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4話 本音の女子会

今回は後書きにおまけ話があります。

「今後はイーデン公爵の屋敷で過ごすの?」


 緩く巻かれている長い茶髪を動かしながら、紅茶を嗜む女性がモニカに聞く。彼女は友人であるカルティナ・ファンクション。商家の娘で、モニカと同じ時期に爵位をもらった。立場的に似ていることもあって仲良くなったのだ。


「うん。婚約者だからって」


 モニカはカルティナが出してくれたマカロンを口に運ぶ。彼女と会うのは一週間ぶり。倒れる前は頻繁に会う間柄だった。三日も目が覚めず連絡も取れていなかったので、手紙で先に事情は伝えていた。


 カルティナはかなりおっとりしている性格だ。当主である彼女の父は価値のある商品を探しに各国を探し回るほどに商人魂に溢れているのに、そこは似ていない。だがそんな彼女も心臓が飛び出るほど心配してくれていた。モニカは看板娘として働いていた頃から元気が取り柄なのもあり、こんなことが起きるなんて誰も予想していなかっただろう。


 大きな桃色のたれ目がじっとこちらを見る。


「イーデン公爵のことを忘れたなんて、なんだか信じられないわね」

「そうだよねぇ……」


 それ以外は何も変わっていない。

 嘘をついていると思われても不思議ではない。


 互いに貴族令嬢になった身だが、二人きりの時は気楽に話すようにしている。カルティナがそれを望んでくれているのもあるし、気心知れている間柄なのもある。


「それで、今日話したいと思ったのは、イーデン公爵が好きだった頃のモニカの話を聞きたいからでしょう?」

「その通り。さすがカルティナ」


 彼女は一番身近な友人だ。

 きっとシリウスのことも聞いているだろうと思った。


 カルティナは思い出すように視線を右上に動かす。


「教養を磨いたり、社交界にもよく出て、多くの貴族と交流していたわね」


 聞けば社交界に出ていたのもシリウスのためだったらしい。頻繁に参加していたことは覚えている。元々人と関わることが好きなので、参加は楽しいと感じていた。いつも出席する人、初めて来た人が誰か分かるくらい、出席率はよかった。


 シリウスが根本の動機であるのは置いておいて、それ以外にも理由はあった。積極的に参加していたのは、貴族の人達に早く認めてもらいたかったのもある。当時の貴族社会は血筋を何よりも大事にしていて、元々平民であった者が貴族になることは、あまりいい顔をされなかった。ロイもそうだ。騎士としての実力が認められたからいいが、モニカも最初は陰口をよく叩かれていた。実績もないのに貴族の世界に来るなと、令嬢達から嫌がらせを受けたものだ。


「ねぇモニカ。イーデン公爵のこと、本当に何も覚えてないのよね?」

「? うん」


 カルティナが少しだけ眉を顰める。


「どうしたの?」

「私、あなたには嘘をつきたくないわ」

「うん。そういうカルティナだから、今日来たんだよ」


 互いに嘘や誤魔化しは苦手だ。

 本音で話せる関係性の方が、ずっと関係は続く。


 相手はためらいがちに口を開いた。


「じゃあ言うけど……イーデン公爵の評判はあまりよくないわ」

「あ、やっぱり?」


 すると目を丸くされた。


「やっぱり? そう思うことがあったの?」

「うーん……決定的な何かはないけど、なんとなくそんな感じがして」


 シリウスに対するロイの態度や、アイリスが言いづらそうにしていたこと。そして本人から強制的に色々言われたことを思い返せば、人柄が良さそうとは言い難い。それはモニカも薄々感じていた。


 自身の婚約者の評判の話をされてもけろっとしているモニカに、カルティナは苦笑する。「ならなんでも言えるわね」と前置きして話を続けた。


「私達が貴族の仲間入りをしていた頃の貴族社会は、血筋を重視していたでしょう? その筆頭がイーデン公爵だったの」

「てことは、私達も非難されてたってこと?」

「当時はロイ様が徹底的に攻撃されていたようね。侯爵令嬢であるアイリス様と仲が良かったことも関係していたようだけど」


 当時のロイとアイリスは騎士として名を馳せていた。だから周りからの注目も高かった。晴れて夫婦になった二人だが、婚約の話を進めるのも苦労があったという。記憶がある頃のモニカはそれを知っていただろう。だが今のモニカは知らない。兄夫婦はその話をしてくれなかった。あえて言わないようにしてくれたのだろう。モニカが嫌な気持ちにならないように。


 そんな人から求婚されて嬉しいと思う人の方が少ないように思う。今のモニカはシリウスへの好意がないため、他人事のように考えてしまうが。


(色々因縁があったのかなぁ)


 ならロイが不機嫌にしていた理由が分かる。


「でも最近はそんなことないわ。イーデン公爵も血筋のことをあまり口にしなくなった。それはロイ様達の努力、そしてモニカ、あなたのおかげもあるのよ。社交界にたくさん出ることで、あなたの天真爛漫な言動に癒される人が増えた。結果、血筋ではない、人柄であなたを認める人が増えた。『社交界の蝶』と呼ばれるようになった由来は知ってる?」

「あ。それ気になってた」


 知らず知らずのうちにモニカのことを「社交界の蝶」と呼ぶ人が現れた。いつの間にか名が通り、皆がそう呼んでくる。


「モニカは一か所に留まらず色んな場所に行ってはたくさんの人と話すでしょう? それが優雅に舞う蝶のように見えたそうよ。でも分かるわ。モニカは愛嬌もあっていつも笑顔を向けてくれるから、いつの間にか心を開いてしまうもの」


 モニカは自然と頬が緩む。

 一番の友人にそう言ってもらえるのは嬉しい。


 カルティナに声をかけたのはモニカからだ。


 同じ立場だからこそ仲良くなれる予感があった。当初は大人しい印象があったが、モニカが話すと楽しそうに話を聞いてくれた。先に声をかけてもらえたら仲良くなれたと、彼女はしばらく経ってから教えてくれた。


「イーデン公爵からは『社交界の花』になれと言われていたようだけど」

「そうなの?」

「そうモニカから聞いていたわ」


 シリウスと路地裏で出会い、仕事の関係でもう会えないと言われ、モニカは会いたいと答えたという。その時にシリアスに言われたのが「社交界の花になれ」というもの。


 モニカは首を傾げる。


「どういう意味なんだろ?」

「貴族令嬢として話題になれということじゃないかしら。私達の爵位だと、公爵に会うのは簡単ではないもの。社交界でイーデン公爵に会えないか、モニカはよく探していたわ」


 シリウスは多忙で表舞台に出ることがあまりなかったようだ。第一王子の右腕でもあるらしく、王城に出入りすることが多かったとか。社交界にはたまに参加していたらしい。


「その時は会えたの?」


 カルティナは首を振る。


「いつも会えないってよく嘆いていたわね」


 カルティナも一緒に社交界に参加していたことがあるようだが、モニカはシリウスの姿がないと、残念そうにしていたという。


「ますます分からないなぁ……」


 思わず呟いてしまう。

 カルティナが身を乗り出した。


「どういう意味?」

「今の私は、シリ……イーデン公爵を好きになる理由が分からないの」

「あら」


 カルティナは開いた口に手を添える。


「私もそう思っていたわ」

「そうなの?」

「ええ。彼に入れ込むモニカを見て心配したものよ。今だから言えるけど、顔と身分以外に魅力がある殿方とは思えないもの」


 女性にモテている話は聞いていたが、彼の女性への言動は虫を追い払うくらい冷めたもので、それでも女性が寄ってくるようだ。中身より外側なのは一目瞭然。あれだけ顔が美しくて公爵という立場があれば惹かれる女性もいるだろう。


「お話したことはあるけど、偏屈っぽいし」

「分かる気がする」


 思わず二人でふふっと笑い合う。


「それでも求婚を受け入れたのね」

「いや……外堀を埋められてしまって」

「え」

「多分なんだけど、イーデン公爵は当時の私のこと好きみたい」

「まぁ……! 努力が報われたのね。でもモニカがいなくなるかもしれないと思って求婚してきたのかしら?」


 途端にカルティナはむっとする。


「あなたの愛情が当たり前にあると思っていたのかもしれないわね。……ちょっとくらいは痛い目に遭ってほしいわ」


 これにはモニカが目を丸くしてしまう。今日のカルティナはなんだか饒舌だ。いつもは割となんとかなる、なんでもいい、みたいな言い方をするのに。


 すると相手は肩をすくめる。


「だって大事な友人のことだもの。幸せになってくれないと、私は悲しいわ」

「カルティナ……。ありがとう」


 一番傍で見ていてやきもきしていたところもあるのだろう。当時のモニカの気持ちを最優先とし、あえて何も言わず応援してくれていた。だが今、本音が聞けた。いい機会だったかもしれない。


「今のモニカは、イーデン公爵のこと好きではないのよね?」

「うん」

「外堀を埋められても、嫌だったら逃げていいのよ? ロイ様とアイリス様という最強のお二人もいるんだから」


 二人は今、王子の側近を務めている。そしてアイリスは侯爵家令嬢で第二王子の幼馴染。公爵と言えど王族と結託すればなんとかなるのでは、と案を出してくれる。案外周りに強い味方がいる気がする。


 モニカは思わず笑ってしまった。


「ありがとう。でも今は、向き合ってみる。きっと前の私は、理由があって、イーデン公爵のこと好きになったわけだし」


 異性として好きが見えなくても、友人としての好きは見えるかもしれない。元々人が好きだ。人の良いところを見つけるのも好きだ。今は見えなくても、シリウスのことを好意的に思う日は来るかもしれない。


 それにモニカは「好き同士で結婚したい」とシリウスに伝えている。一年の猶予はもらえたし、その間にいいところも見えるだろう。


 するとカルティナは小さく微笑む。


「モニカらしいわね。何かあったらいつでも連絡して。愚痴は聞くわ」

「あ、その時はぜひお願いね?」


 二人は顔を見合わせて笑い合った。

~おまけ話「屋敷に住むこと」~


「準備ができたら俺の屋敷で暮らせ」


 猶予は一年、という話の後。

 シリウスはそんなことを言ってくる。


「ええ……!?」


 急な提案にモニカはあからさまな反応をした。


「婚約者なら当たり前だろう」

「そうかもしれないけど……一度兄に相談してもいい?」


 モニカの親権は今ロイにある。ロイとモニカは貴族だからだ。両親は平民なのと自分で全て決めていいという方針なので、相談したところで「モニカが決めていいよ」と言われるに決まっている。


 とりあえず婚約者という形なら、まだ文書でのやり取りも発生しないだろう。ロイの胃も穴が開かない。それでも反対されるような気がしつつも、アイリスが宥めそうな気がする。


 すると途端にシリウスは顔を険しくした。


(うわ、嫌そ~……)


「兄に相談しなければ決められないのか。お前の意志はどこにある」

「私はまぁいいけど、一応家族には相談したいし。というか別に屋敷に住まなくても。まだ婚約者なんだし」

「俺は仕事が忙しい。今日だって無理やり時間を作った。頻繁に会うなんてことは無理難題だ。お前が屋敷にいてくれたらいちいち会う必要がなくなる。俺のことをよく知らないなら、知るためにも傍にいろ」

「なるほど。そう言われたらそうだね」


 納得する理由を並べられたら断れない。

 効率のことを考えても理解できる。


 顔を輝かせて微笑むと、なぜか溜息をつかれる。


「え。なに?」

「……俺に近寄ってくる女共の方が可愛げがあるな」

「どういう意味?」

「もういい。帰れ」

「呼んどいてその言い草なにっ!?」

「お前が話したいと言ったんだろうが」

「あ、そうだった」


 だから時間を作ってもらったのだった。

 それは感謝して深々と頭を下げる。


 すると再度相手は息を吐く。


「なんで溜息つくの?」

「俺のことが好きだったお前の方が可愛げがあった」

「でも今の私は好きじゃないし」

「申し訳なさそうな顔で言うな。帰れ」

「ひどい」

「……まぁ、いい」

「?」


 なぜか最後は少しだけ笑っていた。

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