがて小さく息を吐き、口元を緩める。
「君らしい答えだ」
「そうでしょうか」
「ああ。だからこそ、僕は君を推したんだ」
まっすぐに告げられた言葉を、アリアは正面から受け止めると、そのままエミールへ向き直った。
「審査を受けると決めた以上、今まで以上に努力しなければなりません。エミール様、ご迷惑でなければ、神学の勉強を手伝っていただけませんか?」
「むしろ、こちらからお願いしたいくらいです。ただし、時間はありません。厳しくなると思いますが、覚悟はありますか?」
「もちろんです」
「分かりました。では、今日から始めましょう」
あまりに真面目な顔で言われ、アリアは思わず目を瞬かせる。その反応を見て、レナードが小さく笑みを零す。
「エミール、君は容赦がないね」
「時間がありませんので」
「頼もしい限りだ」
神殿が用意した舞台は、アリアを貶めるためのものかもしれない。血筋、格式、神殿での教育。セレーネを飾るための言葉は、いくらでも並べられるだろう。
それでも、アリアは一人でそこへ向かうのではない。
王家として道を整えるレナードがいて、神官として知識を貸してくれるエミールがいる。客室に戻れば、きっとミアも待ってくれている。
「よろしくお願いいたします」
アリアが改めて頭を下げる。覚悟を胸に、次の審査へ向けて歩き出すのだった。




