3話 結婚は確定
次回からは不定期更新になります。
のんびりお付き合いいただけましたら。
「それで、公爵様は私のこと好きなんですか?」
「開口一番がそれか」
モニカはシリウスの屋敷を訪れていた。
正確には、シリウスの使用人が迎えに来てくれて、馬車に乗ってここまでやってきた。公爵家の屋敷は自分の屋敷より倍の倍以上の大きさがあった。さすが公爵。敷地がかなり広い。中も広く、部屋の数も多く、迷子になりそうだった。だが広いわりに使用人の数は少ない。それに、屋敷の中がかなり静かで少し暗くも感じた。なぜだろう。屋敷も主人に似るのだろうか。
見舞いに来てくれた時に話をしたいと伝えていたので、わざわざ時間を取ってくれたのだろう。公爵ならきっと仕事が忙しいはずだ。それなのに時間を作ってくれ、お菓子や紅茶まで用意してくれた。時間を無駄にはできない。だから最初にこの質問をしたのだが。
「それは今答えなければならないことか?」
「二人きりなら話してくれるって言いましたよね?」
「二人きりの時に話すものであって俺が話すとは言っていない」
「ええ……」
シリウスは珈琲に口をつけた。
コップをゆっくり置く。
「求婚したのは、お前が俺のことを好きだからだ」
「でも公爵様は、多くの女性から好意を寄せられていると聞きました」
聞けばシリウスはどこに行っても女性から熱視線を受けているという。公爵という立場、見目麗しい容姿、今まで一向に女性の噂がないせいで逆に狙われているようだ。そして女性からの誘いにシリウスが応えたこともないらしい。
「ああ。鬱陶しいくらい寄ってくる」
即答するのだから相当なのだろう。
「正直、引く手数多だと思うのですが」
「そうだな」
「なら他の方でもいいのでは?」
「……。お前がいいと思った」
(そうなんだ)
他人事のような反応をしてしまう。
ピンと来ないからだろう。
「お前はどうなんだ」
「はい?」
「今、俺に対して好意はあるか」
「ありません」
事実なのではっきり伝える。
相手は少し眉を動かした。
「今の私は公爵様のことを何も知りませんし……知らない人を好きになることはできないですし」
「そうか」
表情は変わっていないのに声色から棘を感じる。
気のせいだろうか。
「ですから不思議に思っています。なぜ今の私に求婚されたのだろうと」
「……。記憶が消えたからと言って、お前の中の俺への愛情が消えたとは思っていない」
「それはなんだか分かる気がします」
するとシリウスが目を見開く。
「分かるのか?」
「あ、分かると言っても、自分の性格を考えて、です。今それを感じているわけではなくて……」
「……」
「私が聞きたいのは、今の私でもいいのかな、ってことです」
好きだから求婚したなら、少し矛盾している。
今のモニカは、シリウスが好きだと断言できない。
相手は視線を別の方向に動かす。
しばらくしてから口を動かした。
「お前の兄には黙っていてほしいんだが」
「はい」
「以前の俺は、お前を意図的に避けていた」
ロイの言っていたことは本当だったわけだ。
本人が聞いたら激怒しそうな気がする。
「それは……どうしてですか?」
「まずは年齢差だ」
「ああ。確かに離れてますね」
ロイに聞いたが、シリウスは現在三十二。
モニカとは十三も歳が離れている。
「そんなに歳が離れて恋愛に発展すると思うか?」
「確かに……」
客観的に見てもかなり離れていると思う。兄よりも年上なのだ。余計に自分はどこを好きになったのだろうと、モニカは年齢を聞いたとき驚いた。
「俺からするとお前は子供にしか見えない」
「そうですよね」
「……いや、見えなかった」
「え、」
彼がこちらを一瞥する。
モニカは自然と背筋が伸びた。
この国の成人は十八だ。シリウスと初めて出会ったときが十六の頃で、まだ未成年だった。その時はさすがに子供と思われただろう。
(……少しは、大人に見えてるのかな)
最初に出会った頃よりは、成長しているとは思う。
それでも年齢差は縮まらないが。
「他にも理由はあるが、失って分かったことはあった」
モニカがシリウスを見つめると、目が合う。
宝石のような赤の瞳に、吸い込まれそうになる。
「手放したくないと思った」
(……私を?)
「俺が外堀を埋めれば、お前は逃げられない」
公爵家から封書が届いたらどうしようと、今もロイの胃が痛くなっている。彼はそれだけの権力を持つ。彼の瞳の強さは、意志の強さを表しているように感じた。
「……公爵様って、やっぱり私のこと好きですよね?」
「急になんだ」
「そうじゃないとここまでしないような気がして」
そもそも身分的に釣り合っていないし、メリットがあるから求婚したと言われた方が納得できる。だが二人の間に結婚を急ぐ理由もない。気持ちがなければ求婚するなんてことにはならないように思う。
するとシリウスは鼻を鳴らす。
「好意がない奴に俺の気持ちを伝える義理はない」
(それって好きと言ってるようなものでは……?)
好きかの問いに対して否定や誤魔化しの言葉が一切ない辺り、気持ちはあるんじゃないだろうか。モニカは含み笑いをしながら聞く。
「もし私が公爵様を好きになったら、好きと言ってくれますか?」
シリウスは一度開けた口を閉じる。
しばらくしてから答えた。
「……どうだろうな」
物思いにふける表情をしていた。
モニカも思わず静かになる。
だが、感じたことは伝える。
「私は、好きなら好きと、言ってほしいです」
「そうか」
「はい」
「そんなことを口にするような男に見えるか?」
「…………み、えませんね」
思わず素直に言ってしまう。
すると盛大に溜息をつかれた。
「あ、す、すみません。なんとなくそう思っただけで、他意は無くて」
「構わん。その通りだ」
(そうなんだ……)
「その分、別の方法で返す」
「別の方法?」
「求婚も、俺からすればお前の気持ちに応えただけだ」
(それって……)
過去の自分がしてきたことが、ここに来て実を結んだということだろうか。それは純粋に喜ばしい気持ちになりながらも、気になることはあった。
「あの、それで公爵様はよろしいのですか?」
「どういう意味だ」
「私だけが得をしているような気が……」
目覚めたばかりの頃、ロイと話していたことも気になっていた。記憶喪失の原因がもしシリウスにあったらどうする、という問いに、彼は責任を取ると言った。気持ちに応えるというのも、彼なりの責任を取るにつながっているんじゃないかと。
今までの話を聞くに、シリウスは女性として好きになってくれたというより、庇護欲に近いのかもしれない。モニカのために求婚してくれたように感じる。
(公爵も望んでることじゃないと、私は)
「私は、互いに好きな状態で結婚したいです」
「……そうか」
「はい」
元々、今の状態で結婚はしたくない思いがあった。いくら相手が公爵で求婚を断ることができなくても、意志を伝えることはできる。自分でも納得した上で結婚したいのだ。
するとシリウスは息を吐いた。
「しばらく婚約者ということにするか」
「……え?」
「そもそも拒否権はない。求婚を断れると思うな」
拒否権がないことは分かり切ってはいたが、こうもはっきり言われると少しだけ力が抜けそうだ。
「『私だけが得をしている』とさっき言っていたが」
「! はい」
「俺は白い結婚にするつもりはない」
思わずたじろいでしまう。
「嫌いな奴、興味のない奴と結婚するつもりもない」
「……ええと」
「求婚するならお前がいい。何度も言わせるな」
「…………わ、分かりにくいっ!」
思わず言い返してしまう。
言った後でしまった、という顔をしてしまうが、意外にもシリウスは喉の奥を鳴らして体を震わせる。どうやらおかしかったらしい。
「そんな奴を好きになったのはお前の方だぞ」
「…………」
なんだか悔しい気持ちになる。
モニカはむっとする。
「別に今は好きじゃありませんし」
「時間の問題だ」
「大体、もし結婚したとしても記憶が戻らないかもしれないんですよ。それでもいいんですか?」
シリウスが好きなのはシリウスを好きになったモニカだ。今のモニカがどうやってもシリウスのことを思い出せない可能性もある。
「なら俺のことを好きにさせるだけだ」
あっさり言われる。
モニカは開いた口が塞がらない。
「……自分に自信あり過ぎませんか?」
「そういうのじゃない。それに、気持ちがないならないで、別にいい」
「ええ……?」
最初に言ったことと矛盾していないか。
「お前が傍にいてくれるなら、それでいい」
「…………」
(確かに、不器用な人かも)
色々言われ過ぎて訳が分からなくなってきたが、シリウスはモニカを必要としている。それだけは分かった。急に結婚ではなく婚約者という期間はくれるようだし、それなら納得できる。
「それと、俺のことを公爵様と呼ぶのはやめろ」
「え。ではなんと呼べば」
「シリウスでいい」
「シリウス様」
「……」
「?」
「皆の前ではいいが、二人きりの時は敬称もつけるな。敬語も必要ない」
「えっ。不敬では?」
「俺が許可してるのに不敬も何もないだろう」
「それもそうですね。じゃあよろしくね、シリウス」
モニカは友人のように呼ぶ。
公爵に対して気さくな話せたのは、おそらく彼のことをあまり知らないからだからだろう。自分でもスムーズに呼んでいた。
すると溜息を付かれた。
「え?」
なぜ。許可したのはそちらなのに。
「お前は遠慮がない奴だったな」
シリウスはまた珈琲を飲む。
ほんの少し、口角が上がって見えた気がした。
「私のこともお前じゃなくて、名前で呼んでよ」
「モニカ」
「……」
声色がやけに甘ったるく聞こえた。
「これでいいか」
「……うん」
(な、なんだろう。むずがゆいかも)
ただ名前を呼ばれただけなのに。
呼ばれた瞬間、視界に一気に色が宿った気がした。
「モニカ」
「な、なに」
「俺を好きになったら教えろ」
「え?」
「即座に結婚する」
「…………」
一瞬、言わなければ一生結婚しないだろうかと頭をよぎったが、シリウスが「猶予は一年だ。超えた場合も結婚する」と付け足してきた。どちらにしても逃れられないことを悟った。




