第二百十四話 偏り
歪みは、均等ではなかった。
これまで散在していた遅延は、徐々に形を変え始めている。各所で起きていた小さな揺れが、互いに影響し合いながら、ある一点へと流れ込むようになっていた。
それは偶然には見えない。
だが、意図と断じるには、まだ根拠が足りない。
その曖昧さが、判断を鈍らせていた。
報が入る。
「前方第三補給線、遅延が累積。輸送が滞りつつあります」
第三補給線――主道に並行する形で設けられた中規模の輸送路である。主幹ではないが、負荷を分散するための重要な支線だ。
呂明は即座に地図を思い浮かべた。
主道、側道、河川、補給拠点。それぞれが結びつき、一つの網として機能している。その中で、第三線は“余裕”を担う位置にあった。
本来ならば、多少の遅延があっても問題にはならない。
だが――
「どの程度だ」
「半日分の滞りが出ております」
半日。
無視できない数字である。
呂明は、わずかに視線を落とした。
連鎖が、ここに集まっている。
橋での遅延。側道でのぬかるみ。誤った優先順位。すべてが微細なものであったはずの歪みが、第三補給線に集中している。
偶然か。
それとも――
「……切り離すか」
思考が走る。
第三線を一時的に遮断し、主道へ負荷を集約する。そうすれば管理は容易になる。流れも単純化され、再構築は早い。
だが、その代償として主道への負荷は増大する。
わずかな逡巡。
そして、決断。
「第三補給線を閉じる。主道へ集約しろ」
命令は、即座に伝わる。
伝令が走り、旗が上がり、指示が波のように広がっていく。
各隊は従い、第三線の輸送は停止され、物資は主道へと流し込まれる。
一時的に、流れは整う。
複雑だった構造が単純化され、指示は通りやすくなり、無駄な往復も減少する。
兵たちは安堵する。
将たちもまた、事態の収束を感じ取る。
だが――
重くなる。
主道に流れ込んだ負荷は、目に見えぬ形で積み重なっていく。
一つ一つは問題ではない。
だが、量が違う。
車輪の軋みが増える。
馬の息が荒くなる。
兵の足取りが、わずかに鈍る。
それでも、止まらない。
流れは続く。
だが、その内部で、確実に余裕が削られていた。
呂明は、それを感じていた。
判断は間違っていない。
むしろ最適であるはずだ。
複雑さを削ぎ、管理を容易にし、遅延を収束させる。
だが――
何かが、違う。
天秤を思い浮かべる。
均衡を測る。
数は、安定を示す。
だが、その針が、わずかに重い。
沈んでいる。
理由は分からない。
だが、確かにある。
呂明は、目を細めた。
視線の先で、主道の列がゆっくりと進んでいる。
整っている。
乱れてはいない。
だが――
軽くはない。
「……寄せられたか」
その言葉は、ほとんど無意識に漏れた。
歪みが、ここに集まっている。
いや――
集められた。
その可能性が、初めて明確な形を取る。
丘の上で、その変化を見ている者がいた。
呂南衡は、主道へと流れ込む列を静かに見つめている。
第三補給線が止まった。
想定通りである。
複雑さに耐えきれず、単純化を選ぶ。
それは合理であり、同時に――誘導でもある。
「……寄せたな」
小さく呟く。
分散していた負荷が、一点に集まる。
それは管理しやすい。
だが同時に、壊れやすい。
これまでの歪みは“広がり”であった。
だが今、それは“重さ”へと変わる。
主道が、すべてを抱える。
その状態で、さらに一手を加えれば――
呂南衡は、目を閉じた。
思考の中で、流れをなぞる。
どこを押せば、どこが歪むか。
どこを断てば、どこが止まるか。
そして、静かに目を開く。
「……次だ」
声は小さい。
だが、確かな意思を帯びていた。
六十万は、進んでいる。
整いながら。
削られながら。
その流れは、なおも保たれている。
だが――
余裕は、確実に失われつつあった。
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